最強の天ぷらを探す旅は続く
土曜の夜は高校の同級生T、Fとシーシャを吸いに行った。小岩にあるそのシーシャ・バーは赤と黒を基調とした店内で、照明も暗い。ソファーのフェイクレザーが所々傷ついていたが、逆に空間に馴染んでいて、気にならなかった。
私たちは自分の好みのフレーバーのシーシャを注文した。因みに私が頼んだのは「ジャスミン×アールグレイ×モヒート」だ。アールグレイやジャスミンの落ち着いた香りと、モヒートの独特な爽やかさがたまらない。
吐いた煙がもくもくと立ち上がる。最高にチルな気分だ。会話もそぞろに、私たちは香りを楽しむ。
「そろそろ始めようか」
Fはぽつりと呟く。
「そうだね。終わりにしよう」と、私は答える。
「待ってよ。もっと考えた方がいいよ」
Tは私たちの顔を伺うように覗き込んだ。
彼の意見はよくわかるが、私たちはもう十分に考えた。その末に今日集まったのだ。だから、今更考えが変わることは無い。
FはTが黙ったのを確認した後、口火を切る。
「じゃあ俺から。三位は海苔だ」
海苔。海苔か。あの黒い板か。あれが三位か。いや、確かにあると嬉しい。しかし、だからといって三位になるほどのポテンシャルを秘めているかと問われれば、否だ。数ある中で海苔を選ぶなど、正気の沙汰ではない。改めて自分とTとの間に大きな認識の違いがあることを実感させられた。
「僕の三位はホタテだよ」と、Tは言った。
「ホタテもいいよな。美味いし」
「私はゴボウを推す」
ゴボウは塩でもつゆでも美味い。土の中で栄養をたっぷりため込んだそれの旨味は常軌を逸しており、からっと揚げるとほくほくした食感が最高だ。スタメンを張ることは少ないが、スーパーサブとして大いに活躍する。私の三位は、ゴボウだ。
「ゴボウなんて、弱いよ」
Tは顔をしかめる。なんなんだこいつは。人の好みを否定するんじゃねえ。
「まあまあ。じゃあ、この勢いで二位も発表してしまおうか。俺はレンコン」
Fは私の怒りを諫めつつ、そう言った。
出たなレンコン。根菜界ではいつもゴボウの邪魔をする、目の上のたん瘤。ゴボウ唯一の安息の地であるきんぴらにすらずかずかと侵攻してくる厄介者だ。一生泥の中で眠っていて欲しい。
ただ、レンコンが美味いことは認めざるを得ない。それに穴が開いていることから「未来の見通しが良い」と縁起物でもある。海苔ときて、次はレンコン。Fはかなりのやり手かもしれない。
「僕の二位はね、エビ」と、Tは言う。
「エビなあ、美味いよなあ」
「私の二位はアナゴ。カリカリの衣とふっくらした身のギャップある食感が楽しいし、甘ダレや塩が良く合う。魚介の中でもトップクラスで美味しいと思うんだ」
私は思いの丈を彼らに伝える。アナゴは寿司のネタとしても有能であるため、日本料理には欠かせない存在だ。海外では、その蛇のような見た目で毛嫌いされることが多いらしいが、目を瞑って食え。美味いから。
中学生のころに伊勢湾で食べたアナゴが忘れられない。私はあの時から今の今までずっとアナゴの虜だ。
「アナゴかあ、それは盲点だったな。」「ふうん」と、二人が反応する。
「じゃあ、一位を発表するぞ」そうFが言う。Tが生唾を飲み込む音が聴こえた。「俺は…… サツマイモだ」
来たか。サツマイモ。エビと並んで最もポピュラーだと言っても過言ではない。甘味の強いものを使えば、それはもはやおかずではなくスイーツだ。塩をかければさらに甘味が引き立ち、口に入れるだけで幸せな気持ちになる。最後にサツマイモを持ってくるとは。Fめ、よもやここまでとは。
Fの出した答えについて思考を巡らせていると、痺れを切らしたTが「僕の一位発表していい?」と言った。
「僕はね、白子!」
……なんかさっきからこいつズルくない? いや、どこがズルいかは説明できないんだけど、ホタテ、エビ、白子ってなんかズルいって。やっちゃってる。
「お前セコいぞ、高級品ばっかり。そんなこと言ったら俺だってお前が言ったもの全部好きだわ」
Fも思うところがあったようだ。そうだそうだ。もっと言ってやれ。なんていうか、Tのランキングは私たちが始めたことと趣旨がずれている。彼は同じステージに立てていない。
何故私たちがこんな会話を始めたか。それは「あーそれのこと忘れてたわ。確かにそれも美味しいよな」という新たな気付きを得るためだ。そりゃそこまで説明していないが、根幹はお互いのオリジナリティあるランキングを求めている。同意されたいのではなく、発見したいのだ。それなのに、Tが発表したものはどれも、誰もが知ってる美味い物ばかり。許されるはずがない。
それに高いものは美味いじゃん! 当たり前じゃん! なんかずるいじゃん!
「え? そんなルールあったっけ?」と、純粋な眼で私たちを見つめるT。
まあ、無いんだけどさ。Tからすれば好きなものをただ発表だけなのに、顰蹙を買うなんてたまったものではないだろう。理不尽な批判を浴びる姿には心底同情する。でもズルいものはズルい。
「まあいいや、野呂のはなんなの?」
Fは興味ありげに聞いてきた。話を変えてくれてありがたい。いったん落ち着こう。私はシーシャを吸って、深呼吸した。
「私の一位は、マイタケだ」
「えー、安いじゃん。残念ながら僕のランキングには入んないね」
こいつはもう許さない。
でも同時に、一生こんな下らない話をして生きていたいなと思った。次会うときは三人で天ぷら屋に行こう。