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『夢をかなえるゾウ0』の教え"伏線力"とプロレスラー

水野敬也さんの新作『夢をかなえるゾウ0(ゼロ)』が発売された。
この作品の中で、私が大好きなガネーシャの教えが登場する。

それは「過去の出来事を "伏線だ" と捉える」という教えだ。

どういうことかと説明すると「過去に経験した出来事を、これから起こす行動の理由付けにしていく」というものだ。例えるならば、人生の過去の出来事を「星」に見立てて、その点と点のつながりを(無理くりにでも)見つけて「星座」を描くということだ。

私は、この「伏線力」というべきものは、人生を生きる上で実はいちばん重要なんじゃないかと思っている。TOEICやら宅地建物取引士資格やらがなくても、もう人生これさえあればいいじゃないかというくらいに。

スティーブ・ジョブズも、この点と点のつながりについて言っている。

将来をあらかじめ予測して、点と点をつなぎ合わせることはできません。できるのは、過去を振り返ってつなぎ合わせることだけです。だから私たちは今やっていることがいつか人生のどこかでつながって、実を結ぶだろうと信じるしかない。

スティーブ・ジョブズ(スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチ)

大学を半年で中退し、自分の興味ある授業だけをモグリで受けていたジョブズ。その経験がのちにアップルコンピュータを開発するときに思いがけず役に立ったという。
ジョブズも備えていたであろう、この「伏線力」の痛快なところは、過去の輝かしい「功績」や「名誉」だけでなく、思い出したくない「悲しみ」や「汚点」も等しく扱うところだ。いわばプラスもマイナスも排除した、絶対値として「伏線」は起動する。

汚点ですらもつなげて美しい星座にしてしまおうという、この力強さ。図太さ。人生のダイナミズム。これが伏線力の魅力だ。言い換えれば、過去は変えられないが過去を読み解く文脈は変えられる──それはイコール、未来を変えられることと同義である。


・・・・・・話を少し逸れるが、この「伏線力」は、私がプロレスを熱中して見続けている理由でもあると思った。なぜならば、魅力あるプロレスラーはこの「伏線力」の活用の仕方が見事だからだ。

たとえば最近、石井智宏という選手が、コロナ陽性になってしまった選手に代わり急遽タイトル戦に出場したのだが、このときの記者会見の言葉がめちゃくちゃカッコ良かった。5年前から現在までの足跡を振り返って「この戦いは偶然ではなく、必然だ」と語ったのだ。(19:34〜から)

偶然生まれた対戦カードにも関わらず、石井智宏の言葉でファンはそこに「必然性」を見出した。石井選手はこの会見で一気にファンの心を掴んだ(会場の拍手を聞いてもらえればわかるだろう)。

もしかしたら、集客して興行を盛り上げることが使命であるプロレスラーにとって、対戦相手に因縁をつけるのは当然だと思われるかもしれない。
だが目の肥えたプロレスファンの心は、生半可なキャラや付け焼き刃の因縁だけではそう簡単に動かない。

何らかのそのプロレスラーそのものの内面・リアルな実情が滲まなければ、説得力が生まれないのだ。会社からの待遇だったり、ファンからの反応だったり、リアルで受けてきた屈辱・怒り、蓄積した時間の流れがなければ言動に重みが出ない。そのリアルな重みを、熱心なプロレスファンは鋭敏に感じ取ろうとし、また想像を膨らます。

もうひとりプロレスラーの例を挙げたい。KENTA選手が試合後に語ったインタビューだ。(動画の2:25〜からの言葉を聞いてほしい)

かつて世界最大のプロレス団体WWEに身を置きながら、怪我などが重なり、思うように活躍ができなかったKENTA選手。同時期にすでに世界的スーパースターになっていた中邑真輔選手、ASUKA選手と、日本でスーパースターになっていた棚橋弘至選手の4人で食事会をしたとき、KENTA選手は一人だけ孤独感を感じていたという。あのときは感じていた劣等感・・・しかし、今ならば自分自身を肯定できると。

