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動物園とシビック・プライド(case3)――小諸市動物園(長野県小諸市)



 この連作記事では、神戸市王子公園/王子動物園の再開発をめぐって巻き起こった議論をきっかけに「シビック・プライドの拠り所」としての動物園に着眼してきました。
 飯田市と桐生市の事例を取り上げながら、動物園を中小規模の地方公共団体が置き続けていることについて切り口を変えつつ考えてきました。

 飯田市立動物園では、変わりつつある街の風景の中心にあって、眼を惹く大型の海外産動物を飼育しない代わり、持続可能な形で地域社会に役割を果たそうと取り組んでいる様子が伺えました。

 他方、桐生が岡動物園では、気軽に大型動物に会える県内唯一の公立動物園という立ち位置を取り続けることが、歴史ある街の誇りを反映しているように感じられました。

 戦後まもなく誕生したこの2つの動物園よりもさらに古く、戦前から続く小さな動物園を今なお維持し続けている都市があります。
 長野県小諸市です。

■ お城の中、崖の上

北陸新幹線の軽井沢駅から長野電鉄に乗り換え、小諸駅で降りました。駅から懐古園までは歩いてすぐ。懐古園の中に、長い歴史を持つ小諸市動物園があります。

 小諸城址に置かれた「お城の動物園」という特性は以前から認識していましたが、実際に訪問してみると開かれているのは懐古園内の切り立った小高い丘でした。特徴的な地形は浅間山の噴石や火山灰が形作っているようです。「崖の上の動物園」、それが小諸市動物園の第一印象でした。

小諸懐古園
浅間山の噴石で築かれた石垣
動物園を出てすぐの田切地形が印象的。
浅間山の火山灰が崖を形成した

■ 林業の未来とペンギン舎

フンボルトペンギン

 私が訪問した初夏、小諸市動物園はにぎわいを見せていました。フンボルトペンギン舎と「ふれあい休憩所」がリニューアルされたばかりだったのです。

リニューアルの裏話を解説するパネル

 重機も通れないという立地での難工事。郊外の広い動物園にはない困難さの中で、リニューアルは進められました。
 小諸市の財政指標を飯田市や桐生市と比較すると、両市よりも規模が小さいです。それでも動物園が維持され、未来に向けて動き出しているのは、長い歴史の中で地域に根付いているからでしょうか。

「動物園インフラカード」

 新ペンギン舎とふれあい休憩所には地域と動物園とを繋ぐ特色がありました。耐久性がコンクリート並に高くなるよう加工した国産木材「CLT」が活用され、環境に配慮するとともに地域の林業を生かした施設となっているのです。

ふれあい休憩所。ペンギンたちを座りながら観察できる
国産森林資源を活用した「CLT」素材の説明

 動物園や水族館は動物たちの姿を見せるだけではなく地域や世界の環境を考えるための場所になりつつある、と言われるようになって久しいですが、施設そのものに地域の森林資源を考えさせる資材を活用する取り組みに、この動物園が地域に根を張っていることを実感させられました。

■ 飼育動物とシンボル性

 小諸市動物園では、長らくシンボル的な存在感を放つ大型動物がいました。ライオンのナナ。作家の村上春樹さんが『村上さんのところ』で紹介したことでも知られる、知名度の高い動物園動物です。

 小諸市民からの「ライオンが見たい」という要望を受け小諸にやってきたナナ。私の訪問時にはすでに20歳と、高齢のライオンになっていました。

ライオンのナナ

 ただ一頭で暮らすナナは寝ている場面が多く、穏やかな時間が流れていました。小諸市で暮らすライオンはナナが最後の一頭となると言われています。

ナナの紹介パネル

 長い間、動物園と名の付く場所においてシンボリックな動物は重要視されてきました。それは、日本の動物園が「市民の場所」で、市民は誇りの源泉を「力の象徴としての猛獣や大型動物」に求めていたのかも知れません。 
 今では各地の園の選択にも多様性が生まれ、ライオン不在となったあと再導入している桐生が岡動物園のようなケースもあれば、災害対策を理由に早い段階で大型動物の飼育から撤退した飯田市立動物園のようなケースもあります。 動物園は以前よりも自覚的に「何をアイデンティティとするか」を考え、飼育動物を選択するようになっています。

