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とある夜の出来事

(今週の共通テーマ:眠れぬ夜)

ふと、体に触れた温度が変わったような気がして、目が覚めた。
ここはどこなのか、自分が何をしていたのか。頭が混乱している。頭上に広がった薄っすらと見える天井には、少し、古めかしい傘の付いた電球が付いていて、ゆらゆらと揺れたかと思うと見知らぬ声がした。

「おや。起こしてしまった?」
声の主の、姿は見えない。


「大丈夫。何も心配しなくて良いよ」
かわりにもう1度だけ、天井は大きくゆらりと揺れると、それ以上は動かなかった。

「ここは?」
わたしは慌てて声の主を探す。


「ここは、どこですか?」
「こちらの方が暖かいだろう」

声の主はわたしの問いには一切答えずひとつ呟くと、その場にはもういないのか、それ以上声がすることはなかった。

辺りを注意深く伺ってみると、わたしはどうやら、四方を4つの壁に囲まれた場所にいるらしかった。高さは身長の2倍ほどあるだろうか。足元を踏みつけると、足の指の間からふわふわした感触が全身に流れ込んできた。そのなれない感触に、ぞわりと身の毛がよだつ。

闇の中からはパチパチと、何かがはじけるような音と生ぬるい空気が流れてくるだけで、壁の向こう側の様子を探ることは難しい。

混乱する頭の中に何かヒントの欠片は落ちていないものかと、必死に記憶を手繰り寄せてみるものの、それらしい記憶はなにも見つからなかった。

体にまとわりついて離れない不安が、じんわりと心地の悪い時間だけを、無駄にゆっくりと消費していく。その途方もない時間は、1日にも、数ヶ月にも感じる。
自分の鼓動の音だけ、頭の中に響く。

どれくらいの時が経ったのだろうか。
気がつくと頭上に広がる天井は、その姿をくっきりと確認できるほどになっていて、その明るさが、朝の訪れを告げていた。


「やあ。よく眠れた?」
その声にはっと上を見上げると、途方もない大きさの、そして生暖かく柔かいものに包まれた。

それが「人間」の手だと気付いた時には、私の体は既に宙に浮かび、そして土の匂いのする、懐かしい地面へと帰っていた。

「もう、迷い込んだりするんじゃないよ」

甘い匂いに誘われて、あの家に迷い込んでしまったこと。
力尽きて、そのまま倒れてしまったこと。
彼がそんな私を潰さぬよう、そっと箱に入れ朝を待ってくれていたこと。

土に触れた瞬間、それらの記憶たちが私に戻ってくる。

「ありがとう」
私はちいさな声で彼にそう呟くと、元いた森へと帰っていった。

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