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職人の流出を止めろ!どん底から一転「はばたく中小企業300社」を受賞した老舗鉄工所の構造改革

「今月いっぱいで辞めさせてください」

2019年の冬、また一人の職人が辞表をもってきた。何人目だろう。そろそろやめた人間で野球チームができる頃かな。想像すると、ちょっと笑えてくる。

とはいえこれで残った職人にさらに負担がかかることになる。

もう、限界かもしれない。

お願いだから辞める理由を教えてくれ!

こんにちは。福岡県の水門メーカー後継ぎムスコ、乗富鉄工所の乘冨賢蔵です。私が入社した2017年から2019年にかけて、家業では若手中心に職人の集団離職がおこっていました。入社早々の集団離職は最終的に全職人の1/3、10名に及びました。何人も続くとかなりこたえて「話があります」という言葉にビクビクするようになっていました

なぜみんな辞めてしまうのか…人間関係?給料?もしかして俺めちゃくちゃ嫌われてる!?…考えれば考えるほどネガティブな考えが浮かびます。いっそのこと落ちるとこまで落ちてみよう。そう腹を決めて、直接聞いてみることにしました。

「お願いだから辞める理由を教えてくれ!」

そうして返ってきた答えが「給与への不満」「働き方への不満」「仕事の与え方への不満」だったのです。俺じゃなかった・・・

属人化の弊害…そして崩壊の危機

乗富鉄工所は1948年創業の老舗鉄工所。水門メーカーでありながらごみ処理場や食品工場などの工場設備保守(プラントメンテナンス)も行う珍しい会社です。創業者の「ひとつの事業に頼っていると苦しくなるときがくる」という方針により多角化を進めてきた結果ですが、水門事業は天候により、プラントメンテナンス事業は顧客都合により”時期を選べない”という共通の事情がありました。天気が悪ければ工事は中止になるし、お客様の工場設備に不具合が出れば「すぐ来て!」となるわけです。結果、工程計画は非常に複雑なパズルのようなものとなり、職人の予定は直前にならないと決まらない

その工程計画と職人の采配を一手に担っていたのが”工場長”でした。工場長はあらゆる鉄工技術に誰より精通したものづくりのプロでありながら、経営陣の考えをくみつつ職人にも好かれる人格者。会社のすべてを知り尽くしたた工場長による職人芸ともいえる采配は、付き合いの長い職人には「工場長の采配であれば間違いないだろう」と捉えられていた一方、経験が浅い若手職人には「行き当たりばったり」に見え、「なんでもっと早く手を打たないのか」という不満が溜まっていました

折しも東京オリンピック直前で建設業中心に景気が良くなっていた時期。「うちにくればもっといい給料もらえるよ」というヘッドハンティングを受けた若者が1人、また1人と退職届をもってくるのでした。

「今の若いもんはいくら育てても無駄」そんな声がきこえてくるほどでした。

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悩みに悩んだ「3つの打ち手」

さらに悪いことに工場長は当時60歳。2年後に役職定年を控えていました。「このままでは職人不足で会社がつぶれる」強くそう感じました。とはいえ工場長の業務をどうにかするためには、事業そのものを見直す必要がある。大手術です。まずはできることからやるしかないが、どこから手を付けるか・・・悩みに悩んで ①職人のベースアップ ②事業の整理 ③中期予定の導入 の3つの手を打つことにします。

①はもうそのまま。辞めていった職人の労務費の8割を残ってくれている職人の給料に上乗せしました。人数は減っても、こなす仕事は急には減りません。「彼らの分まで頑張ってくれ」というメッセージでもありました。

②は遠方の出張工事からの撤退です。関西のゴミ処理場への長期出張工事を年3回ほど行っていました。過酷な工事あったことに加え、これが水門事業とバッティングすることで慢性的な人手不足となり職人への負担となっていました。お客様や工事を担当してきた職人、営業担当者には大変寂しい思いをさせてしまいましたが、背に腹は代えられませんでした。

③はちょっと専門的ですが、簡単に言うと「中~長期のざっくりとした工程計画」を作るということでした。工程がコロコロ変わることは水門事業をやる以上避けられないことですが、大まかな予定を早めに把握できれば「この時期はたぶん忙しくなるからこの物件はよその工場にお願いしよう」などという判断ができるのです。

