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耳を塞いで掃除機音からの逃避行

私が子供の頃、
悪寒がするほど苦手だった音が
複数ありました。

掃除機の音

ドライヤーの音

見てもいないテレビを垂れ流しにしている音

この3つです。
20歳を超えたあたりで、
大半の子はこの音を嫌がらないということに
何となく気付きだしました。

みんな我慢して過ごしているんだから、
私も我慢しなくてはいけない。その呪縛の
大半は私自身が作っていただけだったのです。
子供の時の私は、周りの子みんなが
ドライヤーの音を聞けば叫び出したくなるほどの
不快感を感じると思っていたし、
我慢すれば慣れて治るものだと思っていました。
苦手なのは、耐える心が足りないそう思い、
いつも我慢が足りない、我慢が足りないと
思いながら毎日過ごしていました。
それはまるでフランクフルトでの生活を
我慢していたハイジのようです。


いつか、おじいさんが迎えに来てくれる。
いつか、山に戻れる。
いつか、私は何も感じないようになれる。
そう思い込むことによって自分をヒロイン化し、
耐え忍んでいる私は素晴らしい子供だと思い込むことにしていました。
一言誰かに相談すれば、もしかして
少しは何か改善されていたかもしれないのに
私は大人になるまで頑なに誰にも何も言わず、
静かに静かに部屋の隅でうずくまっていました。
まるで5歳の侍です。
HARAKIRIを美徳だと思い込んでいたんですよね。

そもそもそんな音を気にもしないことが普通だと
気づいた時には私はもう成人を迎えていましたし、さらに
人脈が広がっていくにつれて
「死にたい」と思うことが人生のデフォルトではない
ことを知った時には、
なぜみんなそんな嘘をつくのだろうか…
そうかやっぱり匿名でも
良識的にそういうことは言ってはいけないからか…そうか。
生き辛いな…と思いました。


子供の頃は掃除が大好きな潔癖症チックな祖母との生活でした。
掃除機はいつもブンブン唸っていましたし、
女性の多い家系でなので、
ドライヤーをかける時間も長めでした。
祖母は料理をつけるときに作業用BGMとして、
いつもNHKのニュースを流していたので、
何とも家にいるのがキツかった!!!!!
家は狭く妹との共同部屋だったので
逃げ場もなく、なるべく家の端で縮こまっていました。



大事なことをいつも身近な人に言えない。
その代わり、口をひらけば冗談ばかり言ってしまう。
疲れていても、空元気を出してしまうし、
こうやって私の顔を知らない人の前でしか
文も書けない。
言って、変わると思えない…なんても思うけど、
それは私のただの怠慢だと思う。言えばいいのに…
私はこれからも大切なことは言わないままで、
よくもわからん冗談ばかり言って過ごしていく。
変わらなきゃ!とも思うんだけども、
まぁ、人ってそう簡単には変わらないわけですから、
この相手の顔がわからないの文章活動にリアルでは
出せないものをぶつけていくのが今のところ
一番妥当だと思うわけです。
高みは目指さず、日常の延長戦をいくのが
なんだかんだ一番いいですね。

缶コーヒーの抽選で
ディズニーランドペアチケットを当ててやると、
意気込むより、
春のパン祭りに向けてコツコツ
冷蔵庫にシールを貯めていくが私にはちょうどいいです。

ちなみに山崎のお皿は地震で
落ちても割れにくいらしいですよ。
それを信じて幼馴染の家の分のパンシールも
回収しながら毎年パン祭りを楽しんでいます。

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