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グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた (辻野 晃一郎)

ソニーでの22年間

 著者の辻野晃一郎氏は22年間のソニー在職後、3年間グーグル日本法人の社長を歴任しました。本書は、日米を代表する両社での貴重な体験を記した自伝的著作です。

 本書で語られるひとつは柱は、「なぜソニーは凋落したのか」というテーマです。
 その理由の一端は、ipodの対抗製品「ウォークマン」のマーケティング上の位置づけにも表れています。ウォークマンの一時的な巻き返し報道がなされたときのことについて、著者はこう述懐しています。

(p21より引用) ソニーの凋落が取り沙汰されるようになって久しいが、携帯音楽の世界の競争原理がデバイス(機器)中心だった時代からネットワークとの連携による付加価値の追求という時代にとうの昔に完全に切り替わっているのに、ソニーは未だに公式コメントで、「音質」とか「純粋に音楽だけを楽しむ層」などと言っているのだ。
 確かにソニーのウォークマンの音質や耐久性は優れているのかもしれない。しかし、それはもはや競争の本質ではないのだ。

 そもそもの顧客の関心(ニーズ)が変化し、競争の環境(戦う土俵)自体が動いているということを、ソニーはいつの頃からか気づかなくなったようです。

 著者は、ソニー在職時、いくつものプロジェクトの建て直しに取り組みました。
 セットトップボックスやハードディスクレコーダー等の不採算プロダクトを所管するネットワーク・ターミナル・ソリューション・カンパニー(NTSC)のトップに就いたとき、著者は、日産のカルロス・ゴーン氏に面会を求めました。以下のくだりは、その際、ゴーン氏の語った言葉の中で印象的だったものです。

(p122より引用) 彼が言っていたことの中に、「初めて日産を見た時には、とにかく問題だらけなので、大きなpotential of progress(改善の余地)を感じた」、ということがあった。そのようなポジティブ思考そのものが彼の真髄なのであろう。また、社内改革において抵抗勢力にどう対応すべきか、というテーマについては、just ignore them(ただ無視するのみ)という答えであったのを痛快に思った。

 私たちの世代にとって、SONYはやはり特別な存在です。
 「WALKMAN」の登場以前から、SONY製品は一種の憧れでしたね。最初に買ったSONY製品は確か中学生時代のラジオ「スカイセンサー」、多機能でメカニカルな外観は存在感十分でした。

 独創性・先進性の代名詞であったSONYが時代に乗り遅れ「並みの企業」になってしまった、本書では、その過程の渦中に在籍していた著者の視点から当時の内情が紹介されています。
 それはそれでリアリティを感じるのですが、できれば、自分という視座から離れたもう少し客観的な事実から、その衰退の要因を深堀して欲しかった気がします。

グーグルでの3年間

 本書の後半は、著者がグーグル日本法人社長時代を語った章です。その中から、いくつかの気付きを書き止めておきます。

 まずは、よく言われている「グーグルのビジネスモデル」についてです。

(p195より引用) グーグルの基軸となっているビジネスモデルは、アドワーズ(AdWords)、アドセンス(AdSense)と呼ばれる仕組みが生み出すオンライン広告である。・・・
 ・・・グーグルは、ここで潤沢な資金を稼ぎ出し、それをインターネットやクラウド・コンピューティングの発展のために惜しみなく再投資している。そしてネット環境やクラウド環境を進化させることが、インターネットユーザーやトラフィックの数をどんどん増やし、結果的には自分達の広告収入の増加に還元される、という大きくて磐石な循環系を成立させている。

 通常の会社は、その事業規模や範囲が拡大してくると「事業部制」に移行します。しかし、グーグルは「オンライン広告事業」を「コアコンピタンス」と定め、他の事業はそれに従属させました。

(p197より引用) もしもグーグルが、オンライン広告事業部、アンドロイド事業部、グーグルマップ事業部などと、並みの会社のように全体を細かく分断してそれぞれの採算モデルを適用していたら、アンドロイドの開発も、ストリートビューの実現も到底不可能であろう。アンドロイドやクロームOS・・・のようなプラットフォームは短期間に広く行きわたることが重要で、ここで採算を気にして有料化などを行ってしまえば普及の大きな障害ともなる。
 また、ストリートビューなどは到底コストに見合わない活動として承認されないであろう。

 収支を度外視した事業に対して、収支責任を負わされた事業が太刀打ちするのは、やはり無理です。経営資源の供給源となっている事業にダメージを負わせない限り、枝葉は繁茂し広がっていきます。

 もうひとつの気づき、最近注目されている「クラウド・コンピューティング」の意味づけについての著者のコメントです。

(p221より引用) 私は、企業がクラウドを導入する本質は、IT投資の削減などということだけではなくて、社内のコミュニケーションや情報シェアを促進して経営のスピードを上げる、という点にあると考えている。
 そういう意味では、クラウド・コンピューティング環境の企業内導入に際して、一番重要なキーワードは「カジュアル」ということではないだろうか。ここでいう「カジュアル」とは、フランクで透明性が高く、フットワークが軽くてノリが良く、どんな意見でもきちんと聞いた上で、誰に対しても正々堂々と自分の意見を主張することを指す。

 クラウド・コンピューティングに関しては、ファシリティ面からも興味深い示唆がありました。データセンタ運営についての発想の転換です。

(p244より引用) サーバを構成するCPUやハードディスクなどのハードウェア部品も、一定期間で壊れることを前提にし、冷却などせずに壊れた部品は新しい物と置き換えていくという割り切りで作る

 急速なテンポで向上するハードウェア性能を活用するとともに、データセンタ設備の冷却のために増加し続ける電力需要を抑える方策としては、一考の価値がある指摘です。

 さて、最後の気づきとして、「グーグルのFind it、Fit it」について記しておきます。

(p244より引用) グーグルでは、何かの問題に対応する時に、とりあえずのパッチワークをやる、という発想があった。・・・大上段に振りかぶって、製品開発のプロセスそのものを抜本改善しよう、そのために全社プロジェクトを結成しよう、などというようなアプローチとは対極にあるスタイルであり、ネット時代の割り切った問題解決手法として、他企業にとっても大いに参考になると思う。

 抜本改善に着手しているうちに、その製品・サービスは過去のものになるというのが今の事業環境です。
 変化の「スピード感覚」を誤らないようにしないと、折角の地道な努力が、不幸にも「滑稽な無駄骨」になってしまいます。



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