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晴れた日に草むしりしよう。天国にいる人を想いながら

雑草のしぶとさ、たくましさには見習いたいと思う反面、放置するとどんどん根を伸ばし勢力を広げる厄介者ですよね。私が草だったらそんなふうに思われたくない。生きるって難しい。そんなことを考えながら、一人で庭の草むしりをしていると、なぜか亡くなった両親を思い出してしまうのです。

「おやじ、おふくろ、ごめんな……」

草むしりに思い出はないのに、なぜでしょう。それは22年ほど前の出来事から始まります。
私が名古屋を離れ東京に転勤した頃でしょうか。父から「T市の墓地を購入した」と聞かされたのです。「お墓は建ててくれ」と言われました。計算すると今の私くらいの歳だった父と母、二人が墓に入るなど全く予兆もなく、「気が早いな。墓石ね、いいよ」と軽く流して答えたように思います。

私のその転勤は、当時勤めていた会社の業績が芳しくなく、支社から一部の社員を東京の本社に集めるというものでした。よほど業績が回復しない限りは戻れない、片道切符の転勤を言い渡されたのです。妻はかたくなに名古屋に残れないものかと私に詰め寄りましたが、私は本社で大きな仕事ができる期待に満ちていました。

T市は私の実家のある県内の田舎町。社会人となって家を出て名古屋で一人暮らしを始め、何年か後に結婚。新居は名古屋市内のマンションを借り、両親に孫の顔を見せることもできました。父は、いつか長男の私が賃貸暮らしをやめ名古屋からT市に戻ってくるものと期待していました。ところが戻らないと宣言しての東京転勤です。墓地を買うと決めたのは、私の言葉から両親の展望が変わったせいかもしれません。

生まれたばかり0歳の息子と妻を連れ、3人の東京生活が始まりました。ほどなくして妻は引っ越したい、愛知に帰りたいと言い始めます。仕事漬けでろくに家庭サービスをしない夫と乳飲み子を抱え、頼れる人のいない東京に来た孤独感がそう思わせたのでしょうが、「地価物価の高い東京より、愛知に戻ってお義父さんが持っている土地に家を建てさせてもらう」という現実的なプランが妻にはあったのです。

東京でやりがいを感じていた私は、戻りたくはありませんでした。支社に戻るすべはないので、愛知に戻るなら別の会社を見つけなくてはなりません。ところが私のやりがいとは裏腹に、業績回復の兆しなく、社内の分断が始まりました。こうなると私自身の心境も変わり、都内で他の会社へ転勤することも考え始めます。いえ、転勤するなら妻の言うようにいっそ愛知に戻ってもいいと思えてきたのです。絶妙のタイミングで、先に辞めて名古屋にいた元上司の誘いを受け、5年ほどの東京生活に区切りをつける決意をしました。

ところが同じ愛知に戻るといっても生まれ育った実家、両親のいるT市でなく、お義父さんの土地があるO市に戻るのです。T市とO市、東京に比べれば近くはなりますが車で1時間強の距離。そして半ば婿養子になるようなものです。マスオさんですよね。正直、都落ちする感覚もあった私にとっては、どこに住もうともう一緒。誰の土地だろうとO市だろうと構わないと思っていました。問題は私の両親、特に父です。

戻れない転勤だと言って東京へ行ってしまった長男が愛知に戻ってくるのは嬉しいはずですが、実家でなくO市に家を建て、妻の側の人になるというのは、喜んだ顔が引きつったことでしょう。電話一本で「そういうことにしたから、悪いね」くらいの口調で話してしまいました。戦前生まれの父にとって長男が向こうの家に入ることを心底受け入れてはいなかったと思います。

O市で私の家族3人の生活が始まり、ほどなくして家が完成すると、たまに両親が遊びにきてくれたり、私たち家族も盆暮れ正月にはT市へ顔を出したり、そんな行き来が数年間続きました。父が本音ではどう思っていたか露知らず、墓地が用意してあることもなかったかのように……。

父が他界して8年になります。享年79歳。数か月の入院ののちに「今夜が峠です」がすぐに訪れ、今際の際を看取ることができました。病院の外に出ると、それはそれは抜けるような青空でした。水無月の青い空に目が潤みました。

頑固おやじだったけど、おちゃらけたところもある憎めないおやじで、呑む打つ買うを一切しない人でした。平均寿命なんて平均でしかないけれど、どうして真面目なおやじが早く逝ってしまったのだろうと不条理さに泣けてきました。

約束どおり、両親が買った市営墓地の区画に墓石を建てました。その日も青空でした。図らずもほぼ1年後に、母もそこに入る時が来ました。それは葉月の青空でした。

T市は少し遠いことや家族の都合が付かないことなどを言い訳にして、まめに墓守をせず、つい妹に頼ってしまうのですが、実のところは誰にも見られず一人きりになり手を合わせに行きたいのです。あの日のように、晴れた日に……。墓石を洗い、草むしりをして、しんどくなった腰を伸ばし、空を見上げます。

「おやじ、おふくろ、ごめんな。こっちはこっちでしぶとく頑張るからさ」

《2023.3.6天狼院書店ライティング・ゼミ3本目》

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