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岩泉舞という漫画家を知っていますか

岩泉舞という漫画家を知っていますか。

1989年から1994年の5年間に、10本の読切作品と1冊の短編集だけを残して姿を消した、「伝説の読切作家」と言われている漫画家です。

そう聞くと、マイナーな漫画雑誌で玄人受けする読切を描いていたカルト作家を想像するかもしれません。

だけど、そうではありません。岩泉舞先生の作品が掲載されていたのは、週刊少年ジャンプです。
それも、部数600万部に迫り「ドラゴンボール」や「幽☆遊☆白書」や「SLAM DUNK」が連載されていた頃の、90年代前半の週刊少年ジャンプです。
そこで、期待の新人作家として、異例のペースで何度も読切が本誌に掲載されたにもかかわらず、連載作を残すことなく姿を消した漫画家。

それが、岩泉舞先生です。


唯一の単行本『岩泉舞短編集1 七つの海』が出版されてから29年。

根強いファンが多く、復刊ドットコムやインターネット掲示板、SNS上では、いまだに「伝説の」「思い出の」「復活してほしい」漫画家として、定期的に名前が上がっています。
(ちなみにこの作品は、現在「マンガ図書館Z」で無料で読むことができます)

ただ、名前が上がるたびに、ファンの誰もが「その復活はかなわないだろう」と思っている漫画家でもありました。


ところが、2021年3月2日。

岩泉舞作品集 MY LITTLE PLANET【公式】@5月28日発売予定(https://twitter.com/iwaizumi_planet)
というTwitterアカウントが開設され、29年振りとなる新作短編といくつかの単行本未収録作品を含む作品集の出版を告知しました。

上記ツイートのリプライやRTを見ていたければ分かると思いますが、30年近くが経っても、多くの人が待ち続けていました。
私もその一人で、ツイートを見たときは、泣けばいいのか叫べばいいのか踊りだせばいいのか分からないほど、嬉しかったです。

素晴らしい才能を持ちながらも表舞台から姿を消し、これまであまり語られてこなかった岩泉舞先生。
その作品の想い出と魅力について書きたいと思います。

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1990年。
小学4年生だった私は、今と変わらず週刊少年ジャンプが大好きで、「ドラゴンボール」や「魁‼男塾」や「ジョジョの奇妙な冒険」の連載を夢中になって読んでいました。

そんな時に出会った読切作品が、岩泉舞先生の「たとえ火の中・・・」でした。

他のジャンプ漫画とは全然違う、線が細くてアニメのような可愛い絵。
舞台は鎌倉時代、鬼の少年が尼の少女を救うというストーリーで、時代劇というより昔話のような印象を受けたことを憶えています。

その45ページの読切を、私は何度も何度も読み返しました。
主人公・放助のぶっきらぼうなかっこよさ。ずっと頭巾に隠れて髪型の分からないヒロイン・命蓮の可愛さと強さ。2人のことが大好きになりました。
(今考えると、ヒロインが終始髪を隠しているデザインなんてめちゃくちゃ攻めていると思います……! 本当に前髪すら描かれなくて、頭巾をとったおかっぱ命蓮はコミックスのおまけページでしか見られません)

この人の漫画がもっと読みたい!
そう思ったのは私だけではなかったようで、岩泉舞先生の作品はその後、頻繁にジャンプ本誌に掲載されました。

少年と、祖父の“童心の分身”の交流を通して、思春期から大人へ”跳び箱一段分だけ”成長する瞬間を描いた名作「七つの海」では、鳥山明先生もかくやというカラーページに胸が躍り。

子育てをしながら幽霊を天に返す仕事をしている刑事・コム=コールマンを描いた「COM COP」シリーズ(計3回掲載)では、おしゃれな映画のような、現実とファンタジーの混ざった世界観にワクワクしました。

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そして1992年。
デビュー作から「COM COP 2」までの6作が収録されたコミックス『岩泉舞短編集1 七つの海』が発売されました。

そこで初めて読んだ初期2作品も大好きです。

ジャンプのホップ☆ステップ賞(当時の月間新人漫画賞)佳作を受賞した「ふろん」。
名前を落とした主人公が、そのまま少しずつ存在そのものを無くしてしまう……というホラー作品。
柔らかな画風もあって、読後には恐怖よりも思い出せない夢を見た後のような寂しさが残る名作です。「藤子・F・不二雄SF短編集」のようでもあり、個人的にはこの作品が一番好きかもしれません。

もう1つの初期作「忘れっぽい鬼」は、「たとえ火の中…」のプロトタイプ的な、鬼の兄弟が少女を助ける話です。
非常に個人的な思い出なんですが、岩泉舞先生の作品が好きすぎて、小学6年の時、学芸会で「忘れっぽい鬼」を自分で脚本書いて劇でやりました……恥ずかしい……。
(そして、大人になった今思うと、岩泉先生と集英社の許可を取らずにやってしまいすみませんでした)


