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カッコイイとは、どういうことだ。ある鉄工所の取り組みについて

 かっこよさには力がある。

 ブランドは信用だとも言うけれど、やっぱりビジュアルが果たす役割は小さくない。普段は行かないようなラグジュアリーなレストランでは無意識に上品に振舞おうとしてしまうものだし、建物の窓が割れている地域では犯罪率が高まるという話も有名だ。美しいものやかっこいいものに囲まれていると、人の意識が影響受けて実態もそのようになっていく。逆もしかり。

 また、イメージがいい会社には人が集まる。イメージと実態が必ずしも一致しなくても、前向きな人が集まることで活気が生まれて徐々に実態も変化する好循環が生まれる。人気企業ランキングを見ると、給与など労働条件もさることながらなんだかカッコよさそうな会社ばかりだ。

さて、ここでひとつ質問です。

鉄工所ってどんなイメージですか?

近寄りがたい男の職場?

 こんにちは、株式会社乗富鉄工所の後継ぎ息子、乘冨賢蔵です。鉄工所経営者の長男として生まれ、小さい頃は毎日工場の中を通って通学していました。その頃から家業に興味があったわけではなく、「ガンガンうるさいしおっちゃんばっかで怖いところだ」と思っていました。大学卒業後、7年間働いた大企業を辞めて家業を継ぐと決めたときには「今時鉄工所の経営なんかやって大丈夫なのか」と心配されましたが、実際に家業に入ってみると自分や周りの人が思っていたイメージと実態は少し違うことに気が付きました。

 まず、鉄工所の職人の仕事は単純作業とは程遠いものでした。主力事業の水門はすべてオーダーメイドであったので、図面と材料だけ渡せば職人が自ら工作法を考え作ることができました。図面には職人の手書きメモが書き込まれ、工場のそこかしこにチョークで書かれた寸法のメモや計算式がありました。お客様や業者さんとの打ち合わせもこなす職人も少なくありません。なにより多くの職人はものづくりの仕事を純粋に楽しんでおり、仕事が少ない時期は作業台や棚などの工場設備を自主的に作ってしまうほど。自分が勝手に抱いていた寡黙で気難しい職人のイメージに当てはまらない人が乗富鉄工所においてはむしろ多数派だったのです。

自作のスクラップ箱にチョークでかかれたメモ

 一方でおっちゃんばっかりだったのはイメージ通り。さらに私が入社した2017年から2019年にかけて鉄工職人の1/3が退職してしまい後継者不足が深刻な状況になっていました(詳しくはこちら)。ベースアップや事業の整理を行い流出はストップしましたが、その後の採用活動で大苦戦。合同説明会に参加しても名前も聞いたことがない鉄工所の話を聞いてくれる学生はほとんどいませんでした。いくら社内の改革が進んでも職人の高齢化が進む中で次世代を担う人が来ないことには事業は続けられません。

 鉄工所のイメージ、そして実態を時代に合わせて変えなければいけない、そう思いました。

水門をつくる職人

職人のイメージを変えた魔法の言葉

 当時、職人技を生かした新規事業「ノリノリプロジェクト」をはじめた頃でした。この時ノリノリプロジェクトのブランディングをお願いしていたデザイナーの関光卓さん(Gate Light Design)に「人が全然集まらない」と相談する中で生まれたのが”メタルクリエイター”という言葉です。鉄工所の職人のすごさや人手不足の苦労話を何時間も聞いて頂いた上で出てきたこの言葉。聞いた瞬間、「これだ!」と思いました。

 その後、私が個人で発信するSNSでは「メタルクリエイター」という言葉を使い続けましたし、ノリノリプロジェクトやデジタルを活用した業務改革が一部で話題となりメディアの方に取材して頂くようになった際にも必ずこの言葉を言うようになりました。

 最初はみんな恥ずかしがって社内でこの言葉を使うのは私くらいでしたが、福岡県のローカル番組で「メタルクリエイターがいる鉄工所」と紹介された後は、照れながらも徐々に受け入れてくれるようになりました。テレビ放送が好意的に受け止められたことで、自分たちの仕事はもしかしたら世間的に見てもかっこいいものなのかもしれない、わずかですがそういう意識も芽生え始めました。

 以降、メタルクリエイターという言葉を軸に鉄工所のイメージを変えるさまざまな取組を進めることになります。

メタルクリエイターがテレビに
(2021年6月5日放送TVQ”ぐっ!ジョブ”より引用)

仕事をもっとかっこよく

 あるとき「ユニフォームを変えてほしい!」という相談を若手メタルクリエイターから受けました。当時のユニフォームは実用的ではあるもののあまりかっこいいものではなかったので、リニューアルするならメタルクリエイターという言葉にふさわしいものにしたいと考えました。とはいえハードな環境で使う機能的なユニフォームをオーダーメイドで作るほどの予算もありません。そこで、作業条件に適した既製品の中からデザイナーの目線で合うものを選んでもらい、刺繍でロゴを入れて作ることにしました。試作後、ロゴの位置や大きさなど細かい調整を経て、メタルクリエイターの技が映えるタフでスタイリッシュなユニフォームになりました。

新しくなった作業服

 ちなみにこの新ユニフォーム、年配の社員からはあまり評判が良くなかったのですが、導入後は「お客さんからかっこいいとほめられた」なんて嬉しそうに話しています。春までには防寒着やヘルメットに至るまで一新される予定です。

