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一篇の詩、ひとりの俳優、ひとりの観客

 2020年3月16日、アイスランドで100人以上の集会等が禁止された。これを受け、全公演を延期することになったアイスランド国立劇場だが、3月18日からは一風変わった催しを行っている。それは、ひとりの観客を前にひとりの俳優が一篇の詩を朗読する『Ljóð fyrir þjóð』(国民のために詩を)という演目で、集会等が禁止されている間の平日にひとりの国民が招待される。これについては、公式の紹介動画がある。

 3月18日と19日の公演を見たあとに、この演目をTwitterで紹介したところ、1800を越えるリツイートを得る反響があった。

 このアイスランド国立劇場の取り組みについて、上記のツイートやこの記事で知って公演のライブ配信や録画を見た人のなかには、(おそらく)馴染みない言語の音に耳をすませるだけでなく、朗読された詩を読みたい、と思った人がいるかもしれない。そこで、初演である3月18日の公演の詩とアナウンスを翻訳してみた。

 以下では、まず公演の動画を貼り、そのあとに日本語訳を載せる。参考として、アイスランド語の文字起こしも載せておく。

幕は閉じている

劇場アナウンス
親愛なるスヴァーヴァ・ビョルク・オウラフスドッティル様、アイスランド国立劇場にようこそお越しくださいました。携帯電話からの光が他のお客様のご迷惑にならないよう、どうか電源をお切りください。それでは、お楽しみください。
Ágæti leikhúsgestur, Svava Björk Ólafsdóttir, vertu hjartanlega velkomin í Þjóðleikhúsið. Vinsamlegast slökktu á farsímanum svo að ljós frá honum trufli ekki aðra sýningagesti. Góða skemmtun.

幕が開く
舞台の中央にひとりの俳優(イルムル・キリスチャウンスドッティル(Ilmur Kristjánsdóttir))が立っている。これから読まれる詩を書いた詩人の名前と作品名を述べたあと、朗読を始める。


フラージル町のオウルヴ・シーグルザルドッティル(Ólöf Sigurðardóttir frá Hlöðum)作「至点の詩」(原題:Sólstöðuþula)

転がり去れ、冬の重苦しさ。
春、私の春、
あなたの夢の世界へと
幼子にするように私の手を引いてくれ。
記憶の魔的な舌が
自らの言葉を語りだすのは、
柔らかで、静かな夕べが
海上で太陽の火を灯すとき。
かの偉大な力は依然
音もなく人の世を歩き、
全自然の脈動は
静かに穏やかに蠢き、
一音の呼吸さえ聞こえず、
一粒の夜さえ訪れない。
こんな夕べに太陽は
寝台の縁に腰掛けて、
床につかず、むしろ目を開け、
愛するものを想う。
知っているよ、輝かしい朝が
もうすぐ、もうすぐやって来る。
それは太陽を忽ち、忽ち掴まえて、
さっと腕のなかへ、
そして高く、高く空の上へと、
持ち上げる。
昼の手に渡されると、
太陽は胸に痛みを覚える。
ひどいよ、長い昼はひとり勝手に
一周させてやればいい、
ゆっくり歩かせて、世界の転回を
見下ろさせてやればいい。
一日が過ぎたら、
幼い至福に胸を焦がせるために
最後にまたひとりにさせてやればいい、
幸せの幻覚よ!
――
海の太陽が夜に思慕して苦しむなら
人間の娘だってそうだろう。


Sólstöðuþula eftir Ólöfu Sigurðardóttur frá Hlöðum

Veltu burtu vetrarþunga
vorið, vorið mitt!
Leiddu mig nú eins og unga
inn í draumland þitt!
Minninganna töfratunga
talar málið sitt,
þegar mjúku, kyrru kveldin
kynda á hafi sólareldinn.
Starfandi hinn mikli máttur
um mannheim gengur hljótt,
alnáttúru æða-sláttur
iðar kyrrt og rótt,
enginn heyrist andardráttur,
engin kemur nótt.
Því að sól á svona kveldi
sest á rúmstokkinn,
háttar ekki, heldur vakir,
hugsar um ástvin sinn.
Veit, hann kemur bráðum, bráðum,
bjarti morgunninn!
Grípur hana snöggvast, snöggvast,
snöggt í faðminn sinn,
lyftir henni ofar, ofar,
upp á himininn.
Skilar henni í hendur dagsins,
í hjartað fær hún sting:
Æ, að láta langa daginn
leiða sig í kring!
Ganga hægt og horfa nið’r á
heimsins umsnúning.
Komast loks í einrúm aftur
eftir sólarhring,
til að þrá sinn unga unað,(※1)
yndis sjónhverfing!
--
Þjaki hafsól þrár um nætur;
þá er von um mannadætur.

※1 公演では、「unga unað」でなく「unað unað」と言っているように聞こえるが、ここでは原文を保持した。

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幕が閉じる

 実は、『Ljóð fyrir þjóð』(国民のために詩を)の別日の公演で朗読された他の詩も、既に友人と翻訳している。今までに朗読された詩は、中世から現代のものまでと幅広く、著作権が切れていないものも少なくない。そのため、実現は難しいかもしれないが、この公演で読まれた詩を収めた訳詩集をそのうち世に出せたら、と密かに思っている。

(写真・文責:朱位昌併

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