JOHN_19

19歳の高校2年生。 16歳で高校中退→絶望、生きた心地がしない1年を過ごしたのち通信…

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19歳の高校2年生。 16歳で高校中退→絶望、生きた心地がしない1年を過ごしたのち通信制の高校入学←今ここ 人見知り、捻くれ者のようなちゃんとしている人です。 文字に残したいものを書いてます。書きながら自分に気づくことが多々あります。

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あなたは死んだことはあるか

あなたは死んだことがあるか 1度でも死んだことがあるか 死にたいと思ったことがあるだけじゃだめだ 実際に人間が死に心が止まり脳が死で埋め尽くされたことはあるか 行き場を失った言葉たちに何もしてあげられなかったことはあるか 学校に行く時にタクシーの運転手に睨みつけられたことはあるか その度に「ごめんなさい」と謝ったことはあるか 電車の窓から見える海を見て何も感じず生きた心地がしないまま電車に揺られたことはあるか 死にたいと思い車が走る道路に飛び出そうとしたことはあ

    • 今を楽しむとは

      今日、初めて友達と県外に遊びに行った。 中学以来会ってなく4年ぶりぐらいに会った。 お金の話をした時だった。彼は大学の長期休みに入るとそれまで貯めていたバイト代を遊んだりしてほとんど使ってしまうと言っていた。 僕が「将来的なことも考えて貯金とかしないの?」と尋ねると「今が楽しくないと意味ないじゃん」と返した。 「今を楽しむ」にはどうすればいいのだろう 果たして貯金をゼロにしてまで「今を楽しむ」ことが大切なのだろうか? 事実、確かに彼の話を聞いているとかなり楽しそうだ。

      • 生きる意味とは?

        散歩中、ふと「生きる意味って何だろう?」と思った。 歩きながらいろいろ考えてみた。 本を読むのが好きだから、「本をたくさん読むため?」 セカオワの音楽が好きだから「大好きな音楽にふれるため?」 「叶えたい夢を叶えるため?」そういえば僕にそんなものはなかった笑 はたまた、「結婚して子供をつくって奥さんと微笑ましい生活を送るため?」 どれも僕が楽しい!と思えるものばかりなのに 将来的にはそうでありたいと願っているはずなのに、それが生きる意味かと言われると、どうもその枠に入る

        • 帰属意識を満たすための散歩

          最近の僕がほとんど毎日行っていることといえば散歩だ。 父親が亡くなってからそれまで日課だった読書や筋トレはなんだか体に力が入らずやっていない。 じゃあ、なぜ散歩だけは続けていられるのか。 それは、社会の一員として認められているような気がするからだ。 いわゆる帰属意識。僕は友達がほとんどいない。 好きな人もいなければ「この子いいな」なんて感情さえも最近は顔を出さない。 孤独なのだ。そう、孤独なのだ。 僕が散歩に行く時間は夕方の日が落ちてきた時。あえて大通りに出る。

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        あなたは死んだことはあるか

          野菜嫌いな奥さんが作ったドレッシング

          僕はよく捻くれ者だと言われる。 昨日の夜、サラダの横にあった「野菜嫌いな奥さんが作ったドレッシング」 僕はこう思った。 「野菜が大好きな奥さんが作ったドレッシング」の方が美味しそう。 想像してみてほしい。スーパーの陳列棚に 「野菜が大好きな奥さんが作ったドレッシング」と「野菜好きな奥さんが作ったドレッシング」が並んであるとしよう。 あなたは何を手に取るだろうか 僕だったら絶対に後者を手に取るだろう。 後者の方が美味しい根拠はないが、野菜好きな人が作った方が野菜に対する

          野菜嫌いな奥さんが作ったドレッシング

          Podcast「鬱ラジオ」スタート

          はじめに先週から「鬱ラジオ」を初めてみました。 今回はなぜこのポッドキャストを始めたのかについて書いていこうと思います。 孤独な僕には居場所が必要だったまずはじめに、僕は16歳の時自律神経失調症という病気にかかりました。 うつ病などと比べると軽い病気なのですが、人生で1番苦くて辛い経験をしました。 その時に僕は人間不信になってしまい、話をする友達や話を聞いてくれる友達さえ1人もいなかったです。今までの友達を信用できませんでした。 「死にたい」「夜になると苦しくなる」などと

