見出し画像

橋本治と内田樹 (橋本 治・内田 樹)

 橋本治氏の著作は、以前、「「わからない」という方法」「これで古典がよくわかる」を読んだことがあります。ご本人はそのつもりはないようですが、非常にユニークな思考回路を持った方との印象を持っています。

 本書は「橋本治論」です。
 ただ、その論考は「対談形式」で進められ、さらに面白いことに、その対談相手のひとりとして橋本治氏本人が登場しているのです。
 とはいえ、タイトルにもあるように、対談の主たる相手は内田樹氏
 橋本氏独特の思考方法が、内田氏との対話を通して対比的に浮かび上がって、大変興味深いものがありました。

 お二人の議論の的は、リアルな「人」に密着しています。「人」の現実の所作や思考が材料になります。
 たとえば、「一流の職人遊び心」について。

(p83より引用) 内田 ・・・西本願寺の書院を見て一番感じたのは、作っている人たちに自信があるっていうことなんですよね。自分のやっていることに対する自信がある。自分の遊びが個人的なレベルにとどまらなくて、ある種の普遍的なレベルに達することに対する自信がある。だから、ああいうことができるような気がする。
橋本 等身大の人の精一杯ってすごいですよ。
内田 等身大なのに、それが世界的なものに通底しているんですよね。

 そして、こちらは、「若者のお洒落」に関する橋本氏の指摘です。ちなみに、橋本氏も一時期、数百万円かけて全身をベルサーチで包んだことがあるとのこと。

(p212より引用) 橋本 お洒落によってね。自分によって自己主張しているんじゃない、お洒落によって自己主張しているから、お洒落をとっちゃうと自己主張がないんです。・・・
内田 欲望だけはあるんですね。純粋な。自己主張したいと。何をしたいの? というと、自己主張したいという欲望だけがあって、主張されるべき自己がないんだ。

 この解説は結構納得感がありました。

 「若者」を材料にした議論で、もうひとつ面白かったのが「義務教育」の意味についての内田氏の指摘でした。

(p106より引用) 内田 学生としゃべってて一番びっくりするのが、「義務教育」って言葉をほとんど全員が誤解しているんですよね。ほとんどの大学生は、「教育を受ける義務がある」と思ってる。憲法で規定してるのは「親が子どもに教育を受けさせる義務がある」ということなのに。・・・君らには勉強する「権利」があるんで、「義務」なんかないんだよと言うと、きょとんとしてますね。子どもたちには学校に行く権利があるんだという話がうまく理解できないみたいです。

 さらに、全く観点の違った話題ですが、「現代国語」のテストが得意だった内田氏による「現国テスト攻略法」の伝授です。

(p204より引用) 内田 ・・・現代国語は「書いた人間」と、「出題した人間」と、「解く人間」の三人いるわけです。ターゲットはここ、「出題者」なんです。「書いた人間」のことなんか考えちゃいけないんです。「出題した人間」の頭に同調するんです。・・・出題者は書いた人より、頭の作りがシンプルですから。

 この指摘もビシッと的を得ていますね。「現代国語」のテストの問題文に採用された著者自身が、その問題に戸惑うというのはよく聞く話です。

 さて、最後に「橋本治論」として、内田氏が指摘した「橋本治的思考方法」を記しておきます。「引き算による人物造形」です。

(p208より引用) 内田 知ってることを知らないふりをする。知っている情報を抜くというのは、知的操作の中でもいちばん難しいことですよ。・・・自分が知っていることを知らないという状態に戻すとか、知っている情報を抜いてみたときどんなふうにものが見えるか、なんてことはふつう誰も思いつかないんですってば。

 創作において、自分の人格とか思考方法等を元に、いろいろな要素を「加える」ことによって「他人になる」のではなく、今、既にある「自分」から(年齢差・性差等の)差分の経験値等を引くことによって「他人になる」というやり方です。
 これは、内田氏の言うように、なかなか思いつく発想ではありません。

 さらに、橋本氏自身は、他人と重なりのない「公共の一部」であり、他人がやらないことを自分が分担してやることによって「公共の拡大」に寄与しているといいます。
 非常に面白い考え方ですね。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?