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今日の僕を明日の君へ(03)

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 中高の成績では、大学進学という夢を見ることを許されず、しかし、いわゆる「タコ部屋」送りになるほどではなく、高校を卒業すると、寮の「ウサギ小屋」から半官半民の「ブタ箱」に送られた。「仕事をしながら、自立への技術力を習得してもらう」という建前であったが、噂通り、実際の仕事は薄給で単純作業ばかり、「刑務作業」と揶揄されるのも納得だった。
 「ウサギ小屋」だって決して恵まれてはいなかったが、「ブタ箱」に比べればマシであった。瓦解前の建物を強引にリフォームした部屋は広さこそ、それなりではあったが、見たことのないメーカーのマークがついた備え付けの家電たちはまともに動くことを拒絶しており、管理会社に文句を言ったところで、「順番に回っているので、待ってくれ」との返答、では自分は何番なのだ? と、聞けば、「調べるので、待ってくれ」とのこと。防音防振もお粗末で、物分りの良い隣人に囲まれたら、どうにか生きていけるが、神経質やガサツな住民と同じ建物の住人となれば最悪で、傷害事件に巻き込まれた同期もいた。
 転居を願い出ても応じてくれるはずもなく、唯一「雨漏りがする」という魔法のキーワードを使うことで、直ちに新しい部屋へ移ることが出来た。しかし、一度使うと二度目はなく、新居にて本物の雨漏りの被害に遭おうものなら命に関わるわけで、そう簡単に行使するわけにもいかなかった。「うるせー」「黙れ」「静かにしろ」「なんもしてねーよ」「音楽聞いてただけだ」「おめーだけだよ、文句言うのは」という住民のいざこざに対しては耳を塞ぎ、湯が出ないとタオルで体を吹き、温度が下がらない冷蔵庫だったら常温保存の食べ物で我慢すれば良かったが、もっとも腹立たしかったのは劣悪なネット回線で、必要なデータをダウンロードしようとして数時間待たされることもザラ、クラウドでの作業も反応が悪くて度々中断、リモートでの接続となれば切断されてしまうことも再三、それにも関わらず進捗の悪さを指摘されるので、通信速度を上げてくれと訴えるのだが、「上には言っているんだけどな、困ったものだよ」と愚痴を返された。会社のホームページを見れば、天下りの理事長が、大手の通信会社とガッチリと握手、「最高のインターネット環境で、若者の飛躍をサポート!」と書かれており、下っ端たちは、「帯域を、どこかに横流ししているに違いない」とささやき合った。
 もっと真面目に勉強をしておけば良かったと後悔し、もっとマシな頭で生まれてきたかったと嘆き、「タコ部屋」送りの連中と比べて自らを慰めようにも、彼らの基本給は安くても、多くの手当がつくので、SNSなどを見れば羽振りの良い生活を送っており、夜な夜なの豪遊は命を削っての代償だと理解はしても、「騒いでんのオメーだろ、分かってんだぞ」と、毎晩毎晩ドアを叩かれて眠れぬ夜を過ごすことになれば、同寮出身者の善意の説得など無力で、敢えて「タコ部屋」への転職を願い出る者もいた。
 刑期は二年とされており、真面目に勤め上げれば、ちゃんとした仕事を紹介してもらえるという約束で、会社のホームページには日本を代表する名だたる有名企業が就職実績として載っていたが、では、いったい、どんな模範囚が選ばれたのだろうと調べてみると、先輩に聞いても、ネットを使っても、探し出すことは出来なかった。
 自らの力で自活できることが証明出来れば、満期を待たずに仮釈放が認められるので、皆はシャバを夢見て、こぞって仕事以上に就職活動に勤しむことになる。社会問題などまったく興味のない若者が、「憲法違反ではないか?」と大げさな言葉を使って表現したくなるような住環境が放置されているのは、ハングリー精神を喚起し、「若者の飛躍」を手助けする為であり、受け入れによって国から支給される補助金が目当てなんてことは決してはないだろう。その証拠に、書類さえ整ってしまえば、「タコ部屋」への転職も、見込みの甘いフリーランスへの転身も、精査されることはなく、あっさり認められる。
 社会経験のない寮出身の若造となれば足元を見られるのは当然で、ここから出たいという一心で、どうにかなるだろうと後先を考えずに飛び出てはみたが、数カ月後に再収監という犯罪者を幾人も見ることとなり、さらには、先輩の中には、シャバとムショを何度も行き来して、もう五年になる累犯者もいると知れば、隣室からの重低音の読経を毎晩聞きながらも、「焦ってはいけない」と自らを戒めた。
 一年の終わり頃、小さなリサーチ会社に雇ってもらえることになった。ネットでの最終面接、みすぼらしい髪の薄さを隠すつもりのない社長は、「僕は好きだよ、寮出身の子は。誰でも、ガッツがあるからね」と悪気なく口にしたので、もう少し粘るべきでではないだろうかと悩んだが、同期の受刑者たちも次々と出所していくので、どうにかなるだろうと決断した。


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