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エッセイ ジャーマンアイリスに抱かれて(改題)

闘病の 陰さえ見せぬ 明るさの  秘密を知るや 手首の古傷

朝毎(あさごと)に 花を飾りし  君が今 花の棺に ひとり眠れる

 これは、僕が印刷会社に入って間もない頃、仕事をアルバイトで手伝いに来てくれていた竹内美貴さんの死を悼むレクイエムです。
 美貴さんは若くして骨肉腫を患い、余命宣告を受けた状態で会社に働きに来たのでした。大学へ進学予定だった彼女の最後の望みは、少しでいいから、働いてみたいということ。悪い足を引きずりながら、朝早く来て、職場に花を飾ってくれました。彼女はジャーマンアイリスが好きでした。「英語の勉強もしてみたい」と言う彼女に、「そんなことしたら、会社やめるか、人間やめなきゃならんくなるぞ」とかなりきつい言葉を投げつけてしまいました。休みが多くなり、やがて全く来なくなり、そしてある日、訃報が届きました。お通夜に行って花一杯の棺に、笑顔でひとり、横たわっている彼女を見ました。
 彼女のために何かできることはないか、必死で考えました。夜布団に入っても寝られずに、考え続けました。そして、自分に出来ることはこれしかない、という思いで作ったのがこの2つの短歌です。絶望の底に突き落とされた人間が、再び笑顔を取り戻すまでの苦悩をほんの少しでも、共有できれば、という思いで作りました。出来の良し悪しは、ともかく、この歌を作ったことによって、彼女の懸命に生きる姿を、後世に伝えることができれば、これに過ぎる喜びはありません。
               
               このエッセイを竹内美貴さんに捧げます。

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