見出し画像

その商品は夫婦喧嘩から生まれた

ハイモジモジの松岡です。ふだんは文房具を企画して販売するメーカー業を営んでいます。

ちょうど1年くらい前のこと。こんなツイートをしたら、初めて「バズ」を経験しました。



当時、発表したばかりの新商品「WORKERS'BOX」が出だし好調で、それまでは「がんばってね」「応援してるよ」と言ってくれるだけだった(それだけでも十分うれしいんだけど)友人たちの多くが、ぞくぞくと購入してくれまして。

「あ、これはきちんと情報さえ届けば買ってもらえるな」

そうピンときた僕は、とにかく多くの人に商品のことを知ってもらいたいと思い、Twitterで情報の拡散を試みることにしました。まずは「4コマ漫画にすればシンプルで伝わりやすいかも」とにらんでトライしてみたのですが、これがいきなり大当たり。

このバズをきっかけに一日で7,000冊も売れるという類まれな経験をさせてもらったのですが、こんなことはもう二度とないかもレベルのできごとでした。

さて、今回は「そもそもこの商品はどういう経緯で生まれたのか」をお話したいと思います。けっこう生々しい話です。


画像1


子供が生まれて「80%宣言」


ハイモジモジという会社は僕と妻のふたりで経営しておりまして、家庭と仕事がほとんどイコールです。日中はずっとオフィスで一緒ですし、布団で寝る直前まで仕事の話をしてますし、仕事の合間にちょっとした家庭の用事を済ませることだってあります。

「ずっと一緒にいて喧嘩しないの?」とよく訊かれるのですが、喧嘩はしません。

そんなわが家に2014年、はじめての子供が生まれました。念願のわが子でしたので、幼いうちは一緒に過ごす時間を大切にしたいと思い、会社のホームページにこんな宣言文を載せました。

「仕事に注ぐ力を80%にセーブして、子育てに時間を割きます」

ちょっと格好いい風に聞こえますが、実際は初めての子育てに「いっぱいいっぱい」で精神的にまいってしまいそうで、すこし働き方を見直そうという苦しまぎれの宣言でした。その実態は80%どころか、体力・気力ともに疲れ果て、とくにデザインを担当する妻は50%も力を発揮できないような日々でした。

そんな中、僕は経営者としてダークサイドに堕ちることになります。

わが社は今も昔も「妻がデザインしたものを夫が売る」というスタイルなのですが、赤子がギャンギャン夜泣きする間は「画期的な新商品」を生み出すことは時間的にも体力的にも難しいと感じ、とにかく今は我慢のときと割りきって、

「それまでリリースしていた商品のバージョン違いを出す」

という方針を打ち出したんですね。分かりやすく言うと「できるだけ労力をかけずにラクして儲けたい」というわけです。

ですが現実は思い通りにはいきませんでした。なによりモノづくりに向き合う姿勢がよくなかった。


過去の成功体験をなぞった


既存商品のバージョン違いをリリースする。その意図は「種類を増やしてお店で面をとる」という点にありました。

自社の商品だけでお店の陳列スペースの端から端まで埋めてもらうことを「面をとる」と言うのですが、たとえばロフトや東急ハンズといった広いフロアを持つお店では、同じシリーズで商品数を増やせば特設コーナーができやすくなるんですね。

実際、ハイモジモジは創業当時にリリースした「Deng On」という商品で大きく面をとらせてもらった体験がありました。


画像2


これはパソコンのキーボードのすき間に立てる動物型の伝言メモなのですが、とにかく発売当初からたくさん種類を用意していたんですね。

しかも「キーボードに立てるメモ」というジャンルがそれまで存在せず、メモ帳でも付箋のコーナーでもない「カテゴライズしにくい商品」だったため、かえって「レジ前」だったり「柱の一面」だったり「棚の側面全部」みたいな一等地を占拠させてもらえる幸運にめぐまれました。

