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タオ・マネジメント―老荘思想的経営論 (田口 佳史)

共生融和

 本書は、「プレジデント」という雑誌で特集された「経営者が薦める本」で紹介されていたので読んでみたものです。

 老荘思想に関しては、以前、金谷治氏の「老子」を読んだことがあります。

 本書は、老荘思想にもとづく企業経営の要諦を説いた珍しい著作です。「老子道徳経」81の章ごとに、書き下し文と一般的な解釈、それに加え、「経営」に敷衍させた解説が記されています。

 いくつもの興味深い老荘思想の基本コンセプトが紹介されていますが、まずは「不争」という考え方について。
 これは、「対立」ではなく「共生」を求めたものです。

(p12より引用) 対立の概念から共生融和の概念による企業経営に改めることこそが、企業自体の可能性を拡大し、企業社会を最良のあり方に近づけることにもなる。

 老子が説く「不争」の考え方を企業経営に当てはめると、それは「『オンリーワン企業』を目指せ」というメッセージになります。

(p103より引用) 企業においても同様で、競争することの不自然さを悟り、一刻も早く、この世で唯一の商品を持つオンリーワン企業となり、無競争市場を形成すべきである。・・・
 無競争は、心身の疲労を回避しているから、常にエネルギーが充満し、エネルギーの余裕を生み出す。
 それは、その企業に「柔軟性」という組織にとっての最高の要素を引き出すことになる。
 強壮が衰退の前兆ならば、柔軟は充実発展継続の前兆なのである。
 企業の、ゴールがないという宿命にとっては、この充実発展継続こそ最も重要にして不可欠なあり方である。

 争わないことにより無駄なエネルギーの浪費を抑え、その分、永続的な事業発展に向けた新たな取り組みを進めるべきとの考えです。

 著者は、このエネルギーの浪費について、競争のほかに精神的な側面からの原因も指摘しています。

(p173より引用) 人間が最も無駄に持てるエネルギーを使用してしまう状態とは何だろうか。
 それこそが「取り越し苦労」であるし、「邪推」といった憶測にもとづき、気をもんでエネルギーを浪費してしまうことである。

 確かに、未来の予測や他者の反応等、100%読みきれるものではないにも関わらずあれこれと思い悩むことはありますね。
 「案ずるより生むがやすし」。あれこれ考えるぐらいだったらともかく行動を起こしてみるというのが手っ取り早い対処法です。

 また、常日頃から、自分の考え方や発想の癖を明らかにしておく、話しかけられやすい雰囲気をつくる、といった努力も欠かせません。

鞴(ふいご)

 老荘思想では、その思想を説くためにメタファーが登場します。最も代表的なものはなんと言っても「水」だと思いますが、「鞴(ふいご)」も有名かもしれません。

(p28より引用) 天地が間断なく、無数の物事を生み出し続けているのは、天地の間はあたかも「鞴」のように、何もなく空間であるからだ。鞴も内が空気で充満しておらず、常に空っぽだから空気が吸い込め、空気を吐くことが出来る。以上が創造の真理である。・・・
 一人の人間も、いつまでも過去にとらわれることなく、日々一日一日、全く新しい純白のキャンパスに取り替えて朝を迎え、一日を過ごすこと。毎日新たな体験、新たな驚きと感動を求めて生きるよう心掛けると、そこには新しい創造のエネルギーが、身体の奥底からわき上がってくる。

 「空っぽ」であることは、新たなものが生まれる「もと」です。一杯に満ちていないことが重要です。

(p40より引用) より良い活動には、余裕というものが絶対に重要である。

 余裕があるということは、「謙虚な態度」につながります。
 「謙虚」といっても優柔不断で他者の言いなりになるというものではありません。老子のいう「謙虚さ」は、ぶれない軸を求めています。

(p250より引用) 謙虚とは、訴えるべき主義主張がないということではない。むしろ反対に、しっかりした主義主張があるから、相手を優先させる余裕が出てくるのである。また、だからこそ共鳴共感が生まれるのだ。

