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【長編小説】漂白剤社会 | 第八話・純白

第七話・月経 | このお話のマガジンはこちら | 第九話・動機

 元夫は奈恵を言い負かすことができないと分かると、すぐに体を殴った。

仕事とはいえ、他の男性と話す事すら許せなかった元夫は、支配欲の強さから、奈恵に専業主婦でいてほしい、子供を持ち家庭に専念してほしいという気持ちが強かったのだ。

もちろん結婚前から、奈恵がタレントをしているのを知っていたのだが、元夫は、結婚したら、芸能業は止めるのだと勝手に思っていたようだ。

 ある日、元夫が帰宅してシャワーに入ると、自宅の電話が鳴った。
滅多にならない自宅の電話の音に、奈恵は何だか胸騒ぎがして、恐る恐る電話に出た。

すると相手は、女性の声で元夫の《彼女》だと名乗った。
「ご家族の方ですか?彼が電話に出ないので」

「あ、はい、義理の姉です」
奈恵は動揺してしまい、咄嗟に嘘をついた。

「あの、それじゃ本人に伝えて下さい、私、妊娠しましたので」

 頭をガツンと殴られたかのような衝撃が心に突き刺さる。奈恵は電話を切った後、その場に倒れこんでしまった。

 元夫に問い詰めると、バツが悪そうに、奈恵にこう言った。
「俺、子ども欲しいからさ、離婚してほしい」

 奈恵は不妊治療中だった。そしてその不妊の原因は元夫が執拗にお腹を殴ってきたことだった。

 奈恵は離婚した。

 世間はこぞって奈恵の離婚を報道した。ネットは、たくさんの否定的な書き込みで溢れていた。

『もう傷物だな』
『バツイチ恥ずかしい』
『これからどうするんだろうね?』
『どうせ、まだ遊びたいんでしょ?』

好き勝手に言う彼らは、黒が許せない。
グレーも嫌いだ。
色が入った経緯なんて関係ない、純白でなければ。

 バツイチの奈恵は、彼らにとって白色ではなくなった。彼らとは、制作会社や広告主も含まれる。彼らは色付きを好まない。

ホワイトでなければ仕事は無い
私たちは白色のイメージが大事だから

もし黒色になったら?
そんなこと知ったことか。白にはもう戻せない。

奈恵は、精神的にも経済的にも、どんどん困窮していった。


 私は留置所の部屋から見える時計の針が一秒、一秒と動くのを、ただただ見ていた。

ぼーっと見続けていると、突然、留置担当官が扉を開錠した。 

「刑事さんの取り調べです」
そう言い、私を部屋から出した。

 部屋から出て横を見ると、他の人達が、ずらっと一人ずつ留置部屋に収監されていた。皆、無言で私を見ている。

 女性の留置担当官が、私の体を調べ始めた。髪の中から足の裏、手先から口の中まで隅々調べると、腰に縄をかけて手錠をした。そして手錠が外れないか否を確認すると、号令の掛け声と同時に、ドアまで引っ張った。

 留置担当官が重そうなドアを開くと、女性刑事が立っていた。この女性が取り調べの担当になるそうだ。

留置担当官が腰縄を手渡すと、女性の刑事は歩きながら私に声をかけた。

「よく眠れた?」

二十代後半から三十代前半くらいに見える。

「いえ、あまり・・・」
私は言葉少なく、うつむいた。

 連れていかれた場所はたくさんの取調室があり、一室に入った。刑事は紙に入室した日時を記入した。

記入が終わると腰縄を椅子に施錠して、私の手錠をゆっくり外した。

「そこに座ってください」
「これから取り調べを始めます」

私はどんな事を聞かれるのだろうと緊張した。

「あなたは詐欺罪として逮捕されてここにいます、それは分かるよね?」

「…はい」

「精神疾患があるという事だけど、嘘でしょう?」

突然の言葉に私は驚いた。

「いえ、違います。いつも薬を飲んでいました」

「どんな症状なの?」

「たまに発作が起きて…」

「発作ってどんな?」

「手足が震えたり…」

「寒かったからとかじゃなくて?」

「いえ…そうじゃなくて…」

女性刑事はどんどん話を被せてきた。次々と発せられる否定した言葉に私は対抗できず、泣き出してしまった。すると女性刑事は大きな声で強く言った。

「はっきり言って誰もあなたのこと本当の精神疾患だなんて思ってないよ!」

「…はい」

とてもショックを受けたが、その言葉に泣きながら、私は頷くしか出来なかった。留置所に入ってから、ずっと病院に行かせてもらえなかった理由が分かった気がした。

 そうか信頼を失うってこういう事なんだ。私は自分の犯した罪の大きさを再確認した。どんな状況だってそれは言い訳に過ぎない、精神疾患だからと罪を犯して良いことにはならない。当たり前のことである。


「私は宮本志津里です。これからあなたの取り調べを担当します。しっかり最後まで話してください、調書に記録するので」

 そう言うと刑事は、資料の中から銀行の明細資料を出して、ある履歴を指さした。

「この部分が、送金したもので間違いないね?」

私は何も言わず頷いた。

次に志津里は、見覚えはあるかと問い、一枚の写真を見せた。

間違いなく、見覚えがあった。

その写真には、衣装として借りた高価なブレスレットが映っていた。

「言いたいこと、わかるよね?」 
志津里は、単刀直入に聞いた。

「どうやってお金を手に入れたか、話してください」

「…はい」

 奈恵は少しずつ、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
そのひとつひとつを逃すまい、と志津里は、聴取資料に記録していった。

社会の人々は真っ白な景色が見たい。
蓋をして、問題が解決しなくても、黒を追いやりたいのである。

そもそも皆、人々は、本当に純白なのだろうか。

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