そしてそれがまた大きな売上につながる好循環。


画像3


そこで、どれとは言いませんが、子供が生まれる前に数点だけリリースしていた別の商品もバリエーションを増やして「大きく面をとる」作戦に出ました。つまり過去の成功体験をなぞろうとしたんですね。

でも、残念ながらお店にはほとんど導入してもらえませんでした。答えは簡単。「Deng On」ほどの爆発的な勢いがなかったからです。いや、全然悪い商品じゃないんですけどね。

デザイン性の高いメモや付箋は今では飽和状態にありますが、2010年に「Deng On」を発売したころは今ほど存在していませんでしたし、自分たちと同じ規模のベンチャー的なメーカーもほとんどいませんでしたから、競合が少なかったという時代背景もあったのでしょう。

要するに「Deng On」という商品がお店で「面をとれた」のは狙ったわけでも何でもなく、ただのビギナーズラックだったんですよね。そんな幸運に再現性があるはずもありません。


お客ではなくお店のほうを向いていた


しかも一番致命的だったのは、売る相手を勘違いしてしまったこと。

いつもはちゃんと「その商品を買ってくれるお客さん」に向かってモノづくりをしていたのに、子育て期間中はとにかく手っ取り早く売上を立てたいものだから、「その商品を売ってくれるお店のバイヤーさん」に向かってモノをつくり始めてしまったんです。

つまり、その先にいるお客さんの気持ちやニーズそっちのけで「どうすればお店で売りやすいか」とか「どうすれば売り上げが倍増するか」みたいな銭勘定に頭を費やしてしまった。

そんなことではお客さんの心を打つことはできませんよね。


失敗ができなくなっていく


メーカーとしてモノを売るにはまず量産する必要があります。量産しないと原価が下がらず、売れても十分な利益を確保できないからです。それが売れるかどうかは売ってみないと分からないけれど、とにかく量産しないと始まらない。賭けですね。

そして賭けに負けると、回収できるはずだったお金が「売れない在庫」として会社に居座り続けます。ちゃんと利益を確保できてたらまた次の商品を生み出せる資金を作れたはずなのに、一度足踏みするとキャッシュが目減りして、そのぶん会社の動きが鈍くなります。失敗が続けば首もまわらなくなります。

(今ならクラウドファンディングでSUCCESSしたものだけ量産するという手もありますけどね)

こうしてどんどん気持ちの余裕がなくなっていき、視野も狭まって、失敗ができなくなってきます。「次こそヒットさせないと後がないぞ」と精神的に追い込まれます。しかもわが家の場合は赤子が毎晩泣いていて、満足に眠らせてくれない。うーん、いま思い出してもつらい日々。

そうして僕たち夫婦は、ついに喧嘩をしました。結婚して初めてのことでした。

画像4


いま売れるものか、長く売れるものか


喧嘩の理由は「ふたつある商品企画のどちらを進めるか」というものでした。

いつも新商品のアイデアはどちらが出すというものでもなく、どちらかがひらめいて、相手に持ちかけてみたら「面白い!」と盛り上がったものを形にするプロセスをとっています。

そして当時の僕たちには、ふたつのアイデアがありました。

妻が考えたのは、冒頭で紹介した「WORKERS'BOX」という書類収納箱でした。彼女は性格的にお片づけが苦手で、いつも書類を散らかしては共有テーブルの大半を占拠する状態が続いていたことから、自分のために「かんたんに整理ができるもの」を考案していました。


画像5

詳しくはこちら >>【徹底討論】なぜモノは片づかないのか


でも僕は「売れない」と思いました。というより「すぐ売れるものではない」と見ました。

言ってしまえば、この商品は「ただの箱」。特別な機能があるわけでも、他社にマネできない技術が注がれているわけでもありません。あくまで「新しいお片づけの仕方を提案する」というもので、長い目で見れば売れるかもしれないけれど、世の中に浸透させるにはすこし時間がかかると思ったんですね。


