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書く力 加藤周一の名文に学ぶ (鷲巣 力)

(注:本稿は、2023年に初投稿したものの再録です。)

 いつも利用している図書館の新着本リストで目に付いた本です。

 加藤周一さんの著作は、以前は何冊か読んでいたのですが、このところご無沙汰でした。

 本書は加藤さん本人の著作ではなく、加藤さんの文章を材料に、彼の卓越した「文章力」を腑分けして紹介した内容です。
 著者の鷲巣力さんは、平凡社で加藤さんらの担当編集者として活躍したのち、現在は、立命館大学加藤周一現代思想研究センター顧問をされています。

 本書には、そういう加藤さんの文章を知り尽くした方ならではの読み解きのポイントや関係するエピソードが数多く記されていました。
 ここでは、そのいくつかのくだりを覚えとして書き留めておきます。

 まずは、「第7章 起承転結をつくるー「小さな花」」で指摘された “考え抜かれた『例示』”

(p93より引用) 加藤は具体的に例示するとき、頭に浮かんだ偶然を記すことはほとんどない。いつも秩序立てて叙述する。このくだりも、春夏秋冬の花をひとつずつ例に出し、かつ、中国ひとつ、日本ひとつ、ヨーロッパふたつを配したのも偶然ではない。意識的に書くからこそ、このような表現になるのである。

 一言一句、細部も決して疎かにしない真剣な筆致であり、読み手に対する敬意が感じられます。

 そして、「第9章 むつかしいことをやさしくー「嘘について」」の解説文のなかの一節。
 井上ひさしさんの書斎の机に貼ってあった紙片に書かれていた言葉です。

(p128より引用) 章題とした「むつかしいことをやさしく」という句は、井上ひさしの文章を書くうえでのモットーとしたことの一部によった。「むづかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをゆかいに」ということを井上ひさしはしばしば述べた。のちにこれに「ゆかいなことをまじめに」の一句をつけ加えた。

 「むつかしいことをやさしく」とは、文章を書くうえでよく耳にするアドバイスですが、それに続く数句の教えは絶妙です。“なるほど” と圧倒されますね。

 さて、本書を読み通しての感想です。

 本書は、加藤さんの文章を手本とした「書き方」の指南書でもありますが、加藤さんの著作をひとつひとつ取り上げてはその読み解き方を丁寧に案内している「読解本」「教科書ガイド」だともいえるでしょう。
 たとえば、こういった説明です。

(p306より引用) 各人の代表的な仕事について、・・・「書いた」「作った」「完成した」と異なる動詞を使っているところにも注意を払うべきだろう。同じ動詞の繰りかえしを避けたに違いない。
 そして、エゴン・シーレの世界へ分け入ってゆく。このように、大状況から次第に小さな状況へと移行してゆく方向性をもっている。このあたりの筆の運びは、前章のラッセル『自伝』を書く場合と同じである。

 加藤さんをよく知る鷲巣さんの解説だけに、その着眼と掘り下げは、私のような初学者とっては “精緻なミステリーの謎解き” のような興奮を感じるものでした。

 本書の半分は加藤さんの著作の引用なので、「加藤本のダイジェスト集」としても有難い体裁の書物ですね。



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