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日本人へ リーダー篇 (塩野 七生)

 塩野七生さんの著作は、代表作の「ローマ人の物語」をはじめエッセイもいくつか読んでいます。

 本書は、「文藝春秋」巻頭随筆を採録して新書化したものとのことです。イタリア(ローマ)からの視点で、現代の日本の世情や各国の話題をとりあげた40章。塩野さん流の小気味よいコメントが満載です。

 たとえば、そのひとつ、「戦争の大儀について」と題する章での「日本の国際舞台での振る舞い」を語ったくだりです。

(p65より引用) 大儀などはないのだ。といって、新秩序をつくる力はもっていない。この現実を見極めれば、やれることは限られてくる。他の国が大儀と言おうが日本だけは心中でせせら笑い、それでいながら冷徹に国益を考え、その線で行動することだけである。

 このあたりは、いかにも塩野さんらしい合理的・功利的でドライな考え方ですね。

 また、こんなアドバイスも。「事象との対面の仕方」についてです。

(p73より引用) 重要問題には、それ一事のみを考えているうちにかえって問題の核心から離れてしまうという性質もある。伸縮自在な距離を保つということは、手段の目的化という、専門家を自称する人々の犯しがちな誤りから、自由でいられるやり方の一つではなかろうか。

 こちらは、なるほど、普遍的に首肯できる考え方だと思います。

 そのほか、「はた迷惑な大国の狭間で」とのタイトルの章では、例の「ローマ人の物語」において塩野さんが繰り返し指摘しているところが語られています。

(p164より引用) なぜローマ人だけが、あれほどの大を成すことができたのか。・・・それをひとことで言えば、「もてる能力の徹底した活用」である。言い換えれば、一つ一つの能力では同時代の他の民族に比べれば劣っていても、すべてを総合し駆使していく力では断じて優れていたのだった。・・・
 ローマ人が、持てる能力の徹底した活用とは、自分たちの力のみでなく、ライヴァルたちのもつ能力さえも活用しないかぎりは現実化できない、という一事を頭に置きつづけ、しかも実行しつづけたからであった。

 周辺諸国との数々の戦いの末に歴史に残る大帝国を築き上げたローマ人。彼等が採った賢策が「敗者同化政策」でした。これが、ローマ帝国主導の世界秩序たる「パクス・ロマーナ」を現出させた要諦です。

 さて、最後にご紹介するのは「問題の単純化という才能」という章での塩野さんの指摘です。

(p186より引用) 興隆・安定期と衰退期を分けるのは大同小異という人間の健全な智恵を、取りもどせるか取りもどせないかにかかっているのではないかと思っている。つまり、問題の本質は何か、に関心をもどすことなのだ。言い換えれば、問題の単純化である。

 一見本質を鋭く突いたようなコメントです。「問題の本質は何か、に関心をもどす」というところまではその通りでしょう。しかし、それはイコール「問題の単純化」ではないと私は思います。

 塩野さんは「重要な問題ほど、単純化して、有権者一人一人が常識に基づいて判断を下す必要がある。」と書かれています。もちろん、本質的な争点の明確化は重要ですし、正しい判断を下すサポートとしては非常に効果的です。
 とは言いながら、「問題の単純化」は、時として、本質を隠した形で白黒を迫る場合もあります。「変革か現状維持か」、こう問われると多くの人は「変革」を選ぶでしょう。しかしながら、その変革が正しいものかどうかは内容次第でしょう。当然のことです。

 内容を示さない安易な「単純化」は、ポピュリズムを利用した罠にもなりうると思うのです。



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