ちなみにこの”中期予定”は私が前職の造船所で毎月作っていた予定を水門事業に合わせてアレンジしたもの。時間も労力もかかる上、ミスをすると非常に大きなトラブルを引き起こすため「二度とやりたくない」と思っていましたが、まさか家業に戻って自ら復活させることになるとは夢にも思いませんでした

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現場からの反発…売上と引き換えに断行した改革

ベースアップはともかくほかの2つはかなりの反対にあいました。「年間3000万以上の仕事をどこからとってくるのか」「早めに外注に出すって、いざその時が来て工場が暇になったらどうするんだ」などなど・・・至極もっともな意見です。

が、このときばかりは社長ほか役員を説得し取締役としての権限で強引に進めさせてもらいました。「暇になってもいいです。その時はスキルアップの時間に使ってください」と。結果、大小いろいろな問題は起こったものの工場長の采配にゆだねられる”前の段階”で工程のブレを減らすことに成功。職人の流出はストップしました。3000万以上の売上と引き換えに・・・

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ツイッターでのSOSからの急展開

流出は止まったとはいえ、職人不足は依然深刻な状況。そこで少しでも業務を効率化すべくこんなツイートをしたのです。

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するとあっという間にレスがついて、何人もの方が"キントーン"というツールをお勧めしてくれたのです。そう、最近西遊記風のCMやってるサイボウズのアレです。

紙の削減、ということで教えてもらったキントーンでしたが、ちょっと触ってみると「これは中期予定を自動化するのにもってこいなのでは」と。当時の中期予定は、全営業担当者に「今わかっている情報を全部教えて!」と聞きまわりそれらの情報を8時間かけて整理・集約するという厄介さであったため、2カ月に1回つくるのがやっと。おまけに私しか作れないのでした。

しかし老舗鉄工所のITツール導入のハードルを甘く見てはいけません。関係者に有用性の説明し稟議を通し検証を重ね…としているうちにうやむやになるのが目に浮かぶようでした。そこで「勝手に導入して1カ月の無料期間のうちに成果をだし既成事実をつくる」という荒業に出ることに。

キントーンについてはなにも分からなかったけれど、ツイッターでぼやいたらどこからともなく詳しい人が現れて教えてくれたので開発はスムーズでした。結局3週間ほどで中期予定の自動化に成功。ついでに毎週2時間ほどかかっていた工程会議資料作成も自動化できたので、会議資料作成を担当しいてた課長に「もうその仕事しなくていいですよ。キントーンで1分でできるので(ドヤァ」とアピールして味方につけました。その後、役員会で満場一致で導入が決定。2020年の8月のことでした。

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発信したら界隈で話題に・・・

せっかくツイッターの発信をきっかけに導入できたのでこれをまとめて発信したら面白いかも、と思い立ち経緯をモーメントにまとめて発信。

これがキントーン界隈(そんな界隈あるのもこの時知りました…)で少しだけ話題になったらしくサイボウズの社員の方やキントーンユーザーの方にフォローしてもらったことをきっかけに、kintone Café JAPAN 2020というファンイベントに登壇させて頂いたり、翌年行われた kintone hive fukuoka 2021 というキントーンを使った業務改善を競い合うイベントに出場したり…ファン同士の交流を通してすっかりハマった私は「部長(私です)は隙あらばキントーンをすすめてくる」と社員に噂されてしまいます。隙が無くてもすすめるぞ。

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”与えられる工程”から”みんなの工程”へ

私が作ったキントーンのアプリは中期予定を自動化すると同時に”工程の見える化”を実現していました。これは複雑なパズルを解いていた工場長の頭の中(の一部)を見える化したことと同じ。これにより製造工事部の課長以上を招いた”作戦会議”を月に1回開き、工場長一人で決めていた工程をみんなで話あって決めることができるようになりました。2021年1月。工場長の役職定年の2カ月前、本当にギリギリのタイミングでした。

かくして2021年3月、製造工事部は無事新体制となりました。かねてから「次期工場長はこの人しかいない」と目されていた実力派の新工場長のもと、より風通しのいい風土が育っていきました。作戦会議には係長まで参加して意見を出すようになり、上から与えられる工程だけだった工程は徐々に”みんなの工程”になりつつあります

…こんな書き方をすると「現場の問題あっさり解決!キントーンならね!」とベタなコマーシャルみたいに聞こえちゃいますが、新工場長の手腕によるところも大きいのが実際のところです。ただ、彼のサポートとしてアプリが役に立っていることは間違いないし「部長もがんばってるし新しいことにも付き合ってやるか」と思ってくれている節もあります。結局、業務改善はどこまで行っても”人”の話なんですよね。

