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「愛がなんだ!ってんだコノヤロウ!!!」第八話【長編小説】

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↓ 前回のおはなし。


桝本ユキノ

 ユキノさんから話があるの、っていきなり連絡が入って、急いで駆けつけたら、こっちの言葉も待たずに、
「たまきちゃんと別れたほうがいいよ」と、言われた。
 俺は、何がなんだかで、頭にでっかいハテナマークを出して困っていると、
「彼女はユキヨくんを絶対に傷つけるから、一緒にいると苦しむよ」と、付け加えられた。
 俺は、その言葉を聞くと少し辛くなって、少し考えた。何を言うべきか? どう返すべきか? ユキノさんの気持ちを考えたら、俺は何をすべきなんだろう? かって。
「別れないですよ。向こうが、オマエなんかの顔なんて金輪際見たくねー! って言ってくるまでは、一緒にいようかな? って思ってます」俺は微笑みながら返した。
「じゃあさ。君は優しいから、私が、ずっと一緒にいてほしい。寂しいから。アナタがいないと寂しいから。だから、今晩だけ。一時だけ。一夜だけいて欲しいって言ったらどうするの?」
 ユキノはユキヨの顔を見つめて言った。
「そんな突拍子もないこと言うなんてユキノさんらしくないですよ。自分を大事にしない、他人のことを思いやらないユキノさんは嫌いです。ユキノさんならそんなこと言わないはずです」
 公園のベンチで二人、ありもしない話を肩を並べて話していた。
 高台にある公園からは高層ビル群がミニチュアのように並んで聳えて見える。蟻みたいに蠢く人々の姿も、個々に意思があって、勇気があって愛情がある。肩がぶつかった時にごめんなさい、と呟く一言さえ優しさなのだから。
 ユキノは彼を見てそんな空想に耽りながら「あなたのことが好きなの」と、言った。
 そんな彼女の躊躇いなさに驚き、そして悲しい顔をしてユキヨは、
「なんで今そんなこと言うんですか?」と、聞いた。
「今だからだよ。まだワタシにだってチャンスはあるでしょ? なら、好きだって言う権利はまだあるから。君がたまきちゃんに言ったのとおんなじように、好きだって気持ちを伝えるチャンスはあるんだもん」
 拗ねた心でそう吐くと、子羊を憐れむような目をしてユキヨを見つめた。ユキヨは何も答えなかった。
「今ここで君の手を握って、今だけでも、この瞬間だけでも、二番手でもいい。君といられるなら何をしてもいいって。そうやって引き留めたら、君は一緒に居てくれる? たまきちゃんと一緒に居るみたいにいてくれる? 優しいから私の縋り付きたい気持ちを汲み取って、掬い取って、ボンヤリした不安から救ってくれる?」
「そんなこと何の解決にもなりませんよ」
「ならないよ。でも、そうしたいの。君が好きで、君が離れていくのがこわいの。たまきちゃんと一緒に居ても幸せになれないって、そう思ってほしいだけ」
 ユキノは自分の複雑を隠さずに吐露し、ユキヨの最後のひとかけに縋り付いて、彼の運命を変えようとしていた。
 ワタシと一緒に生きてった方が百倍いいよって永遠にプレゼンして、彼の気持ちをワタシに無理矢理に引っ張って繋がって、もうひとつあるはずの正解を産み出したいなって。
 未駒たまきよりも、桝本ユキノの方が、何万倍だってアナタを幸せにできるって。
 膝上に置かれた彼の手に重ねて力強く握った。はなさないでって。でも、彼はもう片方の手でゆっくりとワタシの手を引き離すと、
「ユキノさん。ごめんなさい。俺は決めたんです。未駒たまきさんと一緒に居る為に必要な事全てをやり切るって。だから、ユキノさんの気持ちに応える事はできません。ごめんなさい」
 ユキヨはワタシを柔らかな表情で見つめながら、ゆっくりとはっきりと言った。ほんとばかだなってくらい。慈しむように。
「そんなことしてるから、こんがらがっちゃうんだよ。だから、先に進めないんだよ。大人になりたい! ってジタバタする癖に、女のワガママにも付き合ってあげられない子が見れる世界なんて狭いんだから」