          Podcast「鬱ラジオ」スタート

          「不幸というのは重なる」を実感した話

          「不幸というのは重なる」幾度となくドラマや歌で歌詞になっているこのセリフ 僕は最近身に染みて実感している。今までは「勝手にその人が1つ1つのネガティブな出来事を勝手に繋げているだけだ」と思っていただけなのだが、どうやら違ったらしい。 16歳の夏、僕は学校に馴染めず不登校になった。(書こうと思えば具体的に書けそうだが思い出したくもない記憶なのでやめておく) そこから、いろいろあって人間不信になった僕は友達のラインをほぼ全て消した。高校、中学の友達全て。とにかく人間という生き

          「不幸というのは重なる」を実感した話

          学校にいるが相変わらず誰とも喋らない。 いつもと変わらず無の境地にいます

          学校にいるが相変わらず誰とも喋らない。 いつもと変わらず無の境地にいます

          死と人生

          人生上手くいってる時に急に上手くいかなくなるものである。 同時に、人の死というものはいつも突然である。 昨日、今日。そして明日、明後日。それをしみじみと深々と実感する時間になるだろう。

          死と人生

          夏休みバイトが終わった〜!!

          夏休みバイトが終わった〜!!

          なんか、日本の戦争に関する教育って日本がやられたこと(原爆など)ばかりがフューチャーされてる気がする。日本がやったこと(真珠湾攻撃など)もおんなじぐらいの対比で教えてもいい気がする。 まぁ中学の時の記憶ですが。。。

          なんか、日本の戦争に関する教育って日本がやられたこと(原爆など)ばかりがフューチャーされてる気がする。日本がやったこと(真珠湾攻撃など)もおんなじぐらいの対比で教えてもいい気がする。 まぁ中学の時の記憶ですが。。。

          イライラする

          僕は高校を1度辞めている。高1の夏に。 この前、バイト先で年齢が1つ上のAさんと話していた。 A「そういえば、トモキくんって何歳なの?」 僕「19歳です」 なんか嫌な予感がする A「てことは大学生?」 僕「いや、高校生です」 あぁやはりきてしまった A「え?19歳って大学生の年齢じゃなっかったけ?」 僕「あの僕、1度高校を辞めていてそれで入り直したのでいま高校2年なんですよ」 A「あっそうなんだ!大丈夫だよ〜。俺も大変だったしこれからきっとうまくいくよ〜」 あぁ本

          イライラする

          辛いことの先には楽しいことが待ってるはどこまで信用していいか?

          ショート動画を見ていたら、又吉さんの卒業式のスピーチ?的な切り抜き動画が出てきた。 そこで又吉さんは 「辛いことの先には必ず楽しいことが待っていると思っている。自分が苦しい時はそう思うようにしている」と言っていた。 申し訳ないがこの手の言葉は何回か聞いたことがある。 「苦しいときっていうのは幸せになるための準備期間」だの 「大きくジャンプするために今は助走をつけいている」だの。 確かに喉が渇いてる時に飲む麦茶が美味しいように、苦しみを味わった後の幸せは大きなものに感じる

          辛いことの先には楽しいことが待ってるはどこまで信用していいか?

          彼女が欲しいかもしれない

          僕は彼女が欲しいのかもしれない。 クリスマスに1人でいることを忘れさせて欲しいのかもしれない。 「おはよう」「おやすみ」を言い合いたいのかもしれない。 気を使わずに話したいのかもしれない。 夜に感じる寂しさを忘れさせて欲しいのかもしれない。 この孤独な心を癒して欲しいのかもしれない。 僕も知らない僕を受け入れて欲しいのかもしれない。 誰にも話したことない心の内を話したいのかもしれない。 僕の唯一の理解者であって欲しいのかもしれない。 泣きたい夜に抱き締めて泣

          彼女が欲しいかもしれない

          怒りって心の中で理性と感情がぶつかり合ってるみたいに感じた

          怒りって心の中で理性と感情がぶつかり合ってるみたいに感じた

          みんな教えて!

          高校2年生の夏。僕は猛烈に進路を悩んでいる。 大学に行って就職するということを考えるとかなり大学の学科が大事になるんじゃないかと思ってるからだ。 前にも書いたが僕の夢は「ゆったりと暮らすこと」 これが勉強のモチベーションになるはずがない。 というかならずに1年過ごしてきた。 「親に何で今の職業に就こうと思ったの?」と質問した。 「早く家を出たかったから」何の参考にもならなかった。 みんなはどうやって大学やその学科又は就職先を決めているのだろう? 全然決められない18

          みんな教えて!