 「老子」において、すべての根源とされているのが「道」です。

(p44より引用) 道のあり様は、物事を保有、保持することにあるのではなく、物事を生み、為し、成長させ、成功、発展させることにある。

 「道」が「生み出す」ものであるならば、「徳」は「育て養う」もののようです。「徳」はプロセスです。

(p163より引用) 徳とはどのようなものなのか。
 生み出しても自分のものとせず、功を期待せず、大きく成長させても支配しようとしない、という姿勢のことをいう。・・・
 つまり、プロセスこそが価値であり、功なり名とげた後、大きく成長した後などというものに本質的な価値はない。
 創業者精神とは以上のことをいう・・・

 最後に、「老子」らしいフレーズを覚えとして記しておきます。

(p241より引用) 信言は美ならず、美言は信ならず。善者は辨せず、辨ずる者は善からず。知者は博からず。博き者は知らず。

見えないリーダーシップ 

 本書は、老荘思想に則った企業経営のあり方を説いたものです。
 そこには、老荘流の「リーダーシップ」の形も紹介されています。一言でいえば「見えないリーダーシップ」です。

(p65より引用) 実は、組織をうまくならしめている者こそがトップであるとは、だれも気付きも思いもしていない状態こそが理想的姿といえる。

 「謙下」。謙虚な姿勢を重んじ、尊大・傲慢を否定します。

(p82より引用) 虚の本質は「真実」である。しかし、己を虚しくするとは、以下のことではない。自分の見識を持たない。自分の信条を持たない。・・・
 自分をまず後にする。まず相手を先にすることである。

 これを企業経営に当てはめると「顧客重視」「社員重視」の姿勢につながっていきます。
 「老子」の思想から、「社員重視」という観点にかかわるものとして2点記しておきます。

 ひとつには、「個性を重視した多様な人材の尊重」という考え方です。

(p95より引用) 道は不仁で、誰であろうと差別をしない。・・・
 また道は、相対的に見ることをしない。したがって、比較ということがない。人間を常に差別しない。能力や力量の比較で見ない。個々の個性、持ち味で見る。

 もうひとつは、「権力行使の抑止」です。

(p122より引用) 相手が自分よりも弱く、何ら抵抗する力を持たない時には、その絶対的権力を振るってはならない。人間として行ってはならない行為である。
 つまり、強い立場から命令するということは、一方的な通告となる。一方的ということは、調和に欠けるのである。調和に欠ける行為は、必ず災いを被ることになる。

 老荘思想の企業経営は、争わず、上善若水、柔軟な共生を目指します。無駄な力は行使しない「省エネルギー」型です。小さい自事柄を侮らず、丁寧に対処していきます。

(p194より引用) 大問題や難題の生じ難い、つまり総体のエネルギーを建設的なテーマに投入することができる企業においては、易しいことほど慎重に、小さなことほど細心に立ち向かうという、いわば「愚直さ」が尊重されているのである。

 また、経験を重んじます。著者のいう「真の知識」とは実行という経験から得たものをいいます。その観点から、机上の「戦略的思考」を強く否定しています。

(p200より引用) 頭脳の働きの中には、戦略的思考、つまり創造上における勝利の図式を思い描くという働きもあり、それはとかく野心や欲望を誘発しやすいものである。
 頭の中での勝利、あるいは勝利にいたる戦略構築は、それが鮮やかであればあるほど人間を酔わせるもので、それこそ妄想を生じやすくし、虚構を描きやすくする。更にこれらは、それ自体に力を持つもので、多くの人間を惑わす力を持っている。
 企業の中がひとたびこうした状況に犯されてしまうと、多くの社員は地道で素朴な肉体的実践を嫌うようになり、ただ単なる頭脳プレイを好むようになり、それはやがて妄想集団の悲劇である内部崩壊や社会との乖離を招くことにもなる。

 最後に、老荘思想における「望ましい経営者像」です。

(p233より引用) 成果は次世代の経営者に、自分は負担のみという案件を英断をもってスタートさせたかどうかほど、経営者の業績を語る場合に重要なものはない。

 企業を「充実発展継続」させることが経営者の使命であり、「自らは次世代のためにある」との自覚を肝に銘じる覚悟です。


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