 ワタシは彼を見つめ返して微笑みながら、揶揄いと憤りと呆れを込めて言葉を紡いだ。そんな、ワタシのちょっとした抵抗に彼は気づきながら笑ってみせて、
「ユキノさんとは今生の別れって訳じゃないんですから、無茶苦茶な理屈を突きつけないでくださいよ」って揶揄い返すように微笑んでみせた。
「何言ってんの。ワタシ、いま振られたんだよ。罵詈雑言悪態ついて君の頬を引っ張たいて分からずや! って言ってもいいと思うんだけど」
「でも、無理なものは無理です」
「薄情やろうが」
「ユキノさんも、そんなこと言うんですね」
「言うよ。そりゃ。本気で好きなんだもん。やんわり躱しながら意地悪する後輩に、こんなに惑わさられるなんて、本当に自分がヤになっちゃうよ。天国と地獄。君に振られるってのは、真っ暗な深い深い穴に真っ逆さまに落ちるようなものなの。そんくらい好きなの。知ってる癖に。このバカ」
「でも、ユキノさんのことは好きですよ」
「バカ。LOVEかLIKEかってやつでしょ」
「違いますよ。ホントに好きです。でも、たまきさんの方が好きなんです。理由とかよくわからないけど、今はそれに夢中で、一杯一杯で、他の事が目に入らないくらいに。だから、ユキノさんの気持ちを断らなきゃいけないんです」
「ホントにヤな奴だよね。弄んで楽しい?」
「弄んでる訳じゃないですよ。ユキノさんとも向き合ってるつもりですから」
「じゃあワタシの何がいけないのか言ってみせてよ」
「そんなのないですよ」
「ないの? ならワタシでもいいじゃん」
「良くないです」
「なんで?」
「ユキノさんの事も大事だからです」
「馬鹿。そんな事言えるのは何人も女喰ってお腹パンパンの男だけだよ」
「そんな事ないですよ。星の数ほど女性とまぐわったって、そんな事言う権利が生まれる訳じゃないですし」
「この、甲斐性なし」
「ユキノさんになら何言われてもいいです。ユキノさんはそんな事を心の底から言うタイプじゃないですから」
「泣くよワタシ。そんなことばっか言うと」
 ユキノの頬には何本もの涙の筋が頬を伝って、地面の石畳を湿らせていた。ずずっと鼻を啜りながら、声にならない嗚咽をまじえながら会話を続けていた。
 ユキヨは目の前に広がるビルや尖塔の数々を見つめながら会話を進めた。
「もし……、もしですよ。ユキノさんと運命の糸が繋がっていたとしたら、何かの掛け違いでユキノさんと結ばれていたら、もっと違った形で、この景色を見てる気がするんです。LOVEじゃなくてLIKEだってユキノさん言いましたけど、LOVEですよ。ドキッとした瞬間は間違いなく存在しましたから。でも、未駒さんを選んだんです。エゴイスティックな戯言ですけど、そこに意味なんて何にもないんです。だから、掛け変わればユキノさんと一緒にいたかもしれないし、他の誰かといたかもしれないんです」
「そんな言い訳はいいよ。振るならちゃんと振って。ワタシは振られたって気分で、これから数年過ごして、滅茶苦茶な人生を過ごしてやるって思ってるんだから。下手な男に引っかかって嫌気がさす恋をして、舞城くんの事をその度に思い出して呪ってやるんだから。地獄の門を開けたのは君だって、何度も何度も言い聞かせてね。くどいくらいに引き摺ってやるの」
「でも、ロダンの地獄の門のてっぺんには考える人が鎮座してるんですよ。考える人が門をくぐる者達を眺めては何かをじっと考えてるんです。何で、この門を、この苦しみを選んだのかって。そうやって考える人のブロンズ像を見ると、いっつも思うんですよ。この運命を、この人達の運命を変えてあげられたらなって。そう夢想しながら、彼は其処に座して居るんじゃないかな? って。だから、彼はてっぺんに座らされて無力に人々を眺めてる。いつかは救ってあげたいと懊悩しながら、日々を座って過ごしてる。だから、今は未駒たまきさんを向き合いたい。ユキノさんとも向き合いたいけど、今は未駒さんと向かい合いたいんです」
「途中から言ってることめちゃくちゃだよ。結局、何が言いたいのかよくわかんない」
「僕は桝本ユキノさんに門を開けないで欲しいって言いたいだけです」
「エゴだよ。彼女も救いたい。けど、ワタシも救いたい。ってコトでしょ。無理だよ」