 高齢となったナナが余生を送る小諸市動物園は、飼育種選択の過渡期にあります。小諸市動物園以上に長い歴史を持つ京都市動物園は、猛獣舎の狭隘さなどから、国内最高齢だったライオン「ナイル」の死後はライオンの飼育から撤退しました。

 希少動物であり飼育環境の確保が常に議論の対象となるゾウやキリン、ホッキョクグマだけではなく、国内で飼育施設が多いライオンやペンギン、カピバラやレッサーパンダとどう向き合うかも、動物園の未来を考えるひとつの論点たり得るのかも知れません。

■ 散歩する動物園

集まってきた人たちを観察するナナ

 しばらくライオン舎の前から離れずにいると、ずっと昼寝をしていたナナが突然顔を上げました。入園口付近からたくさんの人が移動してきていたのです。

動物園内を散歩する川上犬のさくら

 行列の先頭には、飼育員さんに連れられた一頭の日本犬がいました。現在のこの園を代表するもう一頭の飼育動物、川上犬のさくらです。

長野県の地域性を代表する日本犬
さくらの紹介パネル

 さくらは動物園内を一周したのち、花が咲き誇る懐古園の中を飼育員さんに連れられ、散歩していきました。
 花見に来た人がみなさくらに声をかけていきます。懐古園内のお蕎麦屋さんには、女優の倍賞千恵子さんがさくらと交流したという新聞記事の切り抜きが掲示されていました。

懐古園内の蕎麦屋さんにて
ヤドリギ。懐古園は緑豊かだった


藤の花

 動物園の中にいる動物は、通常は動物園の外に出ていくことはありません(移動動物園などのケースを除く)。懐古園内という限られた範囲とはいえ、「檻の内と外」だけでなく「動物園の内と外」とをつなぐさくらの存在はとても新鮮な印象でした。

懐古園を訪問した人に道案内する飼育員さんとさくら

 さくらが単なる日本犬ではなく、長野県で古来より飼育されてきた川上犬の血を引いていることも、「地域に根差した」動物園としての在り様を体現しているように感じられました。

■  地域が動物園を受け入れる

 小諸市動物園もまた多くの国内動物園同様、施設の老朽化・狭隘化に直面し、大規模な再整備計画が進められている園です。フンボルトペンギン舎などの整備を終えた後も、独特な景観「シカ谷」を生かした展示施設を整備する方針など、「持続可能であること」を前提に具体的な整備計画を打ち出しています。

将来にわたって小諸市動物園が、特色ある魅力的な動物園として輝き続けることができるように、将来構想で掲げた基本目標をより具体化するための方向性を次のように設定します。
(1)地域の宝・地域の資源を有効活用した動物園
(2)人と動物にやさしい動物園
(3) これまでの実績を活かす動物とのふれあいを重視した動物園
(4)自然環境を守り心豊かな人を育む動物園
(5)持続可能な動物園

小諸市動物園再整備基本計画(令和2年1月,小諸市)


 小諸駅前のカフェでも、ペンギン舎のリニューアルは大きく取り上げられていました。
 生きているものは刻々と変わらずにはいられません。変わらない風景の中に変化がもたらされていくそのダイナミズムを目の当たりにできることは、地域に動的な活力を与えているように感じました。
 その変化がヒトの暮らしだけではなく「人間ならざる生きもの」たちに対してももたらされるからこそ、そこに暮らす人にとっては地域を再発見する機会となり、また外から人が訪れる可能性を拡張しうるのかも知れません。

小諸駅前で販売していたセリ

 懐古園を出た後、駅で販売されていた新鮮なセリを買って帰り、胡麻味噌の和え物にしました。動物園がそこになかったら、私はこの街を訪れることがあっただろうか、と自問しました。

 内省の伴わないプライドは脆弱なものです。地域における「シビック・プライド」においてはなおのこと、その場所に関わる多くの人が考え続けることなしに醸成されることは難しいと感じています。
 動物園は、当たり前に存在している施設ではありません。なぜここにあるのだろう、という問いを内包していることそれ自体が、動物園が地域のシビック・プライド醸成において果たしうる役割なのかも知れません。

■  (参考)小諸市 都市データ

人口 41,631人(2022年11月末現在)
歳入総額 31,130,059千円(令和3年度一般会計決算概要より)
第1期動物園整備工事費  1億5,197万6千円
第2期動物園整備工事費(概算)  2億円