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ウダイプルのボーイフレンド【インド#11】

ブルーシティのジョードプルからホワイトシティのウダイプルへ。
同じ長距離バスに乗っていたインド人ではない旅人は、私と韓国人のジュンさんの2人だけだった。
バスは訳の分からないところで降ろされ、2人でリクシャーに乗った縁から、チットールガル城へ一緒に行き、その打ち上げと称して晩ごはんを食べに行ってからは、ウダイプルにいた1週間は毎晩ジュンさんとビールで乾杯してごはんを食べた。


思いつきでリクシャーに一緒に乗っただけのジュンさんを「私のボーイフレンド」と呼んでチットールガルツアーに巻き込んだが、彼は、恋愛抜きの友達という意味でのいいボーイフレンドとなった。

毎晩会い続けるくらいだから、とにかく気楽で楽しかった。
ジュンさんは六本木の寿司屋で働いていたこともあるため、日本語はペラペラだったから、久しぶりの日本語での会話が楽だったのもあると思う。
初日に、「わたしの方が絶対歳上ですよ。若くないから年齢は絶対言いたくないです。」と頑なに年齢を隠すジュンさんに対して、「いやいや、絶対私の方が歳上やで。間違いなく。」という言い合いをしばらくしていて、私があっけなく「私45やし」と自分の年齢を言った時に「うわー、言わないでください、年齢!」となぜかものすごく嫌がり、聞いた瞬間「え?!わたしの方が2歳、歳下でした。」と言ってジュンさんは少し喜んでいた。
それから距離感がグンと縮まって、いつの間にかジュンさんは私のことを「センパイ」と呼ぶようになり、同年代ということもあって、色んなことを腹を割って話してくれるようになった。

まずは、お互いの旅に出た経緯などを話し合ったのだが、ジュンさんの旅の経緯が面白かった。
韓国で自分のお店を経営していたが、辞めてある程度まとまったお金ができたから、小さいリュックで4日間のベトナム旅行に来たら、なんだかズルズルと居座って、帰りの韓国の航空券の値段が高かったのと、インドの航空券が安かったことを理由に、ふらっとインドに来てしまったらしい。
そして、デリー、アグラ、バラナシ、ジャイプール、ジャイサルメール、ジョードプルと来てウダイプルへやってきた訳だが、韓国の帰りの航空券がなかなか安くならないのと、モルディブへの航空券が安かったから勢いで買ってしまっていて、次は1人でモルディブに行くらしく、いつまで経っても韓国に帰れない、と嘆いていた。
3泊4日ベトナム旅行用の小さなリュックでもう1ヶ月インドを旅していて、インドから出られないままモルディブに行こうとしている謎の旅人ジュンさんの、淡々と語る日本語のトークが面白くて聞いててワクワクした。

ジュンさんはとにかく寂しいらしく、英語が話せないから韓国人のいる情報を見つけては移動しているが、なかなか韓国人に会えないまま、韓国人を求めて旅しているとのこと。韓国人も全然いないし、日本人にも会わないし、寂しいなと思っていたところに私と会えたから、一緒にごはんを食べれて嬉しい、とのこと。

「そんなに日本語がペラペラなのだから英語も喋れそうなものだけど…」と聞いてみたら、「30代の頃にフィリピンに英語の語学留学をしたんです。そこが日本人の多い学校だったんですよ。日本人のグループがみんな集まっていつも日本語で話していたから、お金を払って英語を学びに行ったのに、英語は喋れないまま、その代わりに学ぶつもりのなかった日本語がペラペラに喋れるようになりました。」と言って、思わず笑った。

「センパイはどうしてインドにそんなに何回も旅するんですか?」とジュンさんに聞かれたが、うまく答えられなかった。
「なんか、よく分からない。気づいたら、そろそろまたインドに行きたいなーって考えてる。インド映画が好きで、映画見たいし、映画で気になった所にも行きたいし、まだ行ってない場所がいっぱいあるから行きたいし、何度も行きたい場所もあるし。」そんな感じで答えたら、「行きたい所に全部行きたい気持ちが今の自分の心にもすごくあります。だからあんな小さいリュックで、いつまでも韓国に帰れずにいます。」とジュンさんがポツリと言った。英語の語学留学と日本の調理学校で学んだジュンさんの日本語はほぼ完璧で、シンプルでストレートに話すから、日本語なのに日本人との会話とはまた違う、ストレートな話ができた気がする。

ジュンさんが「インド映画と言えば…」と急に目を輝かせて話し始めた。

「ベトナムからインドに着いた時、実はすごく嫌でした。汚いし、うるさくて眠れないし、寂しいし。精神的にとても辛くなってしまって、旅を続ければ続けるほどストレスがたまっていったんです。とにかく夜中でもクラクションや野良犬やインド人がうるさくて眠れないのが1番しんどくて、インドが嫌いになりかけてました。
その時に、宿のインド人に誘われてジャイプールで映画を見たんです。
インドで1番美しいと言われている有名な映画館へ行きました。
それは『Pathaan』という映画でした。
字幕もないし、言葉も全く分からなかったんですが、不思議なことが起こりました。
全ての悩みとストレスが消えていったんです。
映画を見ながら楽しくて、興奮して、夢中になって、気づいたらあの映画の3時間でインドが大好きになってました。
こんなことってあるんだなって思いました。
笑わないでくださいよ。
インドの旅がそこから輝き始めたんです。
魔法です。
ストーリーはよくわかりませんでしたが、見ているインドの人たちの楽しそうな姿や掛け声、拍手、歓声にわたしは感動したんですよ。
もうこれからどれだけ辛いことがあっても、乗り越えられる気がしました。
私の人生で初めてのインド映画は素晴らしい体験でした。」