「でも、無理じゃないかもしれないです。カミサマが本当にいるなら、気まぐれで上手く収めてくれるかもしれないですから。諦観しないで生きてれば何かあるかもしれないんですから」
「そんなものだって納得できないよ。好きな人に振られるって辛いんだよ」
「でも、うーんって伸びして一日寝れば忘れちゃうかもしれないです。でも、自暴自棄にならないで欲しい。だから、僕は門の上で見護ってます。何かあれば別の何かがあるかもしれないんですから。エロティックでもプラトニックでも、恋愛ってものは常にエゴイスティックに組み立てられてしまうから。だから、愛情が必要なんだって。大切に思う気持ちが。ユキノさんと出会えたことを大事にしたい。だから、僕と出会ったことをユキノさんも大事にして欲しいって。完全なエゴですね」
 彼は笑った。気まぐれに思うままに感じるままに口を動かして持論を並び立てて、柔らかい表情でワタシに笑いかけて、屈託ない子供みたいな無邪気さを隠しもせずにヘンテコなコトを並べ立てた。
 彼の姿を見て、なんだかわからないけれどワタシも笑った。ワタシ自身よくわからないけど、笑いたくなって笑った。
 彼の言ってることはよく分からないけれど、ワタシは舞城くんの馬鹿馬鹿しさに振り回されてたんだって気づいて、やるせなくてそんな自分が情けなくて、でも、そんな自分も嫌いじゃないなって。
「全部きづいてたの? ワタシの気持ちのぜんぶ。ワタシのすべてを。どう? どのくらい?」
「知らないですよ。なあんにも知らないです。今、好きだって言われて初めて気づいたことが沢山あります。だから、思ったままをつらつらと偉そうに述べただけです。もうちょっと早かったら何か変わったかな? とかそんなことを」
「それって酷いよね」
「めちゃくちゃ酷いと思います」ユキヨは苦笑いした。
「じゃあさ。たまきちゃんに告白する前にワタシが打ち明けてれば変わってたかもしれない?」意地悪な質問を投げつけた。
「かもしれないですね。ちょっとよくわからないですけど。でも、恋愛ってそういうモノなんじゃないかな? って思って。もし、あの時、ああなってれば。って想いが交錯して紡がれるストーリーなのかなって」
「カッコよさそうにダサいコト言ってる気がするよ。誰でもいいみたいに聞こえるもん」
 ユキノはユキヨの潤んだ瞳をじっと見つめて、彼が何を考えてるのかを想像しながら、彼の気持ちがこっちに偏ってくれないかな? なんて、ありえない想像をしながら、彼を蔑みたくなって言ってみた。でも、暴言も何も出てこなくて、最低な奴だって言いたくて。でも、次の言葉が出てこなくて。
「ユキノさんは人の悪口言ったり、傷つけようとしたり、そうゆうの似合わないですから。お腹にしまっておいてください。いつか、ケチョンケチョンに言われるのを待ってますから。それまで、ユキノさんのままでいてください」
 ユキノは俯いて、目をギューっと瞑って、溜まった涙を地面に落とした。絞り出す様にギューっと瞑って。一滴も残らないくらいに睫毛同士を重ね合わせて零した。
「じゃあさ。たまきちゃんがキミを振ったら付き合ってくれる?」
 ワタシは滅茶苦茶な事を言った。
「そんなのわかんないですよ。未駒さんに振られたら、ヤケ酒して枕をぐちゃぐちゃに濡らして、のたうち回って苦しむだけ苦しんで、後の事をはよくわからないです。でも、自暴自棄になっちゃいけないなって。それだけは守ろうと思います。だって、ユキノさんにだけ偉そうな事を言って、自分が守れないんじゃ本当の馬鹿野郎ですから」
 彼は首の後ろに手を当てて申し訳なさそうに苦笑いした。そんな彼を見てワタシは、
「それじゃあ、フラれた時にはワタシのとこにおいで。ヤケ酒に付き合ってあげるからさ」くしゃくしゃの笑顔で戯けてみせると、
「確約できませんよ。俺だってアホなりの意地があるんですから。簡単に乗り換えなんて阿呆な真似はしたくないっていう、拗れた馬鹿さ加減は消えないんです」
 ワタシは、ふって鼻で笑うと「舞城くんらしいね。ワタシはゆっくり、朗報を待ってるよ」と言ってベンチを立った。
 彼はワタシが座っていた水滴の名残を見つめながら、そこにずっと座り続けていた。ワタシは彼の寂しそうな背中を一瞥して、くしゃくしゃな顔を隠さないまま、雑踏にゆっくりと足を向けた。