新しいユニフォームで溶接するメタルクリエイター

デザインの力で変わる鉄工所

旧コーポレートロゴ

 乗富鉄工所のコーポレートロゴは創業者の祖父が様々な事業を模索していた草創期作ったモノで、「日本一の会社にしたい」という想いが富士山のカタチに表されています。NOという文字は、乗富とNO.1を掛けたものじゃないかと言われていましたが「断る」という意味にもとれるということで度々変えようという話が出ていました。とはいえ思い入れがあるであろうロゴなので安易に変えていいものか。社内の議論では結論が出なかっため、当時の祖父のことを一番知っている祖母に相談することになりました。

 「これからの時代に合わせて変えていったらいい、思い切りやれ」

 意外なほどアッサリした答えでした。実は祖父自身も変えようと社内公募したことがあるけれど、良い案がでず諦めたことがあったそう。会社の実務から引退して長くとも、70年前の起業家の奥さんだった祖母は90歳を超えてなお革新派でした。

新コーポレートロゴ

 そうして出来上がった新しいコーポレートロゴ。創業者の想いを富士山のシルエットに残しつつ(アウトドアギアを作っている乗富鉄工所の今の取り組みにも通じます)、水の都柳川で育まれた水門事業から水面をイメージした波線が追加されています。この波戦は乗富の”N”にも見えます。全体的にクラシックで固いイメージから、力強さは残しつつもクリーンで親しみやすい印象になりました。

 新しくなったコーポレートロゴは名刺や工場の看板はもちろん、新しくなった作業服や封筒、パンブレットに至るまであらゆるところに登場しています。唯一、コーポレートサイトだけはまだですがこちらも5月公開に向けて準備中です。

新しくなった名刺と封筒

 ノリノリプロジェクトでキャンプ用品など一般向け製品を作っているとはいえ、乗富鉄工所のメインは公共事業。名刺や封筒までかっこよくする必要はあるのか?と思われる方も多いと思いますが、普段目にする会社のツールが変わることで自然と意識も変わるもの。「かっこいい名刺ですね」と言われるたびに社員の気分が上がる効果は計測できませんが、とても大きいと感じます。

 ちなみにもともと名刺をもつのは営業職だけでしたが、今回のリニューアルを機に全社員が名刺をもつようになりました。鉄工職人の名刺には”メタルクリエイター部”と書かれています。

 同時並行で働き方改革も進め、1か月ごとに希望の勤務時間を選べる”勤務時間選択制度”や趣味2万円の補助がでる”ノリノリ手当”、男性育休100%宣言など2022年の1年間で働きやすい会社に変貌を遂げることができました(詳しくはこちら)。

 そうした活動や情報発信の甲斐もあり、乗富鉄工所では2023年4月より6名の仲間を迎えることになりました。6名中4名が女性という会社始まって以来の事態にみんな驚いていましたが、「乗富鉄工所を選んでくれた人たちをガッカリさせたくない」と社員一同張り切って準備を進めています。4月までには女性用トイレが新設され、新入社員の仕事の悩みや社会人生活をサポートするメンター制度もスタートする予定です。

工場に掲げられたコーポレートロゴ

カッコイイとは、どういうことだ。

 鉄工所をはじめとした製造業では見た目のカッコよさは二の次、むしろそれを追い求めるのはかっこ悪いことだという考えを持つ人も少なくありません。そこまでいかずとも、デザイナーに入ってもらうことをムダだと思っている人もいれば、必要だとは思っていてもそれをすることでこれまでの自分や社員が否定されるんじゃないかという怖さから一歩踏み出せずにいる人も多くいます。私もそうでした。「社員のみんなに受け入れられなかったらどうしよう」と。

 でも実際に取り組んでみて、それは杞憂だったことが分かりました。スタート時は否定的な反応もありましたが、いざ新しいロゴや制服ができて周りの人達の反応が変わってくると社内の空気が目に見えて変わってきました。実名でSNSを始める社員が出てきたり、地域の観光事業者の方と共同で焚火イベントを開催したりと、特定の顧客以外との接点をもたなかった鉄工所が日々社会に開かれていっているのを感じます。

 ジブリ映画、紅の豚に「カッコイイとは、こういうことさ。」というコピーがあります。第二次世界大戦前のイタリアを舞台に、呪いを受けて"豚"となった中年パイロットの活躍を描く映画です。上記のコピーについて作中で語られることはありませんが、どんな状況でもより良く生きようとする、その態度こそが本当のカッコよさなんじゃないかと私は思うのです。

 新興国の台頭に際限のない材料費の値上がり。今、日本の製造業は非常に苦しい状況に追い込まれています。圧倒的な設備投資で大量生産をする新興国の製品と価格競争しようと電卓を叩くと絶望的な気分にもなってしまいます。そんな中、数字には表れない人の心や気分にアプローチできるのがデザインの力なのだと思います。

 カッコよさが人の意識を変え、人が実態を変える。変わりゆく社会の中で、より良く、”カッコよく”あり続けるために、乗富鉄工所は今日も変化を続けています。

ありがとうございました。

P.S.乗富鉄工所は2024年卒の学生の方に向け会社説明会を予定しています。変わり続ける鉄工所の話、ぜひ聞きに来てみてください。

2024年卒向け会社説明会 http://www.noritetsu.com/pg265.html

29年前に当時のメタルクリエイターが作った水門の前で、地域の仲間たちと


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