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運と気まぐれに支配される人たち ― ラ・ロシュフコー箴言集 (ラ・ロシュフコー)

(注:本稿は、2015年に初投稿したものの再録です)

 著者のラ・ロシュフコーは17世紀のフランスの貴族です。

 解説によると、ラ・ロシュフコーが残した文芸作品は、この1冊だけだったと言います。その1冊が、国内外の多くの錚々たる作家・哲学者たちにとっての「枕頭の書」となったのです。

  まず、「箴言(マクシム)」についてですが、当時のフランスの社交界においては流行りものだったようです。

(p267より引用) マクシムは、ポルトレ(肖像)と並んで、17世紀のサロンに流行した一種の知的遊戯である。ポルトレは、人物の外見を機知にあふれた筆致で描写し、人間の個性や特徴を浮き彫りにしようとする。一方、マクシムは人間の内面の心理を分析し、それによって人間性を追求し、把握しようとする。マクシムの主題は、個々の人間の個性ではなく、万人に共通する人間の普遍的真実なのである。

 ちなみに、本書の巻頭の一章はラ・ロシュフコーのポルトレです。そこには、著者の風体容貌の紹介とともに、様々な観点からの自己分析のことばが並んでいます。

(p8より引用) 私は自分をよく知るためにかなり自分を研究してきた。私に良いところがあれば、遠慮なく言う自信もあるし、私の持っている欠点は、はっきり白状してしまう素直さも持ち合わせている。まず手初めに、私の気質はと言えば、私は憂鬱な性分である。・・・私には才知がある。だが、憂鬱に損なわれた才知だ。・・・

 著者自身、大貴族の家に生まれながら激動の人生を歩み、強い人間不信にも陥りました。彼の「箴言」は厳しい人間認識にもとづくものでした。

 さて、その箴言の中から私が関心を持ったものを覚えとしていくつか列挙しておきます。

(p24より引用) 過ちを犯した人たちをたしなめるとき、われわれには、善意より自惚れのほうが強く働く。長々とお説教はするものの、相手の間違いを正そうというより、自分は別物、と言ってきかせるのだ。

 ラ・ロシュフコーの箴言の多くは、人間の「利己的な姿」を抉り出すものであり、「自分は人とは違うんだ」という根拠のない優越感を鋭く糾弾するものです。著者は、この優越感をしばしば “自己愛” と表現しています。そして、それは、自らに対する見方の甘さの表れでもあります。

(p36より引用) 誰しも、記憶力の悪さを嘆く。そのくせ、判断力の悪さは嘆かない。

 これは、とても首肯できる指摘です。私自身も大いに反省しなくてはなりません。
 記憶力の低下は例えば加齢といった何かのせいにすることはできます。が、判断力の低下は自己の能力の劣化であるがゆえになかなか認めたくないというのが本性ですね。これも自らに対する見方の甘さの表れでしょう。

 自らの能力を過大に見積もることは他者の軽視でもあります。しかしながら、実際は自分が思っているほど他人は思慮不足ではないのです。

(p53より引用) 一見、ばかばかしいように見える行いでも、隠れた動機は、きわめてもっともで、しっかりしている、こういう行為が無数にあるものだ。                          

 これは、外から眺めている立場では窺い知ることができない人間の深遠さの認容であるとともに、表層的・直截的な見方で事象を捉える浅薄な態度への訓戒でもあります。

(p119より引用) 人間一般を知るのはた易いが、一人の人間を知るのは難しいのだ。

 人間を対象にした学問の代表的なものは「哲学」です。

(p20より引用) 哲学は、過去の不幸と未来の不幸に、たやすく打ち勝つ。だが、現在の不幸は、哲学に打ち勝つ。

 この言葉には、哲学に対する著者の懐疑的な見方が背景にあるように感じます。人間とは、人生とは、真実とは・・・、こういった様々な論考は世に溢れていますが、そういった普遍性を追求する姿勢から、人間一人ひとりの、その時その時の具体的心情を理解することはできないですね。一般論であるがゆえに各論には当てはまらないのです。「人間をリアリスティックに捉える考え方」と「哲学に対するシニカルな見方」の表明ですね。

 さて、本書を読み通しての感想ですが、著者の語る辛辣な言葉の多くは、過大評価しがちな自己を厳しく戒めるもので、自らを省みるよいきっかけを与えてくれたと思います。

 そういった中で、最後に、ちょっと違ったテイストの箴言を書きとめておきます。

(p123より引用) 窮地に陥った時、人の取るべき態度は、なんとか機会を作り出そうとするより、目の前にある機会を生かすよう一生懸命になることだ。

 これもまた、今の世の様々なシーンにも通用する普遍的かつ現実的なアドバイスですね。



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