画像6


もちろん会社に余裕があったなら「いいね、やろうよ!」ってな感じで気軽に開発を進めたでしょうが、なにせもう失敗は許されない状況ですからね。すぐそばでギャンギャン泣いてる赤子のミルク代を稼がなきゃいけないんだから「そのうち売れるもの」では困る。今すぐお金にならなきゃ困る。

そこで僕は「今すぐ売れそうなもの」のアイデアをひとつ思いつきました。またいつか形にするかもしれないので詳細は省きますが、たぶん普通に売れたと思います。ミルク代もつくれたと思います。

でも、妻はなかなか賛同しません。


妻:たしかに売れるかもしれないけどさ、これはひとつ買ってもらったらおしまいのタイプの商品だよ。継続性がないよ。

夫:いや、言い分も分かるけど、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよ。ただでさえ子供が生まれて事業がスローペースになってるんだから、はやく元のサイクルに戻さないと会社そのものが危うくなるよ。

妻:そんなことしても会社の寿命がちょっと伸びるだけだよ。でもわたしの考えたボックスはひとりで何個も買ってもらえるものだから。気に入ったら何度も買ってもらえるタイプのものだから、ぜったいこっちを作るべきだよ。

夫:そうなればいいけどさ、そうするためには会社を存続させなきゃいけないんだから、時間との戦いになるでしょ。まずは当面の資金を確保して経営を安定させなきゃ。そのあとに作ればいいよ。

妻:そっちの企画こそ、余裕ができたときにつくればいいじゃない。

夫:この頑固者!

妻:この分からず屋!


最後は妻を信じた


結婚してからずっと穏やかに過ごしてきたのですが、このときばかりは「あ、やっぱり夫婦って喧嘩するんだ」と思いましたね。やはり生活がかかってくると意見は対立するものです。どちらも「良かれ」と思ってますし、そう簡単には主張を譲れませんからね。

でも、僕はこの件を通じて、より夫婦の絆が深まったように思いました。(向こうは亀裂が入ったと思ってるかもしれないけどね)

そして最後は、妻を信じることにしました。

というのも、妻の商品企画には「筋が通っていたから」です。お片づけが苦手な自分が「どうすれば片づけられるようになるか」を真剣に考えて、その結果として生み出したものを使ってみたら、ほんとうに自分自身が片づいた。そういうリアリティーがありました。

その点、僕のほうのアイデアはやっぱり弱かった。まだ頭の片隅に「お店で売りやすいもの」「お金になりやすそうなもの」を作ろうとする下心が消えてなくて、ダークサイドから抜け出せていませんでした。

だから妻が最高のものに仕上げてくれた「WORKERS'BOX」という起死回生の商品は、なかなか目の覚めない僕をぶった斬るライトセーバーになりました。


100年先も続くプロダクトに


目先の利益にとらわれず、長期的な視点を持てるという意味では、もしかしたら妻のほうが社長に向いてるじゃないかと思います。

いや、でも厄介ごとは僕が引き受けたほうがいいか。経営にまつわる面倒くさいことは全部引き受けて、彼女は最高のプロダクトを生み出すことだけに集中してもらったほうがいい。僕はそう思ってます。

とまあ、すったもんだを経て1年前に発売された「WORKER'BOX」ですが、自分たちでもびっくりするほど多くの方々に支持していただいています。「これなしでは書類が片づかない」「ずっと販売し続けてほしい」という嬉しい声も寄せられます。

もう自分たちの都合で「あんまり売れなくなったから販売やめるね」とはいかなくなりました。

だからこの「WORKERS'BOX」という商品を、僕は「100年先も続くもの」にしたいと思っています。

世の中がますますデジタル化していこうとも、紙の資料が完全に無くなることはなさそうですから、いつまでも書類整理が苦手な人の福音であり続けられるよう、いっしょうけんめい販売を継続していきたいと思っています。その旅路はまだ始まったばかりです。

「WORKERS'BOX」は2018年9月19日で発売一周年を迎えます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。



ハイモジモジのサイト
ハイモジモジのTwitter
ハイモジモジのInstagram

ありがとうございます。励みになります。