巻波あすか

 ナギサさんは答えた。
「キミがそう思うならやってみればいいんじゃないか? キミの好きにして、それでどうなるかなんて考えても意味ないんだからさ」
 彼はボンヤリと遠くを走る車の列を目で追って、気もそぞろな風に口にした。
「未駒さんは強いからね。だから、うねっちゃうけど、きっと上手くできるよ。それに、どんな事になってもきっと大丈夫でしょ」と、軽く言った。
 ナギサさんは私から告白して唯一断られた人だった。ダメだよ。そんな事。って言って。
 子持ちだから? 家庭が大事とか? そんなの秘密にすればいいって引っ付いてみても、梨の礫で、キミはもっと自分自身を大事にした方がいいよ。と、微笑みながら私の誘いを断った。魅力的な人だと思っていたけれど、一層魅力的に見えた。
 でも、ナギサさんは私を飽くまでも、年下の後輩社員として平坦にアドバイスし続けた。そんな事があっても、次の日には何食わぬ顔で、未駒さんおはよう元気? って聞いてきた人だ。人間離れした図太さだ。
 私はカラッとした彼が素敵だと思った。頼り甲斐なさが滲み出た細身の風体が、彼の魅力を一層引き立ててると思った。
「何で、そんな簡単に言っちゃうんですか。私の言ってることってムチャクチャだと思うんです。でも、それでいいってコトですか?」
 私は彼に悩みを打ち明けた事を少し後悔した。真面目に取り合ってくれないんだと思って寂しくなった。
「そりゃ全然違うよ。すんごく真面目考えて出た答えが、キミの好きにやってみることだって言ってるんだよ。だって、いっつも拗ねちゃうでしょ。真面目に向き合えないんだから。そんなキミが真剣に人と向き合おうって言ってるのを止める意味なんてないじゃないか」
 ナギサさんは欄干に肩肘ついて、前髪を靡かせながらサラリと言った。私をちらと見ると、にこやかしてみせて、また雑踏の喧騒に耳を傾けている。しなやかな人。そんな風に思った。
 風が私の所にまで届いてきて、黒髪が風に流された。体を押されるくらいの風が吹きつけて、私の気持ちはここにはなくなった。
「ナギサさん。わざわざお時間作って頂いてありがとうございました。なんか、スッキリしました。気持ちが変わったら言ってくださいね。いつでもお付き合いしますから」と、言うと、
「ボクは大事なモノがあるんだ。だから、アドバイスまでだから。その先なんてないんだよ。でも、このくらいの言葉はいつだって口から溢れてくるから、また言いたい事ができたらおいで。その時もこんな感じで脱力して答えてあげるから」
 首を少し傾けて横目で私を見ると軽く手を挙げて挨拶した。私は、聞こえないくらいの小さな声で、ありがとうございました。と言って、その場を後にした——。

 タバコの煙が風に漂ってくるくると弧を描く、それを目で追いながらナギサは、
「あすかちゃんも色々と勝手やるもんだね。こういうことが複雑になってくると、何かとややこしいんだよ」と、言うと、いつの間にか、彼の横でタバコふかして欄干に背をつけている巻波あすかを見つめた。
「でも、これくらいやらないと面白くならないじゃないですか。先輩だって好き勝手やるの好きなタイプなんですから、自分のことを棚に上げないでくださいよ」
 あすかは笑って言い返してみせた。
「上手くいくといいね」ナギサは興味があるのかないのか分からない風に言ってみせると
「まぁ、上手くいくべきなんじゃないですか? やれるだけのことはやったんで、そっからは何が起きるのかわからないってことで。そこから枝葉が別れて散り落ちて次の季節が来るって具合に。それが色恋沙汰ってものじゃないですか」
 はしゃぎながらタバコを吹かしてあすかが言うと、ナギサもそれに合わせてフゥーと白い煙を風に乗せた。
「君みたいな子はおっかない橋ばかり渡るもんだね。危なかしくて見てられないよ」
「危険を犯さなきゃ辿りつかないラストってものがあるもんです。ノンリスクで辿り着けるハッピーエンドなんて存在しないんですよ」
 あすかは天を仰いで、
「もしもがあるとすれば、こうなっていたいって感情があるじゃないですか。それを信じたいなって。アタシに出来ることがあるとすれば、ちょっとだけ弄って少し軌道変える事で産まれる、ハッピーエンドのifを演出することくらいですからね」

 そう言うと、束の間の沈黙ののち、顔を真上に上げて白い息吹が二つ夜空に放たれた。


―― 最終話はコチラから!

↓ 第一話はこちら!


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