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迷い猫小次郎の物語第1章


あの日
僕が、あの家のウッドデッキの下でうずくまっていたのは
もう痛くて、痛くて動けなかったっからだ。
我慢に我慢を重ねてここまで来たが
もう一歩も動けなかった。
ちょうど日が暮れる前の時間だったと思う。

それに、このウッドデッキから
この辺を縄張りにしている猫たちの匂いがしていた

だからこの前、ルルに会った時
教えてもらった家に違いないと確信した。

「あなたのご主人もたいへんですね。認知症だなんて・・・
でもまだ家があるからまだましですわ。雨露はしのげるのですからね」
僕は何も言わず、ただ頷いた。

「わたしなど家が無くなったから、あのお宅ででお世話になってるのよ。大きなヤマモモの木が目印だから、たまにおしゃべりに来てくださいね」
ルルはもうすっかり悟ったような言い方だった。

「そうなのか。でも君だけでも大変なのに僕が行っても大丈夫かな」
そういうと、ルルはちょっと考える風をして
「そうよね。いつまでも優しくしてもらえるとは限らないからね。なんと言いましても人間は気まぐれな生き物ですからね」
と、意味ありげに呟いた。

「恵子さんがあんなに早く
認知症になるなんて思ってもなかったよ
食べ物はなんとかなるんだけど
病院に連れて行ってくれないから、もう体が痒くて痒くて
家の石や、ブロック塀に耳をこすりつけていたら血が出ちゃって
その上、あのボス猫にその耳を攻撃されて、
なんだか、この頃ふらふらするんだよ」

「でも、あなたの宅は恵子さんのお嫁さんはいい人で
わざわざ松山から2週間おきに来てくれるのでしょう?」

「それがさ、
息子さんのお嬢ちゃんが赤ちゃんを産んだから
2カ月間は月に1回しか来られないって
この前恵子さんにそう言ってたから、あと3週間はあるんだ」

「あら、それは大変なことですわ。でも、介護の居宅サービスの人が
週に2回来てくれていたはずよ」

「それがね、この2カ月は家に来てもらうんじゃなく、
白いバンに乗って恵子さん方が
ディサービスっていうところに行ってるんだよ」

「そんなことになってたの。
あなたのようなおぼちゃんが、
何でゴミ箱漁ってるんだろうって不思議だったけど、
それじゃあ仕方ないわね」
ルルは大きなため息をついた

僕のからだがあまりにきつそうだったので、
「それでなくても殿方の方が、ずっと寿命が短いんだから
あなた絶対死んだら駄目よ。まだ3歳なんだからね」

僕は、何も言えなかった。
言い返す気力も残っていなかった。

「ねえ、小次郎さん。やっぱり行ってみなさいよあのお家に。
あのご夫婦なら、なんとかしてくれるかもしれないわ」

こんな会話を交わし、別れた2日後
耳だけでなく体全体がおかしくなった。
どうおかしいのか、説明する言葉は見つからないけれど、
きっと傷口から悪い菌が入り、体中に回ってきたのだろう。

もう駄目かもしれないと覚悟した。
それでも一縷の望みをかけて
ヤマモモの木を目指して
教えてもらった家になんとか辿り着いた

確かにそ、そこにはルルの匂いも残っていた。
だけど、
僕を痛めつける
この辺のボス猫シロニイの臭いのほうが強かった。
だけどもうそんなことは言っていられない。
僕はその場に倒れ込むように寝そべった。

そうこうしているうちに
洗濯ものを取り込むために、このうちの奥さんが出てきた。
奥さんと言っても、恵子さんより少し若いだけだ。

直ぐ僕を見つけ
「あら、あなた。前に恵子さんお家の前で会った猫ちゃんよね。
恵子さんちの猫ちゃんでしょう?。今日はどうしたの?」
とそう言いながら、ゆっくり近づてきた。

その声を聞いて思い出した。
ちょうど恵子さんが僕のご飯を忘れだしたころ、
僕は焼肉屋さんの裏のゴミ箱で
ご飯を食べて道端で休んでいた。
去年の秋のことだ。

「さくらーさくらーどこにおるん?出ておいで」
と毎日のように朝も夕方も 泣くように叫びながら
この辺を歩き回っていた女性がいた。あの人だ。

さくらちゃんのことを僕は知っていた。
あれは、1年前の秋祭り開港100周年のお祝いに
ブルーインパルスが飛んだ日のことだ。
ブルインパスなど見たこともない田舎の人は
みな空見上げていた。
なんだかんだ言ってこの国は人は呑気だ。

そうあの日
おそるおそる大道りに出てきたさくらやんを
小学生くらいの女の子が、
「ママ、あの猫ちゃんみて。すごくかわいいよ。
目が真ん丸で。お家に連れて帰ろうよ」
と、母親の体を揺すりながら言ったんだ。

「駄目だよ。どうみてもどこかの飼い猫だよ。玲衣ちゃん」
お母さんの方は一瞬躊躇した。

「だって、ほらみてママ。首輪もしてないでしょ。
うちのパルは、お外に出るときも必ず首輪して
迷わないように首輪に名前と電話番号書いてるでしょう
だから絶対捨てられたんだよ。この子」
女の子は譲らなかった。

「本当だね。コロナで寂しくて
猫飼飼い始めたけど、お世話が大変で
捨てる人が増えてるって言うからね。
もしかしたら捨てられちゃったのかもしれないね」
とうとうお母さんの方も心が動いたようだ。

僕は慌ててさくらちゃんに飛びかかたんだ
そしたら逃げると思ったんだよ。

でもサクラちゃんは逃げるどころか、
ほかの猫を見るのも初めてだったのか
その場で震え始めたんだ

「まあ、なんてことをするのこの子は」
お母さんが悲鳴を上げた

「ママ急がなきゃ!他の猫の病気がうつっちゃうよ
家に連れて帰ってから、飼うかどうか決めればいじゃん」

「そうねえ。パルの遊び相手になるかもしれないしね」
そう言ってお母さんは、止めてあった車にさくらちゃんを載せて
どこかへ走り去ったんだ。

僕は罰が当たたんだと思った。
だから今みたいな状態になったんだと頭を打ちぬかれる思いだった。

ここの奥さんがどんな猫にも優しいのは
さくらちゃんを失ったのが
自分の過失だと思っているからだ

確かに、ドアをきちんと閉めないで
外で長い時間空を見上げていたのは
うっかりミスだが
警察署に届けてあるかどうか確認するのが
猫を飼う人の常識だ
だから、それを確かめずにつれて帰ったあの親子の方に
大きな過失があると僕は思っていた

奥さんはまっすぐな目で、僕を見つめ
「あら、耳をケガしているのね
きょうはもう遅いから
あしたまだここにいたら、病院に連れて行ってあげるからね」
と僕の頭を撫でながら
器にカリカリのご飯を入れ、
水の入った器も隣に置きた。
その後、ウドデッキにタオルケットを敷き
僕の体をその上にあげて

もう一度
「明日まで待ってね」
と、目を細めた。

                          続く


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