そんな名作揃いの『岩泉舞短編集1 七つの海』を何度も何度も読み返しながら、小学生の私は「COM COPがもうすぐ連載になるのかな?」とワクワクしていました。
そう期待していた小学生は、きっと他にもたくさんいたんじゃないかと思います。もう少し年上の漫画ファンも、大人の漫画業界人も、当時そう思っていた人はかなり多かったんじゃないでしょうか。

それくらい、当時の岩泉舞先生は”知る人ぞ知る漫画家”として注目されていたと思います。
なかでも「COM COP」は連載向きの設定でしたし、早いペースで読切を2度も本誌掲載したというのは、編集部もその期待があったのではないかと思います。


しかし、「COM COP」が“ジャンプ、超巨弾新連載‼”のアオリとともに連載をスタートすることはありませんでした。

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連載の期待は叶わなかったものの、変わらず早いペースで読切「KING」がジャンプ本誌に掲載されました。

しかし、1993年になって掲載された2作の読切には、原作者がクレジットされていました。それを見て、子どもながらに少し嫌な予感がしたのを覚えています。
(とは言え、「クリスマス・プレゼント」は原作:武論尊先生、「COM COP3 ~夢見る佳人~」は原作:村山由佳先生で、「北斗の拳」の原作者と未来の直木賞作家という豪華布陣です。ここからも編集部の期待は変わらず高かったことがうかがえます)

そして、1994年の増刊ジャンプに掲載された「リアルマジック」。

この作品を最後に、岩泉舞先生は漫画界から姿を消しました。

その後、連載開始はおろか、コミックス未収録の4作品が刊行されることもなく、1年待っても2年待っても、何の情報もアナウンスされませんでした。


あっという間に私も中学生から高校生、大学生になり、ジャンプでは「ONE PIECE」が始まり、「ジョジョの奇妙な冒険」はウルトラジャンプに移籍し、21世紀になって、インターネットで情報を自由に探せるようになっても、岩泉舞先生の新しい情報が見つかることはなく。

その頃には、「期待の読切作家」は「伝説の読切作家」になっていました。

まるで「ふろん」の名前を無くした主人公のように、岩泉舞先生の存在とその作品たちが薄くなっていくようでした。

ただ、それでもコミックスは手放せず、引越しのたび大量に本を処分することがあっても、『岩泉舞短編集1 七つの海』は今に至るまでずっと私の本棚の隅にありました。

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岩泉舞先生がどうして描くのを辞めてしまったか(辞めざるを得なかったか)については、どこにも語られていないし、語られていないということは知らなくてよいことなんだと思います。

ただ、「もし連載作を描いていたら、あのまま活躍されていたら、どんな漫画を描いてくれたのだろう?」とは、何度も何度も考えました。

岩泉舞先生の繊細で透明感のある画風(驚くべきことに初投稿作「ふろん」の時点で完成されていると思います)、ビターなジュブナイルストーリーという作風は、明らかにそれまでのジャンプにはないものでした。

少女漫画や、同じ少年漫画でも高橋留美子先生など女性作家の影響を大きく感じさせる作品自体、90年代前半のジャンプには少なかったと思います。
女性作家という意味では「タイムウォーカー零」の飛鷹ゆうき先生と「WILD HALF」の浅美裕子先生、少女漫画やアニメーションからの影響を感じさせる作画では、「きまぐれオレンジ☆ロード」のまつもと泉先生、「BASTARD!! ~暗黒の破壊神~」の萩原一至先生、「幽☆遊☆白書」の冨樫義博先生などがいらっしゃいますが、その作家陣とも一線を画していたと思います。

だからこそ、あの先が読みたかった。


でもやっと、約30年ぶりに「あの先が読みたかった」が叶います。

本当に、本当に嬉しいです。
大げさかもしれませんが、生きていて良かったと思います。

あの告知ツイートの、今の岩泉舞先生が描かれたCOM COP!
画風は少し変わっているけれど、あの角度で、あのバンダナの巻き方で、髪型で、あの目の描き方!(小学生、中学生の頃、何回も模写しました)

これだけでももう十分幸せですけど、もう少し欲張って、5月28日まで新作を楽しみに生きていきます。


岩泉舞先生、また描いてくださってありがとうございます。
そして新作の出版に尽力されている関係者の皆様も、ありがとうございます。


最後に、もしこのnoteを読まれて岩泉舞先生の漫画作品に興味を持たれた方がいらっしゃったら、ぜひ5月28日発売予定の「岩泉舞作品集 MY LITTLE PLANET」を手にとってみてください。
(今すぐ!という方は、「マンガ図書館Z」で『岩泉舞短編集1 七つの海』をどうぞ。無料で読めます!)


どの作品も、ほんのり寂しくて、だけどずっと心を温めてくれるような優しい漫画です。

今からでいいので、岩泉舞という漫画家に出会ってみてください。



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