ちなみに元工場長はその後、私がリーダーを務める新規事業"ノリノリプロジェクト"に参画してもらっています。40年以上にわたり会社を支えてくれた最大の功労者が今や会社の未来を作ってくれているのはなんだかとても感慨深いです。この新規事業で開発したスライドゴトクヨコナガメッシュタキビダイというキャンプギアが話題となりメディアの方が時々取材に来られるようになったこともあり、会社の空気が少しずつ変わり始めます。

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新しい仲間と進むDX

世代交代が進み雰囲気が変わる中、採用活動が好転します。2021年には中途で職人3名、営業1名に加え、私の補佐として大学時代の後輩・カワクボくんが入社してくれました。

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カワクボくん、温和そうに見えて言うことはガンガンと言う質。入社早々「なんでGOOGLEカレンダーでスケジュール共有しないんですか?」「社内の情報共有にトレロ使いましょうよ」と突き上げがすごい。「お、おう!それもそうだな!」と内心ビビりながらITツールを導入していきます。だれかたすけて

また、私がほとんどの時間を注いでいたノリノリプロジェクトの業務を7~8割方彼に渡すことができたので(このあたりの経緯はこのnote見て頂けると…結構しんどかったです笑)、キントーンのアプリ開発に結構な時間を割くことができるようになりました。

そんなわけで2021年10月には当初の目的だった紙の回覧書類の削減に着手。2021年12月中旬の時点で日報・残業申請・休出申請・出張申請などのアプリ化に成功し、回覧書類は半分以下になっています。

さらに公共工事の受注環境改善や採用市場の変化などさまざまな状況が追い風となった2021年、前年比20%アップの12.4億の売上を達成。冬季賞与は1.5倍となりました。

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「はばたく中小企業・小規模事業者300社」認定とアトツギの繋がり

これらの取り組みを個人のツイッターアカウントで発信していたところ、相互フォローさせて頂いていた九州の先輩アトツギの方から「福岡に面白いアトツギ(※中小企業後継者のこと)がいる」と九州経済産業局の方を紹介して頂きました。これがきっかけになり2021年12月22日、経済産業省より「はばたく中小企業・小規模事業者300社」の認定を受けるに至ります。ツイッターをきっかけにこんな認定を頂いた会社はかなり珍しいはず・・・(笑)

また、この先輩アトツギと私の対談がきっかけになり九州経済産業局主催の"九州アトツギMeet up"というイベントが開催され、九州各県から選抜されたアトツギたちとの繋がりをつくる事ができました。開催から1カ月も経っていませんが、すでに一部のメンバーとコラボレーションの話が進んでいたり・・・これからが楽しみなコミュニティです。

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仕事をラクにたのしくしよう

乗富鉄工所のキントーンの画面を開くと「仕事をラクにたのしくしよう。」という言葉がでてきますが、これは3年前にノリノリプロジェクトの前身となる”ノリノリワークス”という活動を始めたときのキャッチフレーズでもありました。

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当時、「鉄工所の職人がつくるユニークな装置で他産業の仕事をラクにたのしくしてあげよう」ということでつけた言葉です。乗富鉄工所の職人には暇を見つけては”治具”とよばれる道具を自ら考案・製作し自分たちの仕事をラクにやりやすくする文化がありました。ガチガチに管理して無駄を徹底的に排除するのが当たり前だった大手製造業出身の私には、それがとても新鮮で、眩しく、クリエイティブなことに思えたのです。そんな鉄工職人にリスペクトを込めて、私たちは”メタルクリエイター”と呼んでいます。

メタルクリエイターにとっての治具が私にとってのITツール。仕事をどんどんラクにしよう。創意工夫で楽しくしよう。そうして暇になったら、もっと楽しいことをやってやろう。

そして乗富鉄工所の挑戦はまだまだこれからです。さあ、明日はどんな楽しいことをしてやろうか…そんなことを思いつつ今回はこのへんで。

みんなの仕事と人生がノリノリになりますように。ありがとうございました!

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PS.ノリノリプロジェクトで開発したプロダクトはこちらです。鉄工職人”メタルクリエイター”の技術と発想が生きた自慢のプロダクト、よかったら見ていってください。

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