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アガメムノーン (アイスキュロス)

 アイスキュロス(Aischylos 前525?~前456)は、古代ギリシャの劇作家で、ソフォクレス、エウリピデスと並ぶアテネの生んだ三大悲劇詩人です。

 アイスキュロスは高校時代の世界史で必ず登場する名前ですが、今まで実際、彼の作品を手に取ったことはありませんでした。
 今回読んだ「アガメムノーン」は、彼の代表作のひとつです。

 ストーリーは、我が子を戦争の犠牲にされた王妃クリュタイメーストラーと、自分の父親が悲惨な仕打ち受けたアイギストスが共に計って実行したアガメムノーン王の暗殺事件を描いたものです。

 作品半ばでの、凱旋し意気揚々たるアガメムノーンと恨みを隠したクリュタイメーストラーとの心理的にすれ違った対話、また、終盤に至るにつれて緊迫感が増していく役者たちの台詞回しや歌唱の盛り上がりは、私のようなズブの素人が読んでも唸るところがあります。とても今から2500年近くも前の作品とは思えません。

 もうひとつ、合唱隊の長い台詞のなかにこういうくだりがあります。

(p43より引用) このように家のうちや、竈のへりの苦悩もさることながら、
それよりもさらに険しい苦しみが、いま目のまえに。
見わたせばギリシア全土、遠征軍の兵士らの故郷には、
胸をおさえて悲哀に堪える女の姿が
あの家にも、この家にも、はっきりと影をおとす。

ひっきりなしに訪れる、断腸の悲しみなのだ。
親しいものらを見送ったのに、
おのおのの家もとに帰ってくるのは、
骨壺と灰、人でなくて。

 この物語の舞台となったトロイアーとの戦争は、為政者の私恨から始まり、その私闘の中で生じた私怨がもとで、その為政者は無残な死に至りました。さらに、暗殺者たる王妃は自らの息子の手で復讐されるのです。皮肉な結果ではありますが、戦いの端緒を開いた王家にとっては、自業自得の結末ともいえます。

 しかし、私恨による戦争のために思いもよらない不幸を蒙ったのが、その国の、そして相手の国の罪なき市民でした。まさに理不尽な仕打ちそのものです。

(p44より引用) 雄雄しい人の、みるかげもない骨灰で
粗末な壺を、ふちまで満たして。

人びとは、声を呑み呻く、-
褒め言葉には、あれは戦の手だれ、
これはあっぱれ勇士の最期、とはいうが、
もとをただせば、他人のものである女の奪い合い。
この思いはだれしもが、口をとざしたまま叫んでいる、・・・

 当時のギリシア市民たちの目には、この劇はどう映ったのでしょう。単なる王家を舞台にしたサスペンスドラマと観た人は少なかったはずです。
 多くの人々は戦争の愚かさ・悲惨さを感じ、作者の戦争批判のメッセージを心に刻んだことでしょう。

 解説によると、「アガメムノーン」は「コエーポロイ」「エウメニデス」と続く三部作の第一作目とのこと。アガメムノーン王の暗殺で終わっていて、その後、「コエーポロイ」で息子オレステースの仇討ち、「エウメニデス」でオレステースの裁判と物語は進むそうです。

 紀元前5世紀にこういう重層的な演劇作品が作られ、多くの市民の前で上演されていた・・・、何とも素晴らしいことだと思います。



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