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冬から春へー Venice Dreamer

寒いのは苦手。でも、冬は好き。

私の部屋には何枚もの絵ハガキが飾られている。
その中でもとくにお気に入りの二枚を、ベッドの近くに掛けている。


きれいな絵を枕元においていたら、いい夢をみられそうだから。

そのうちの一枚がワイエスの冬の絵。
降りつもる雪のなかにちいさな家が佇む。
ただ、それだけ。
すごく静かで、その世界にはほとんど色もない。


冬は空気が澄んでいるからだろうか。
散歩していて、遠くの電車の音がいつもよりはっきりと聞こえるような気がする。
日差しが、細く、長く入ってきて、昼間なのに夕方みたいだったりする。

早くあたたかくならないかなと思いつつ、今の季節もいいなと思う。

今の季節は、外で吹き荒れる風の音を聞き、家の中でコーヒーを飲みながら、レコードを聴くのが至福の時間。
私は、レコード世代ではないけれど、両親が若い頃に集めたレコードをたまに聴く。冬には、レコードがよく似合う気がする。

私のお気に入りは、George Winstonの “WINTER INTO SPRING”。
お父さんが若いころに買ったピアノ曲集で、January Stars, February Sea, Venice Dreamer…といった曲が入っている。曲の題名から、きれいな曲の予感がする。

でも、流れてくる曲はその予感以上。

はじめは、凛と冴えわたるような静から、次第に動へと変わっていく。
静かな冬から穏やかな春へとひっそりと移り変わってわけではなく、その間には今の季節のように冷たい風が吹き荒れていく。
自然のきれいなところだけを切り取ったのではなく、荒々しい部分や見逃してしまうような繊細さが音楽になっている。
ただ甘やかなだけではない音楽に惚れぼれする。


レコードの針は、泡がぷくぷく弾けるような空気を纏った音をひろって、それもまたなんともいえず心地よい。

Venice Dreamerは、ヴェネツィアを想って、聴く。
ヴェネツィアで春を迎えたときの、その劇的な変化を今も覚えている。
冬の白く霧に包まれたヴェネツィアも好きだったけれど、春がやってきたときヴェネツィアは、本当に文字通り明るくなった。
街の中に色が溢れて、行き交う人々の顔もとても晴れやかだった。


今でも、本を読んだり、絵を見たり、音楽を聴いたりするときに、ふと留学中に訪れたいくつかの街が思い浮かぶ。
ワーグナーのレコード(これは母のもの)をきいたときに、「ああ、このきらきらはあのときの湖を吹き抜ける風とおなじだ」と思ったり、小説にフィレンツェが出てきたときにフィレンツェの街の香りがよみがえったりする。

でも、ヴェネツィアは格別だ。
この前、隣県の美術館を訪れたときにヴェネツィアの絵が3点あった。題名を見なくとも、そしてかなり遠くからでも、それがヴェネツィアだとわかった。
そして、それがあの街のどこを描いたものなのかも。私のなかにヴェネツィアという街が少し「しまって」あるのだとおもう(恩田陸さんの『光の帝国』の言葉を借りて)。


私の枕元においてある、もう一つの絵はターナーがヴェネツィアを描いた絵だ。ヴェネツィアの街の上に月が浮かぶ。街は水の上にあるというより、街と水が溶け込んでいる。



こんなきれいな夢をみたいなと、私は眠る前にいつも思う。