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戦争の地政学 (篠田 英朗)

(注:本稿は、2023年に初投稿したものの再録です。)

 いつも利用している図書館の新着本リストで目についた本です。

 このところ “地政学” という言葉をよく目にします。今日の世界情勢を理解するに必須の視点を提示しているようですが、私は全く勉強したことがありません。
 ということで、手近な本書を手に取ってみました。

 私のような初学者にとって、初めの一歩としては馴染みやすい構成ですね。さっそく、私の興味を惹いたところをいくつか書き留めておきます。

 まずは、「地政学」の基礎としての “2つの異なる源流” について。
 「英米系地政学」と「大陸系地政学」の世界観の整理です。

(p53より引用) マッキンダー地政学は、地理的条件によって作り出される構造的な要因で生まれる二つの政治共同体のグループの間の葛藤を描き出したうえで、シー・パワー群のネットワークが持つべき普遍主義の世界観にそった政策がどのようなものでありうるかを示す。ハウスホーファー地政学は、特定の民族と特定の領土との有機的結びつきを洞察したうえで、力の強い政治共同体の生存圏の存在を認めていく。そして複数の生存圏の相互関係が織りなす多元主義の世界観にそって進めていくべき政策の方向性を示そうとする。

 この2つの世界観はあまりにも異なっていることから、本書ではこの点についてはこれ以上議論を深めるのではなく、2つの考え方の並存を前提として解説を進めて行きます。

 ちなみに、最近の大きな事件である「ロシアのウクライナ侵攻」の地政学的位置づけについては、こう言及しています。

(p110より引用) 国連憲章体制は英米系地政学理論に裏付けられたものであると言えば、それはそうだろう。ロシア・ウクライナ戦争は、英米的な地政学理論の世界観と、大陸的な地政学理論の世界観のせめぎあいの発露としての性格も持っている。正式な国際秩序を支えているのは、より英米的な地政学理論に根差した世界観のほうである。大陸的な地政学理論は、秩序攪乱要素として働いて いる。

 さらに、ひろく現代の紛争の構図を “ふたつの地政学の考え方” で整理すると以下のように言えます。

(p179より引用) 対テロ戦争は、英米系地政学の論理に沿ったアメリカの積極的な対外行動によってもたらされた。しかしユーラシア大陸の旧ソ連外縁部における一連の紛争は、大陸系地政学の発想に沿ったロシアの拡張主義的な対外行動によってもたらされている。この違いを見極めることなく、雑駁に混同してしまうならば、現代世界の紛争の構図を見通すことはできないだろう。

 そして、もう一点、この二つの地政学の盛衰の実例として、とても興味深く感じたのが “日本における地政学の捉え方” の変遷です。

(p121より引用) 日本において地政学は、大日本帝国時代の帝国主義的政策と結びついていたがゆえに、第二次世界大戦後の時代にタブー視されるに至った。そのため地政学が1970年代以降に徐々に注目されていった際、地政学は戦後の日本で禁止された「悪の論理」であると喧伝された。タブー視されていた歴史が、逆に秘密の教えとしての特殊な魅力の源泉となったのである。

 外見的には、英米系から大陸系へ、そして戦後は、また英米系へ回帰という変遷を見せた日本の「地政学」の歴史ですが、その文脈で戦時中に “大東亜共栄圏”思想 として隆盛し、戦後否定されたのは「ハウスホーファーに代表される大陸系地政学」でした。

(p121より引用) 日独同盟の理論的基盤であったと言える有機的国家観を基盤にした勢力圏の思想が衰退し、ナチス・ドイツの生存圏の思想および大日本帝国の大東亜共栄圏の思想がタブー視された。終戦直後から、大陸系地政学のタブー視と、マッキンダー理論が代表する英米系地政学の重視は、表裏一体の関係をとって、戦後の日本の外交政策を特徴づけてきた。

 現実的には、日本においてはこの二つの地政学の違いは強く意識されなかったようですが、「マッキンダー理論(英米系地政学)」は、たとえば、シー・パワー同盟である現代の日米同盟を明確に説明する理論だということなのです。

 さて最後に、本書を読んで、最も腹に落ちた解説です。

(p165より引用) 民族自決原則を普遍的に適用し、一度独立した地域には主権平等と武力行使禁止の原則を一律に適用していく国連憲章体制は、国家間紛争を防ぐことに優先順位を置き、内戦の防止を主眼としたものとは言えない。・・・20世紀以降の国連憲章体制が作り出した国際的な安全保障体制は、どうしても大国間戦争を防ぎ、何とかして国家間戦争を防ぎ、できれば国家内の紛争も防ぎたい、という考え方で成立している。

 第二次世界大戦以降の武力紛争のうち「内戦」の数が大半である所以がよく分かります。
 未成熟な体制下での新興国の誕生は、基本理念としては望ましいものの、現実社会という点では、国際政治における無責任さの拡散であるといった性格も否定できないようです。



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