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日本でできるスウェーデン語の勉強&ナチスによるアーリア人増殖施設で生まれた女性の実話

トップ画像:ルンド大学(Credits: Aline Lessner/imagebank.sweden.se)


スウェーデン語のようなマイナーな言語の翻訳。どういう経緯でそんな職業にたどり着くのか、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

たまたま本日発売のこちらの雑誌で、翻訳者になろうと思ったきっかけや、どのようにして最初の仕事をゲットしたかをお話させていただいています。

通訳者・翻訳者になる本2023 (イカロス・ムック)

その記事に補足する形で、今日は私がどのようにスウェーデン語を勉強したかをお話しようと思います。

スウェーデンとの出合いは高校時代の交換留学でした。AFSという団体で1年間留学することになったのですが、当時はまだインターネットもない時代、近所に住んでいたスウェーデン人宣教師の奥さんに挨拶や単語を習ったり……という感じでした。あとはロクセットのマリー・フレデリクソンがスウェーデン語で歌ったソロアルバムが日本でも発売されていたので、歌詞カードと首っ引きで発音を練習したり。

スウェーデンに行ってからは、ホームステイをして高校に通う毎日でした。なにしろスウェーデン語を上達させたかった私は、1週間後には英語を使うのをやめて、完全にスウェーデン語だけで(無理矢理)生活しました。

日本に帰って大学を卒業したあとは、北欧専門の旅行代理店で働き始めました。オーロラを得意とする会社で、北欧全体、そしてグリーンランドやアイスランドにも出張に行きました。デンマーク語圏に行くことが多く、当時はあまりスウェーデン語は使わなかったかも。

その後、東京に出てきたときにスウェーデン語の語学学校を探して通い始めました。速水望先生のスウェーデン語講座だったのですが、なんとたまたま開設されたばかりのタイミングで、私は1期生でした。

ここで学んだ5年間は、その後の私の仕事の基礎となりました。HPで時間割を見ていただければわかるとおり、各クラス少人数で、いくつものレベルにわかれています。私も当時自分のレベルに合わせたクラスを作ってもらい、もう1人スウェーデン留学経験のある生徒さんと2人だけで何年も勉強させてもらいました。文法、会話、読解など幅広く学ぶことができ、ここで留学時よりもぐっとスウェーデン語力がつきました。最後には力試してとしてスウェーデンの大学入学資格のひとつであるTISUSを受験、無事合格しました。当時は記念受験のつもりだったのですが、その後スウェーデンに移住して大学に行くことになったとき、このTISUSをもっていたのですぐに入学できたという嬉しい後日談もあります(でなければ、スウェーデンの高校を出ていない人は、たとえ日本で大学を出ていても、まずはスウェーデン語他の高校レベルの単位を取得する必要があり、スウェーデンの大学に願書を出せるまでに何年かかかります)。

東京スウェーデン語学校のHPはコチラ

速水先生は幼少期をスウェーデンで過ごされ、その後ヨーテボリ大学でスウェーデン語専攻修士号も取得されていて、日本でスウェーデン語を教えることに長い経験をおもちです。女性としても憧れの存在だった速水先生に教えていただいたことはスウェーデン語だけではありません。六本木での夜遊びとか……あ、いや、それはさておき、スウェーデン大使館商務部でスタッフを募集しているよと教えてくれたのも速水先生だったし、先生が受けた技術翻訳の仕事を手伝わせてもらったりもしました。それが私の初めての翻訳の仕事の体験でした。

先日、そんな速水先生の翻訳書を読みました。

スウェーデン人夫妻の養女として生きてきたカーリさんの物語。しかし彼女の出生には驚くべき事実が隠されていました。

ナチスは戦時中、純粋なドイツ民族とされたアーリア人増殖施設「レーベンスボルン」を国内だけでなく、占領したノルウェーにも設立しました。「レーベンスボルン(生命の泉)」計画といって、ナチス親衛隊の男性と現地の“選別された"女性が子供をつくることを奨励したのです。主人公のカーリはスウェーデンで育ち、自分が養女であることは知っていたものの、「レーベンスボルン」計画から生まれたということを知ったのは64歳のときでした。

著者:カーリ・ロースヴァル 、ナオミ・リネハン
翻訳:速水 望
海象社


最近70代で再結成したABBAのアンニ=フリッド・リングスタッドが同じように「レーベンスボルン」計画から生まれたというのは以前どこかで読んで知っていましたが、この本ではそのような生い立ちをもつ女性本人の言葉で、人生への想いが詳細に綴られていきます。主人公のカーリは物心のつく前に実の母親と引き離されましたが、その母親がナチスの計画によって受けた一生治らない心の傷も、母親そして主人公である娘の人生を狂わせました。大人になってから奇跡的に母親と再会できたのですが、自分を受け入れてくれない母親の態度に二重に傷つくことになります。しかし最後には母親が想像を超える苦しみにさらされてきたことも明らかに。こうやって一生かけて自分について知っていくなんて、ドラマチックな映画も顔負けの現実……それでも人を愛し、許し、強く生きているカーリさんの姿に感動と勇気をもらえる本。一気読み間違いなしです。

この本には、カーリさんが苦境にも負けずに一人息子のローゲルくんを大切に育てた話も出てきます。本のあちこちで息子さんに対する愛を感じました。そんなローゲルくん、大人になった今では日本と深いつながりがあり、ストックホルムの日本大使館の文化担当官を務めています。私もずいぶん前に速水先生から紹介してもらったことがあって(それも深夜の六本木だったか……)、あのローゲルくんのお母様のストーリーなのか!と思うとさらに感慨深く、何度も涙を流しながら読ませていただきました。

二度と繰り返してはならない歴史を知るため、すべての人が人権を保障されて生きられる社会の大切さを実感するためにも、多くの人に読んでもらいたい本です。

文責:久山葉子
1975年兵庫県生まれ。翻訳家。エッセイスト。神戸女学院大学文学部英文学科卒。スウェーデン大使館商務部勤務を経て、現在はスウェーデン在住。
訳書に『スマホ脳』『こどもサピエンス史』『メッセージ――トーベ・ヤンソン自選短篇集』『影のない四十日間』など、著書に『スウェーデンの保育園に待機児童はいない』がある。



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