ちょっとそれは大袈裟すぎやしないかい、ジュンさん。
話を聞きながら半信半疑だったが、話している時のジュンさんの表情や目を見ていたら、本気度が伝わってきた。それでも疑ってしまう。そんなことってあるの。
だって、Pathaanのストーリーは、ヒューマンドラマじゃなくて、トムクルーズもびっくりなアクションものだよ。感動とはまた違うストーリーだったはず。
と少しナナメに受け止めそうになった私だが、そうは言う私も、インドの旅の中で一番興奮した瞬間は、今のところ、映画「Pathaan」の1回目の鑑賞の時である。 (あまりに興奮してその1週間後に2回目を見た。英語字幕ありで見たのでストーリーもジュンさんより理解しているとは思う。)

私はいろんなインド人から「シャールクの新しい映画Pathaanを見たか?」という話を聞いた。立ち話であれ、宿での世間話であれ、いろんな場面で。みんなが目を輝かせて話していた。
老若男女のインド人が、シャールクの映画をどれほど楽しみにしていたかを感じていたし、映画館の中でのインド人たちの興奮も含めて、あの映画の素晴らしさだと思った。
そんな色んな背景をある程度巻き込んだ上での私の興奮を、シャールクが何者かも知らず生まれて初めてのインド映画体験をした、言葉もわからない韓国人のジュンさんの興奮の方が超えていることに、私は痺れてしまった。
これがインド映画の持つ魔法なのかも知れないなぁと感心してしまった。

更に興味深かったのは、兵役の話だった。
ジュンさんは辛い時は、必ず兵役のことを思い出すという。「軍隊の2年間を思い出せば、あれよりも辛いことはないから、韓国の男はそうやってどんなことも乗り越えられるって考えている」と言った。
寒い冬に凍るような冷たい水で手洗いで洗濯したことや、狭い部屋に大勢窮屈に寝たこと、重い荷物を背負って歩き続ける訓練など、一番楽しい19歳からの2年間をそれに費やしたこと。それは、一度きりの自分の人生で考えるととてつもない損失だと思うとも言っていたが、それでも辛さの目安にしてその後の人生も頑張れたらしい。
そして、今は、インドの旅の精神的なしんどさを体験したことで、自分はこれから何処ででも生きていける、という新たな指針が生まれたらしい。
ジュンさんにとっては2年間の兵役と1ヶ月のインド旅が並んでいるのかと思うと、それはそれで興味深い現象だなと思った。

私たち日本人にとっては「コリア」って言えば当然韓国のことなのだが、ジュンさんといると、「どこから来たの?」と欧米人やインド人に聞かれて、「Korea」と答えると「North?South?」と追加で聞く人が多いことを知った。
その度にジュンさんは「Northな訳ないし」と毎回嫌な気持ちになるらしい。
「金正恩の国か?」と嫌そうに聞く人もいて(カオシンがそう聞いた)、そんな訳ない、あんな奴大嫌いだ、と毎回思うらしい。
辛かった兵役も結局北朝鮮のせいで行く羽目になっている、とジュンさんは話していて、複雑な思いがあるらしい。
日本人には到底理解できない部分だなあと、その時に静かにそう思った。

余談だが、私は2人連続で「あなたベトナム人?」って聞かれて、その次は「ネパールのどこ出身?」と聞かれた。私の人種が外れだしてきている。「あのね、そうなった時に、人は旅人になってんのよ」と偉そうにうんちくある風にジュンさんに語ったが、「センパイは、どう見ても日本人だし大阪人です。」と言われた。

また一方で、2人でいる時に、「Are you south korean?」と甘くときめく声で聞いてくる若い女性も多かった。ジュンさんが答えない時に私が代わりに「私はジャパニーズだけど彼はコリアンだよ」と言うと、「へぇ日本人か、まあそれはどうでもいいのよ、それよりも彼はコリアン?!キャー!」っていう反応が割とある。
コロナ禍前には見たことがない反応だった。
そして女性たちは必ずこう言う。
「I love BTS!」と。
どれだけBTSが好きかを語り、韓国人の男性とお近づきになりたい雰囲気をビシバシ出していて、BTSの凄まじい人気を、ジュンさんの横で感じ続ける日々だった。
ジュンさんは毎回表情も変えず、「BTSよく知らないんです。」と答えて、毎回変な空気になって女性たちは去って行った。

「今、世界で一番韓国人がモテるんじゃない?良かったね。」と私がジュンさんを冷やかすと、「わたしはおじさんですから関係ないです。」とジュンさんは表情を変えずに言う。
そういうノリの悪いところも面白かった。