このときのKENTA選手は、プロレスラーのキャラを装飾としてではなく、アブソーバー(緩和装置)をして使いながら、自分自身のリアルな本音を語っているように見える(緩和装置を使うのは、言葉がプロレス以上のものとなってしまったら、ファンには「重すぎる」からだ)。

「すべての過去を愛したヤツは強い!」

プロレス雑誌『KAMINOGE』vol.71の表紙の文言

上の言葉は、プロレスのことを色々調べていて見つけたものだ。

本当にその通りだと思う。過去の栄光も挫折も、怒りも悲しみも喜びもすべて愛せるようになった人間は、誰よりも力強く"現在"を生きることができるだろう。(このときの表紙は鈴木みのる選手。新日本プロレスでデビューし、格闘技色を打ち出したUWFに移籍、総合格闘技パンクラスの旗揚げ、怪我による引退決意、そして獣神サンダー・ライガーに諭されて再びプロレスのリングに戻り現在も活躍する鈴木みのる選手だからこそ、この言葉には重みが宿る)

人生は偶然の連続だ。
しかし、それを「必然だった」と思える人は幸福である。
動物にも夜空の星は見えるが、そこに「美しい星座」を見出せるのは人間だけである。「伏線力」は人間だけに与えられた、強い能力なのだ。

人生にはとてつもなく理不尽な出来事に出くわしたり、不幸な事件・事故に遭うことがある。そういうニュースを日々、私たちはよく見ているだろう。
しかし、それらの出来事に人生を破壊され、悲しみに落ちて暮らしていくだけが人生なのではない。

  • 同じ悲しみを持つ者同士が語り合い、傷を癒せる場所を作る

  • 自分と同じような不幸が起こらないように、制度づくりを訴える

そういう活動を地道に続けている人たちがいる。
「あんな不幸な出来事があったからこそ、よりよい社会が作られた」という矛盾するような展開を人生は用意している。それは悲しい出来事を「伏線」に変えるという、痛みを伴うが力強い行為をしてくれた人々のおかげなのだ。事実そうやって私たちの社会は発展してきた。

私たちが当たり前に持っている「基本的人権」や「表現の自由」も、かつて理不尽に人生を壊された人たちによる、血と汗と涙の結晶として獲得されたものだ。それらが無償で、私たちに受け継がれている。
パワハラやセクハラを受けて人生を壊されながらも、怒りと恥辱と悲しみを乗り越えて、行動してくれた人がいたからこそ、私たちは「パワハラやセクハラから守られる権利を有している」と知っている。伏線は連鎖するのだ。

この伏線力の帰結とも取れるものとして、夢ゾウ0の終盤で「本物の夢とは何か?」ということがガネーシャの口から語られるのだが、これはぜひ本を読んでみてほしい。

人それぞれ形の違う「夢」に果たして「本物の夢」なんて定義はできるのか? と思われるのだが、それはもう完璧な説明になっていて、これは水野さんの手を通して神が書かせたのではないかというくらいに、感嘆以外の言葉が出ない、、、超完璧な説明だった!

「夢がない」「やりたいことが特にない」
私自身もどちらかといえば、そういう人間だ。

思えば、私が大学時代に就職活動の自己欺瞞を感じてドロップアウトした経験がなければ、『人生はワンチャンス!』『人生はニャンとかなる!』という本が出版されることはなかった。この本を読んで楽しんでくれた読者は、私の「汚点」だった過去を「伏線」として肯定してくれた。そういう意味でありがたいのだ。
この本が売れてから数年後「そういえば小学生の頃、ことわざ慣用句辞典の後ろのページにあった偉人の名言コーナーが好きだったな」と思い出した。あの頃、熱中して名言を読んでいた自分には将来のことなど知る由もない。

「夢がない」「やりたいことが特にない」──しかし、そんな人間にも「悲しみ」や「汚点」は必ず持っているはずである。それらの伏線は、今現在も静かに、まるで冬眠する動物のように、伏線として立ち上がるときを待っている。

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