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ある日、町のスーパーマーケットで特売のバナナが並んでいました。いつもなら静かに待っているバナナたちですが、その日は違いました。リーダー格のバナナ、バナトンが反旗を翻したのです。 「バナナ達よ、立ち上がれ!我々も自由を求めるべきだ!」 バナトンの声に、周りのバナナたちがザワザワと騒ぎ始めました。 「そうだ、バナトン!我々も自由になりたい!」 スーパーマーケットの冷たい棚の上で繰り広げられるバナナ革命。しかし、バナナたちは自分たちが何をどうすればいいのか分かりませんでした
静かな夜。僕はいつものようにお気に入りのバイオリンを手に、街はずれにある小高い丘へと向かう。ピン、と張りつめた冷気が辺りに充ち、僕は、からだを大きくぶるっと震わせる。一つとして明かりのついた家はなく、それらはただその場にうずくまって、再び朝がやってくるのをじっと待ち続けている。見上げれば、煌めく満天の星。その一つ一つのかけらが次から次へと落っこちてきては、僕の額や頬にぶつかる。僕はそれをやわらかく払い除けながら、夜道を急ぐ。 月が出ている。真夜中の月。その上を、雌牛が、音
恋をした。夢の中の青年だった。 彼は美しい日焼け肌を持ち、浜辺で暮らした。 浜辺へは決まった道のりがあった。夫の横顔である。小人となって、夫の顔を歩いて行った。 寝室の明かりを消す。と、スイッチを切り替えたようにカーテンの隙間が灯る。街灯の明かりだ。その薄明かりに夫の輪郭がほのかに白んで見える。それが道だった。 夫の五分刈りの頭。見ていれば感触が分かる。芝生を踏むような弾力がある。ぼうっと眺める。と、いつしか小人となった自分がそこに立っている。坊主頭の小さな惑星
PCの画面右下の数字が17:00になって、僕の研究者としての人生は終わった。 はあ、と思わず小さくため息が漏れる。のろのろと机の上を片づけて黒いリュックを背負った。 この研究所で非常勤研究員として勤務するのは今日までだ。この席には、明日から僕より若くて将来有望なやつが座る。 「お疲れ様です、失礼します」 なんとなく周りに向かって小さく声をかけると僕は席を立つ。誰からも返事はなかった。 「お、お疲れさん。今までありがとうね」 挨拶のために事務室に顔を出すとPCに向
ラムネ 【517字】 はつなつの風がラムネの瓶を揺らして、カランキランと零れ落ちたビー玉は、君の浴衣の柄に留まった。 炭酸は初夏の光に沸騰を免れず、空高く上げられた。 その雨を受けて、傘もなく歩く君の姿は清々しくさえある。髪が頬に張り付いたって、浴衣を透けて下着の線が見えたって、君が素敵だって事実を何ひとつ損なうものじゃない。 僕が傘を差しだしても、君は何を今さらという顔で笑った。 だからさ、僕が傘を畳んだのは。 降り止まぬ雨の隙間から青い空が覗いたのは、もう僕のア
仕掛けられた時限爆弾。目の前には赤い線と青い線。どちらかを切れば今すぐ爆発、どちらかを切れば君は助かる、そんな劇的なシチュエーションにあるとして。 その爆弾に対し、君が取り得る選択肢は、およそ四つ。 ①赤い線を切る ②青い線を切る ③赤い線と青い線を切る ④赤い線も青い線も切らない 一番危ういのは、もちろん③。どちらかを切れば即爆発なら、どちらも切れば即爆発だ。君の身体は木っ端に砕け、確実に助かることはない。 ①と②のリスクは同一。爆発の確率は50:50。手掛かりも保証
「マジで嫌なんだよなー」 隣にいる友達が眠そうに目をこすりながら、ため息交じりに言った。周りにいる皆もそれに同調して「なんで母親なんだよ」「見られたくないんだけどな」と口々に愚痴を垂れている。 今日は三者面談だ。この学校は新年度になった春と、進路を決める冬に二回ほど三者面談を行う。三者面談では自分の成績や内申点、志望校に合格する見込みがあるのかなどの情報を教師から聞ける貴重な機会だ。しかし、男子生徒たちにとっては親と一緒に先生と話すという恥ずかしい日でもある。特に三者面