そんな話とか結婚観とか真剣な話とか色んな話を毎晩した。お互いに明らかに恋愛感情はなかったし生まれそうにもなかったので安心して一緒にビールを飲んだりした。
私の希望で、昼間は必ずジュンさんとは別行動にさせてもらっていた。
ずっと人と一緒だと疲れるので、ジュンさんと過ごすのは夜だけにしたいと思いそう伝えたら、「分かりますよ。もう若くないので、疲れないように自分で自分を守るのは大事です。」と言い、ジュンさんが2歳下じゃなければどついているところだが、分かり合えていたので許し合えた。

「ピザ窯がある景色のいい店を見つけましたよ。ピザ食べましょうよ。」
「タンドリーチキン食べますか?今日もまたループトップの店どうですか?」
「今日は昨日の店の隣に行ってみませんか?」
「湖の反対側に行きましょうか?景色が変わりますよ」などなど、毎晩絶妙かつ丁寧なジュンさんの誘い文句に乗り、
「いいね、15分後に店の前で」と返事して落ち合う。
「昼間、何してましたか?」など聞かれて、「私はシティパレス行って、買い物したよ」
「わたしはGパンを洗濯したら今日は40分で乾きましたよ。インド暑いですやはり。」「今日は絵を習いに行ったよ。見て見て、この絵。天才的才能やろ。」
「天才ですね、これは。センパイ、おそろしいです。」
「Pathaanの映画の曲、これ。YouTubeにあるから繰り返し見たら、歌って踊れるようになるよ。」
「すごいですねセンパイ。映画の後も楽しむんですね。」
など話してピザを半分こして食べたり、私もビールを飲んだりして楽しく過ごした。

そんな訳で、ホワイトシティ、ウダイプルを思い出す時、夜のループトップでジュンさんと何か食べて喋ってるところばっかりが浮かぶ。

6日目に「明日のプシュカル行きのバスのチケットをとれたよ。ウダイプルは明日でサヨナラやわ」と私が言ったらジュンさんは寂しそうな顔をした。
「センパイ、わたしを置いて進むんですね。そして世界一周へと進むんですね。」と彼は言った。
「ジュンさんもモルディブ一人旅でしょ。楽しんでね。」
「センパイがいないとピザ、1人で食べきれないです。」
「ほんまそれ。一人旅ってピザ一枚食べ切れないからなー。またどこかで一緒にピザ食べよう。」

そう言って、最後にピザを半分こして食べて、私たちは別れた。

2週間後、ジュンさんからLINEが来た。

「センパイとインドは元気ですか?」

そんな挨拶を聞いたことがなかったから思わず笑った。あの人は確か小さなリュックで3泊4日のベトナム旅行に来ただけなのに、ジュンさんは予想外の場所にいた。

「わたしは、モルディブから韓国に帰る飛行機代がなかなか安くならないし、調べたらイタリアに行く方が安かったので、イタリアに来ています。
ジュリアロバーツが映画でパスタを食べた店にも行きました。
センパイが話してくれた映画のロケ地を巡る旅も楽しいですね。
わたしは行きたいところがたくさんあります。初めてのヨーロッパなので、行きたいところ全部行ってから韓国に帰ろうかなと思ってます。センパイが語っていたスペインにも行ってみたくなったので、この後行きます。
センパイを抜かしてしまいすみません。
ヨーロッパでセンパイがくるのを待ってます。
今、ナポリでピザ食べてます。
センパイ、ピザ半分食べに来ませんか?」

ジュンさんの文章が、あまりに予想外で面白すぎて笑った。

誰かと出会ったら、少なからずお互いに影響を与え合っているのだろうと思う。
特に旅での出会いでそう感じる。
たった1週間だが、この旅を思い出す時、必ず思い出す1週間になる気がしている。

私はジュンさんのおかげで、誰かと分け合って話しながら食べる旅先の晩ごはんの美味しさを知ったし、予定を覆し続けるジュンさんの自由さに刺激を受けた。
ジュンさんは行きたいところに向かって突き進んでいる。そして誰かに影響を受けてロケ地に行ってるし、誰かの影響でスペインにも行こうとしている。
ジュンさんはそんな感じでいつまでも韓国に帰れず、世界一周をしそうな気がする。
世界のどこかできっとまた、ピザを半分こする約束は叶いそうな気がする。
こういう出会いや過ごした時間が旅の記憶となって残っていく。
ジュンさんとの時間が、ホワイトシティの白さよりも色濃く残っていて、それこそが私にとってのウダイプルだった。

見ず知らずの人の席に近づいて撮った写真。
シャールク
こんなに毎日屋上の眺めのいい場所で飲み食いして、まるでマハラジャやねと言った。
インドで2人で食べるラストピザ。


↓そんな映画「Pathaan」の予告編と劇中歌。


かなり久しぶりのnoteになりました。
でも再び書きたい気持ちが湧いてきているので、順番に書いていこうかなと思ってます。
またお付き合いいただける方は、よろしくです。

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