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タイトルの極意

「コンテンツを見せる」時には、相手の気持ちに立って、3つのT(ターゲット、タイミング、タイトル)を考える。ターゲットの本当に望むものやタイミングを考え、それをタイトルに反映させる。

編集力とは何か」で編集の定義を「誰かに何かを魅力的に伝えること」としたが、タイトルを考えるときも、何を伝えたいのか、売りは何なのかを明確にすることから始める。ここで間違えてはいけないのが、あくまでも相手が魅力的に感じる、相手の欲望にピタッと応える「売り」だ。こちらが想う売りはいろいろあるだろう。有名人にインタビューできた、小道具にこだわって撮影した、最新情報を網羅した…、それをいったん手放し、相手は何を望むのか、その相手に「売り」になるものは何か、それを端的に伝えるのがタイトルだ。

マガジンハウスの雑誌タイトルには伝説のものも多い。『anan(アンアン)』の「SEXできれいになる。」や『Tarzan(ターザン)』の「がんばれ!チビ。』など、共に90年前後のものだが挑発的なタイトルで話題になったものだ。だが、これは特集自体、コンテンツ自体が挑発的で話題になる内容だった。いま私たちが扱うコンテンツの多くはもっと「普通」の、もっと「ありふれた」もので、広告のキャッチコピーのようにタイトルだけキャッチーにすればいいというものでもない。「普通の」「ありふれた」コンテンツに見えて、実はココがスゴいんですよと、伝える。だからこそ、「売り」を明確にする必要がある。

雑誌の特集として、もっとも「普通」の、もっとも「ありふれた」コンテンツのひとつ、ダイエット特集で、だがしかし、タイトルで売れたものがある。

​これは、いわゆる再録ムックで、『anan』本誌のバックナンバーを遡ってダイエットページを集めて構成し直したものだ。出版社の人なら経験があるかもしれないが、編集者としてはモチベーションが上がりにくい案件でもある(どうしたって、新たに取材、撮影するほうが楽しい)。上から振られ、気乗りのしないまま、過去のダイエットページを集め、再掲載の許可を取り、あちこちリライトして辻褄を合わせるデスクワークのなか、タイトルと表紙だけはずっと真剣に考えていた。表紙を撮り下ろす予算はあったので、タイトルと表紙ビジュアルを決めてから撮影できるように、企画を振られた瞬間から「1秒でも早く1秒でも長く考える」ことをしていた。

そして至った結論が、「編集者の作業的にはつまらない再録だが、読者にとっては逆に、これだけ話題のダイエットが、これだけ一斉に読める本は実はない」ということ。当時人気が高くなかなか取材できなかったミリオンセラーのカリスマも『anan』本誌の4ページだけならプロモーションになると受けるケースが多く、それらをバックナンバーから集めた結果、相当に豪華な顔ぶれが集まったが、それが最大の「売り」だと思った。

ひとつひとつのダイエットを理解し実践するにはそれぞれの本を買う必要があるかもしれないが、どのダイエットも4ページのダイジェストで試すことができる。話題のダイエットをいろいろ試して自分に効く方法を見つけるためのムックということが瞬間的にわかればいい。この最大の「売り」をアートディレクターやカメラマンと共有し、紹介するダイエットの数々をデザインとして文字で羅列すること、モデルの体をシンプルに美しく見せ背景はホリゾントを活かしたグレーにすること、仮タイトルは『いちばん効くダイエット法はどれだ?』にすること、などを決めた。

タイトルの文字数は長いより短いほうがいいが、「売り」を端的にわかりやすく過不足なく伝える文字数がベストともいえる(『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』は長いが、「売り」が過不足なく入っている結果インパクトの強いタイトルになった)。「売り」になるマストなことばは長くても省くことはしない。字数が決まっている場合、マストなことばだけで埋まってしまうこともあるが、それでもマストはマストだ。

このムックの場合、マストなことばは「ダイエット」。マストなことばは省略できないが、あまりに、ありふれたことばなので、吟味をする。「痩せる」、「ボディメイク」、「3kg減」などと言い換えるが、やはり「ダイエット」はマストだ(と販売部からも言われる)。省くことはできない。ならば、マストなことばに、掛け算、足し算をする。ダイエット術、ダイエット学校、秘密のダイエット…、今回はダイエットの種類を強調したいので「ダイエット法」にしよう。動詞は「効果がある」「フィットする」「痩せる」…、「効く」が一番効きそうだ。

「「効くダイエット法」がたくさん載っているから次々に試して自分に合う方法を選べる」ということを言う。「売り」はひとつ、伝えたいことは明確だが、そのために、ことばの吟味を繰り返しながら、タイトル案をいくつかつくる。「あなたに効く」「わたしに効く」「みんなに効く」…、主語はどうする? 「めっちゃ効く」「最高に効く」…副詞は入れたい。「ダイエット法を探そう」「ダイエット法、見つけた」「ダイエット法はどれ?」「一番に効くダイエット法」…、文末は体言止め? 同じ内容でも立ち位置を変えてバリエーションをつくる。例えば、つくり手から読者への対話型か、読者側に立つ寄り添い型か。

対話型
あなたに効くダイエット法を見つけよう(提案)
あなたに最も効くダイエット法を探せ(命令)
本当に効くダイエット法はどれ?(問いかけ)
寄り添い型
わたしに効くダイエット法、見つけた(一人称)
話題のダイエット法をいろいろ試してみたい(つぶやき)
いちばん効くダイエット法で夏までに痩せる!(宣言)

ことばを吟味し、こんなふうにバリエーションをつくったら、必ず、寝かせる。寝かせて改めて見てみる。改めて見る時に、音読するのもいい方法だ。パッと見て音読しやすいか。音読して語呂がいいか。寝かせて見ることを繰り返し、自分なりに数を絞り、ブラッシュアップをしたら、次は人に聞く。この時も、スタッフ、読者、他の編集者、販売担当など次々に意見を聞いてまわった。最終的に3案ぐらいは実際にデザインしてもらって比べる。タイトルを入れた表紙をプリントして持ち歩き、会う人ごとに見せて反応を見たり意見を聞いたりする。この過程もできるだけ長く時間をとり時間の限り繰り返し吟味したいと私は思っている。

タイトルの仕上げは、もちろんデザインを見ながらの微調整だ。句読点や記号、書体、字間行間なども含めタイトル。この時は、「あなたに一番効く」と「一番」「効く」と漢字が続くのと、「あなたにいちばん効く」と「あなたに」「いちばん」と平仮名が続くのと、どちらが読みやすいか迷って後者にしたのが最後の修正だった。

「あなたにいちばん効くダイエット法を探せ!」

なんのひねりもない、普通のことばだけ並ぶタイトルだが、このムックが思いがけず、本当に販売部や編集長の予測以上に売れ、何度も増刷をかけることになった。増刷の回数を重ねるとポスターなど宣伝費も使えるので、加速度的に売れていく。その後、同じようにダイエット再録ムックを作っても同じように売れているわけではないので、この場合、表紙デザインとトータルでタイトルが成功したいい例だと分析している。

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