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1秒でも早く1秒でも長く考える

コンテンツをつくるには、考えて、考えて、考えて、「想い」をまとめる。熱い「想い」が言語化されるまで、「想い」なき状態から「想い」を持てるまで。

90年代の『Hanako(ハナコ)』を例に雑誌の企画会議の流れを説明する。当時の『Hanako』は週刊誌で4〜5つのデスクなので、ほぼ1か月に1冊特集を作る。1つのデスクは4〜5名。決まった曜日の決まった時間に、A4の紙の真ん中に編集長の椎根和さんの手書き(しかも縦書き!)で次の特集内容を示したものが、担当デスクに配られる。「○号○月○日発売、渋谷特集」と、お題だけ。「あー、また渋谷だー」。私のデスクは、おじさんキャップSと、3名の女性編集者だった。

まだ前号の校正チェックを抱えながら、お題が配られて最初にすることは、渋谷特集のバックナンバーに目を通すことだ。「前回の渋谷特集から半年しか経ってないよ」「前回はエリア切り(円山町界隈などとエリアごとに区切ってレストラン紹介)、その前はジャンル切り(イタリアン、フレンチなどとレストランのジャンルごとの紹介)、その前はBunkamuraオープンの特集だったんだね」などと確認し、暗に今までと違った切り口を探すために、3名がそれぞれロケハンを開始する。

ロケーション・ハンティング、通称ロケハンというのは、撮影場所を探すこと。ファッション撮影では、イメージする1枚の写真のために、何か所も下見を繰り返したり、撮影時間の日の光をカメラマンとテストしたりするが、『Hanako』のロケハンは、取材するレストランの下見、つまり試食、“食べ歩き”、“食べ比べ”を意味した。『Hanako』で一番大事な過程はこのロケハン。ロケハンにすべてかかっているといってもいい。

何しろ、まだ、インターネットがなかった時代だ。渋谷の地図に線を引いて、3つのエリアに分け、担当エリアをくまなく歩いて、1週間後の企画会議に備える。午前中から、すべての道を歩いて、行ったり来たり、気になるところをチェックし、メモをする。小路、小路と入って、スイーツ屋さん、雑貨屋さんなどを覗いたりしていると、あっという間に時が経つ。午後はいったん帰社して、校正作業。夜になると、昼間チェックした店を数軒ハシゴして食べ比べる。昼も夜も、レストランに限らず、何かネタはないか、街を歩きながら、そればかり考えていた。

そして、ほぼ1週間でデスクの企画会議。キャップと3名の女性編集者で、ロケハンの報告と企画をブレストする。まず、ニューオープンは、それだけで取り上げる価値のある、外せないキーワードだ。「この店、昨日オープンよ。でもおいしくなかった」。「このあたりは前回の特集から変わってなかったなあ」。「駅前も何もないんだよね」。「Bunkamura周辺は新しい店がいっぱいできてる。そこだけで括れるかも」。「宮益坂にもすごい人混みの店が数軒あったけれど、今まで取り上げていないね」。「明治通りに○○の旗艦店ができるって看板があったけど人の流れが変わるかな」「じゃあ、駅周辺はやらずに、駅から徒歩10分のエリアでつないだら?」。「Bunkamuraも宮益坂も明治通りも網羅されるね」。そして、「渋谷ドーナッツ現象!?」という特集に決まる。

その後は、ライター数名も加わって、特集にのっとった、さらに詳しいロケハンをする1週間が始まる。レストランも1軒1軒、くまなく回るが、慣れてくると、外観で、ある程度、店のレベルが想像つくようになる(この直感は今でも生きている)。少しでも迷えば、ズンズン入っていって、「すみません、ここ、いつできたんですか」「メニュー、見せてもらえますか」「ショップカード、ありますか」。怪しまれたら「二次会の店を探していて…」と、とぼけて店内をもっともらしく見回す。間違っても「『Hanako』です」とは言わない。

そうして荒選びした店に客として入ると、メニューを精査し、1〜2名でほんの2、3皿をオーダー。『Hanako』を名乗り、目的を知られると、サービスされてしまうので、あくまで客として振る舞う。なので試食とはいえ、あまりオーダーが少なかったり、それを残してしまうと疑われる。少なめ、でも、そこそこの量を食べつつ、味はもちろん、店の雰囲気やトイレなどもチェックする。スマホがない時代なので撮るわけにもいかず、メニューのいくつかは価格も併せ記憶し、早々に切り上げ、次の店に移る。憶えてきたメニューは店を出てすぐメモに残す。一晩に数軒ロケハンをするためのノウハウだ。店から店に移動する際も、たえずきょろきょろ。夜に歩くと、昼に見えないものが見えてくる。

「渋谷ドーナッツ現象!?」という特集の方向が決まってからのロケハンは、ランチ2軒、ディナー3軒は平気でハシゴしていた。必要なものは、歩きやすい靴と、“ロケハンの友”。特に夜は、さすがに1人で飲食店に入るのは辛いし、皿数も試せないので、大体、友達を押さえておいて、数軒つきあってもらうのが常だった。最初のころは、学生時代の友達に頼んでいたが、会社の経費で食べられることを羨ましがられたり、その言い訳をするのが面倒になり、徐々に部内の他のデスクの女性編集者を誘うことが多くなった。ロケハンをテキパキと“こなす”ために、1人で食べ歩く女性編集者も少なくなかった。この当時の『Hanako』経験がなければ、1人で飲食店に入る勇気は今でもなかった気がする。

今思うと、あれだけ足で集め、あれだけの分母数から厳選した情報なのだから、「『Hanako』に載っている店はどこも美味しい」と信頼されたのは当然だと思う。おいしくない店、サービスの悪い店は当然のこと、試食していない店やメニューを紹介することはあり得なかった。

本題に戻ると、編集者の勝負は、お題を配られてから1秒でも早くロケハンに行くこと、何か面白いものを見つけるために1秒でも長く歩くこと、「渋谷特集」をどう作るか1秒でも長く考えることだった。誰もそんなことは言わなかったが、スノーボードのコソ練と同じく、1秒でも早く1秒でも長く考えないと、時間切れで大切なものを見逃すのが惜しい。もっというと、「そろそろいいか」と思ってから、さらなるロケハンでこそ、ヒットが見つかる可能性が高かった。


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