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ポケットに名言を (寺山 修司)

 寺山修司(1935~83)氏は青森県出身、昭和30年代後半から40年代にかけて、サブカルチャーと呼ばれた新たなトレンドに文化的な力を与えた劇作家・演出家として活躍しました。

 本書の第1章で、寺山氏は「名言」についてこう切り出します。

(p8より引用) まさに、ブレヒトの「英雄論」をなぞれば「名言のない時代は不幸だが、名言を必要とする時代は、もっと不幸だ」からである。
 そして、今こそ
 そんな時代なのである。

 ちなみに、言い換えのもととなっているブレヒトの言葉はこうです。

(p91より引用) 英雄のいない時代は不幸だが、
 英雄を必要とする時代はもっと不幸だ。

   ベルトルト・ブレヒト「ガリレオ・ガリレイの生涯」

 そして、さらにあとがきではこう言い放ちます。

(p174より引用) 「名言」などは、所詮、シャツでも着るように軽く着こなしては脱ぎ捨ててゆく、といった態のものだということを知るべきだろう。

 さて、本書を読み通してみて、私の感性は、寺山氏の文学や演劇の世界とは遠く離れたものだと再認識しました。寺山氏が紹介してくれた名言のほとんどのものは、正直、私には響きませんでした・・・。(私の感性の未熟さは当然の原因ですが、理解しようとする近づき方自体が間違っていたのかもしれません。)

 とはいえ、そのなかで、何となく気になったフレーズを書き抜いてみます。

(p104より引用) ぽかんと花を眺めながら、人間もよいところがある、と思つた。花の美しさを見つけたのは人間だし、花を愛するのも人間だもの。
   太宰治「女生徒」
(p108より引用) あらゆるできごとは、もしそれが意味をもつとすれば、それは矛盾をふくんでいるからである。
   ヘンリー・ミラー「北回帰線」
(p131より引用) しばしばわれわれは、われわれのもっとも美しい行為をも恥ずかしく思うであろう、それを生み出したすべての動機をひとにみられたならば。
   ラ・ロシュフコォ伯爵「道徳的反省」

 この最後のラ・ロシュフコォ伯爵の言葉は厳しいですね。

 そして、

(p113より引用) わたしは、お前のいうことに反対だ。だが、お前がそれを言う権利を、わたしは、命にかけて守る。
   ヴォルテール

 このヴォルテールの言葉はとても有名ですが、この言葉を寺山氏も名言として選んだということのほうが、むしろ私の関心を惹きました。

 本書の「名言」の章では、「人生」「孤独」「恋」・・・といったそれぞれのテーマごとに、寺山氏の「私のノート」という短いイントロ文が添えられています。
 そのなかの「忘却」の章での寺山氏のことばです。これも名言といえるでしょう。

(p115より引用) 私には、忘れてしまったものが一杯ある。だが、私はそれらを「捨てて来た」のでは決してない。忘れることもまた、愛することだという気がするのである。

 もうひとつ、「真実」の章の寺山氏は・・・、

(p121より引用) 美しくない真実は、ただの「事実」にすぎないだろう。

 最後に、私など思いもつかない台詞をひとつ。

(p59より引用) 三本のマッチ一つ一つ擦る夜のなか はじめのはきみの顔をいちどきに見るため つぎのはきみの目をみるため 最後のは君のくちびるをみるため 残りのくらやみは今のすべてを思い出すため きみを抱きしめながら
   ジャック・プレヴェール「夜のパリ」

 「残りのくらやみ・・・」まで想いを巡らせる感性、ジャック・プレヴェールは、シャンソン「枯葉」の詩の作者です。


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