高円寺

四畳半


成人式の1ヶ月前に煮え切らない想いを抱きながら上京して1年と7カ月が経った。

秋口が近づいてひんやりとした風を受けながら線香の独特な匂いがする日王山の前にある杉並区高円寺三丁目56と書かれたコインランドリーの隣のRain Bar「なんでも飲み放題 1000円」と不器用な文字で書かれてる看板があり突き当たりを右に曲がり、スナックフェイス デイサービスセンター 夢の飛行機 「ギャラリー募集 作家さん募集」と寂れたGalleryを抜け、徒歩7分四畳半のワンルーム。

金が無くなって風呂なしのアパートの水道が止まってから トイレの水も流せなくなって 仕方がなく 住人たちが共用で洗濯物を干している屋上の隅で小便をするようになった。


新鮮


張りたてた二弦のチューニングが極端にズレた自分のギターと、錆びて冴えないベースの音、その音の中に埋もれて微かに聞こえてくるドラムの音のように掴めない雲のような感情に迷いながら毎日を生きている。

今となって 自分でも本気なのかどうかわからない 気が付いた時にはもう後戻り出来ないところまで来ていた  スリーピースバンドに憧れていた僕はTwiiterでギターの弾き語りの投稿をしていて集まったメンバーでバンドを組むようになった 誰かが言う「このバンドは高校時代のバンド仲間や地元仲間で結成しました」そんな結成エピソードなんて語れないけれどその時はこの三人組で少しずつやっていける気がした。


煙


すし詰めの楽屋には確かに居場所があった。

楽屋内で初めて会うバンドマンとはどこか仲良くなれた気がしていた。


それでも時間が経ち心許ない気持ちでステージに吐き出され、いつもと変わらない予想通りの光景にも もう慣れてしまった。

Instagramのストーリーに、

「ライブに行きます!」

「楽しみにしてます」

なんて言ってくれた人の姿は見当たらないし、もしかしたらと烏滸がましいような気持ちで音楽関係者が来てないかと期待するのもいつの間にか辞めていた。


終電の時間が迫っているのにノルマのお金が払えない僕達はライブハウスの前の勾配の道路でこの日ライブハウスから掛けられたノルマの計算をしていた。

一枚二千円のチケットが四十枚 売れないバンドマンは自腹で払うことになる。

三人組のバンドだったからノルマは三等分だった。今日のライブの動員はバンド全体で七人、その分のチケット代を差し引いた分の金額を払うことになる。ちょうどその日にバンドと重なっていたライブハウスのイベントスタッフのアルバイトを忘れていた。


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ライブハウスでもスタジオでもTwiiterの弾き語りでもどうしたって得られなかった達成感が新しいアルバイト先のローソンでは8文字の文字列を入力するだけで簡単に得られた 帰り道、中央公園の近くにあるライブハウス前に来ていた 集合住宅から浴びる朝焼けの光が眩しくて  無力な自分が許せなくて壁に思いっきり殴りつけると、無気力な音が反射して返ってきた どれだけいい音を探して コピーをして どれだけ捻って歌詞を書いて 踠いて苦しんで どれだけ頑張っても出せなかった答えが返ってきた気がした 涙が止まらなかった 東京の満員電車に乗り込んでいく人たちの目線が痛かった ローソンのレジで触っていた独特な金属の匂い 糸をひく鼻水に 冬特有の寒さで涙が凍っていた --- もう音楽をやめようと思った 舞台上の俺が俺を見ている 額に汗を浮かべて ギターを背負って 舞台上の俺が見るに忍びない目線で俺を見つめていた


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