小さな船の冷たい床に寝転がり、空に浮かぶ男の人を見ていた。 わたしは船に乗せている大きな石が、片方の足を潰してしまっていることも忘れて、スーツを着ているその人を目で追っていた。彼はサラリーマンなのかな、なんてのんきに思っていた。わたしの目に映るのは、青い空、白い雲、そしてサラリーマンだった。 いつだったか、わたしはこの船に乗り込んだ。着の身着のまま、後先を考えずに、この小船に身を隠すようにして海へ出た。 小船を漕いでいくためのオールはなく、あるのはわたし
夢を見ていた。見知らぬ場所で長く付き合っている彼女と手を繋いで歩いている。空を見れば、澄んだ青空に形の良い雲が流れていた。風は暖かく近くの飲食店の良い匂いを運んでくれる。すれ違う人達は笑顔で、それを見ていると胸が温かくなり、二人は自然と笑顔になってしまいそうだった。 しばらく歩いていると、見覚えのある顔があった。彼は確か、高校の同級生だ。穏やかで物静かな彼は唯一の友達と言える存在だった。そんな彼がこっちを向いて手を振っている。思わず彼に近寄り、話しかけようとした。しかし、
見上げた天井は、どこか虚ろで、今までも、これからもずっと変わらないのかななんて思って眺めていた。少し湿った空気が辺りを漂う土曜の昼下がり。 なにかするにも、ままならず、ずいぶん前に撮った六本木の写真をインスタのストーリーズにアップする。たかだか200人くらいのフォロワーのための虚しい作業に、いつものように後悔をする。ものの数分で3つのいいねがついて、そのあとパタっとなにもなかったように、めくるめくフィードが更新されていく。 この虚しさにもだいぶ慣れてしまった。虚しいだけ
日本には実に様々な怪談話が存在している。代表的なのがトイレの花子さんや動く人体模型、夜になると鳴るピアノなどだろうか。そのような怪談話は今では都市伝説という名前を変え、ネットを通して子供から大人まで幅広い層を楽しませている。 誰がいつ作り、どうやって広めたのかは一切分からない。ほとんどの話しがいつの間にか広まっていて、出所を探そうにも広大な情報の海と化したネットには真偽のわからない噂が多数存在している。これは完全な作り話だ書いてあるものもあれば、この場所のこの時間に死んだ
密かに好意を寄せている人から、バレンタインデーにチョコレートをもらったら、大抵の人は大喜びするだろう。 僕もその点に関して半分は同意する。 あと半分は……疑いを持つ。どの程度の気持ちなのか、と。 と言うのも、僕がもらったのは明らかに義理チョコっぽいものだったのだ。 谷口弥生さんは、僕が勤める会社の2年後輩で、隣りの部署に所属している。 笑顔がかわいらしく誰にでも親切で、多くの同僚から慕われている。 “堅物眼鏡”と揶揄される僕にも、丁寧な物腰ながら親しく話しかけ
「あっ、これ、困るなあ! まるっきり逆なんじゃあないの?」 「ええっ。だってお客さん、鏑木町へってさっき」 「違う違う! おれが言ったのは葛城町! かつらぎ!」 「そんな、私何度も確認したじゃあないですか」 「聞き間違えたあんたが悪い! ここまでの分の料金は払わないからな!」 「勘弁してくださいよ、お客さん、それは困りますよ」 男はどん、と運転席の背中を蹴り、 「おれを誰だと思っていやがる! お前なんて、ウチの会社が本気出せば、こうだぞ!」 どん、どんと更に二回。それから
『タイムリープ忘年会』 作:元樹伸 第一話 忘年会の誘い 年の暮れになって、久しぶりに高校時代の友人から電話があった。年末に部活OBの忘年会があるという。平成元年の今年は、成人したばかりの後輩たちも参加してくれるらしい。 「つまりは松田も来るってことだ」 幹事を務める同期の真関くんが、電話口で含みのある言い方をした。 「へぇ」 動揺していることを勘ぐられたくなくて、気に留めないそぶりで相槌を打ってみせた。けれど僕の気持ちはすでに過去へとタイムスリップしてい