オワリとハジマリ

ボッチの音楽オタクが突然のミニマルテクノブームで有頂天になったところで前回の話は終わりましたが、その続きを書こうと思います。

私は調子をコイていました。

誰もが見向きもしなかった変態音楽趣味が突然、TOKYO でオシャレなモノになってイベントでもウハウハ。

「僕は時代の先を言っていたんだ!早過ぎたのだ!ゴッホゴッホ!」と。

それから5年近くが経過し、私は結婚をしました。

もちろんクラブのフロアーで出会った前髪パッツンの大人しい、どこか奥ゆかしい、それでいて秘めた感じのあるミステリアスな女性と。

ここからは今考えると当たり前と言うか、私に父としての自覚が足りなかったゆえの事であり、とても恥ずかし事なのですが、妻が第一子を身ごもり数か月が経過してからも、私はいつものようにレコードケースを持って「行ってきまーす」とクラブへ出勤していったのです。

帰ってみると妻はいませんでした。

結果から言うと、妻は出ていこうと近所をフラフラしていて「結婚して子供も生まれるのにまだゴッホゴッホしてんのかオマエは。冗談はお前の人生だけにしとけよ。私と子供をそのわけのわからない音楽活動に巻き込むな。やりたいなら一人でやれ。レコードもDJ機材も邪魔だから捨てるかもっとでかい家に住ませろ!床でオナニーでもしてろオタク野郎!」と、そんなアドバイスを強めの口調で言い放ったのです。

ああ、前髪パッツンの大人しい、どこか奥ゆかしい、それでいて"秘めた感じ"の、"秘めた部分"を今やっと御開帳していただいたのですね。

私は足、腰、膝、をガクガクと震わせながら色々と反省し、妻が豹変して 3秒後 に今までの5年間の有頂天を捨てる決意をいたしました。

妻の秘めた部分が怖かったからではありません。

けして。

ケシテ

翌日、イベントメンバーに電話を入れ、DJをしばらくやめる事を告げました。

「まあ、育児が落ち着くまで飲みに行ったりすることもないけど、すぐ戻って来るよ。」

そんな感じで電話を切りました。

レコードも買うのをやめ、DJ機材も部屋から消えました。

それから8年が経過し、

私はDJとしてもクラバーとしても、人々から忘れられました。

続く


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