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一緒に怒ってくれる人、怒ってくれない人

私のまわりには、一緒に怒ってくれる人と怒ってくれない人がいる。

どちらが好きということはなく、私はどちらも好きだ。


大学生の頃、サークルでお花見をしていたとき、
突然、私の頭にボールがぶつかった。

近くで遊んでいた別のサークルの人たちのボールが、飛んできてしまったのである。

その人たちは、すぐに謝りに来てくれて、お詫びに、とお菓子をおいていった。私は、すぐに謝ってくれたので、大丈夫ですよ、気にしないでくださいねと声をかけた。
彼らは、またすぐにボール遊びを再開していた。

それを見ていた私のサークルの部長さんが立ち上がって、その人たちの方へと歩いて行った。

部長さんは、彼らに言った。

「女の子の顔にボールぶつけておいて、今の謝り方は、ないんじゃないですか。お菓子持ってきて、へらへら謝るんじゃなくて、もっときちんと謝ってください。」と。

そう言われて、その人たちは、またすぐに謝りにきてくれた。
今度は、先ほどまでとはちがって、本当に申し訳なさそうにしていた。

私は、なんとなくその人たちの楽しい雰囲気を壊してしまったようで、申し訳なく思った。部長さんに対して、そんなに怒らなくてもいいのに、と思った。

でも、少し時間が経って、私は部長さんのやさしさが沁みてきた。

部長さんが怒ってくれたおかげで、私はあの人たちを心から許せたんだと気づいた。

私は、頭がズキズキ痛む中、ちょっと無理して笑おうとしていた。
楽しいお花見なんだから、笑わなきゃいけないと思っていた。
本当は怒っていたのに、周りの目を気にして、怒っていないふりをしていたのだ。

けれど、部長さんが怒ってくれた時点で、怒りはすっと消えた。
それでもう十分だと思った。
自分が傷ついていることに気づいてくれて、自分の代わりに怒ってくれる人がいる、それがうれしかった。

怒られた人たちは、本人が怒っていないのに、なんで外野が口を出すんだよと思ったかもしれない。でも、本人が思っていても言えないことを、周りの人が代弁してくれている可能性もある。

謝る側は、本当に本人が心から許してくれているのか、考える必要があるのだと思う。


でも、私は、いつも一緒に怒ってくれるだけが、やさしさだとは思わない。


私は、あるとき、すごくイライラしていた。

サークルの後輩Mちゃんから、もっとパートリーダーらしくサークルに参加してくれと言われた。

そのとき、学芸員の資格をとるための集中講義が連続していて、その一方でアメリカへの海外研修やらイタリアへの留学準備もあって、私はかなり追い詰められていた。

恋人と会う時間もほとんどなく、ひと月に15分くらいしか会えなかった。
わたしは、その15分間で、私は後輩への不満をぶちまけた。

私は、これでもう精一杯なのに。
なんでわかってくれないんだろう。
サークルだって大事だけれど、私は勉強しなきゃいけないのに。

せっかく会えたのに、愚痴ばかり言う私の話を、彼は文句も言わずに聞いてくれていた。

そして、彼は、私にこう言った。
「ぼくは、いつでも、ももの味方だよ。でも、ぼくはMちゃんが悪い子だとは思わないよ。」

言われた直後は、そんなの味方じゃない!と思った。
私は、精一杯頑張っているのに、もっときちんとやれと言ってくる後輩を庇うなんてひどいと思った。

でも、彼と駅で別れてから、電車の中でふと思った。

私だって、Mちゃんのことを嫌いたくない、と。

それは、本当の気持ちだった。

私は、本当はMちゃんのことが好きだった。
Mちゃんが悪いんじゃない。
自分が悪いんだとわかっていた。
Mちゃんに厳しい言葉を語らせているのは私だ。
Mちゃんがいい子で、優しくて、頑張り屋さんなことは、私が一番知っているはずだった。でも、あまりにも自分が追い詰められていて、嫌なところしか見ようとしていなかった。

Mちゃんから言われた厳しい言葉だって、私に言えばきっと直せると信じてくれたから言ってくれたのだ。

結局、私はサークルと勉学が両立できず、残念な最後を迎えることになるのだけれど。

でも、あのとき、彼が一緒に怒っていたら、私はあのまま後輩を嫌っていたと思う。彼のおかげで、自分の本当の気持ちに気づけたのだ。

一緒になって怒らないやさしさもあるんだと、そのとき知った。


一緒に怒るのが正しいとか、怒らないのが正しいとか簡単には決められなくて。
一緒に怒ってくれてうれしいこともあるし、怒ってくれなくてうれしいこともある。

そのひとの本当の気持ちに寄り添えるかどうかが、大切なんだろうなと思う。
それは、怒る、怒らないだけではなく、人間関係全般に言えることかもしれない。


でも、そんなことを言いながらも、相手の気持ちなど考えずに行動してしまうことが私には結構ある。

ひと月ほど前、私の大切な人たちが仲違いをして距離を置こうとしているとき、私は二人に離れてほしくなくて、無理やり二人をつなぎとめようとした。

それは、完全にエゴだった。

どっちの味方もできず、どちらの味方でもいたかった。

一か月くらい、私は余計なことをしてしまったのかもしれない、二人の気持ちなんて考えずに自分の感情を押し付けてしまったのではないかと悶々としていた。

けれど、最近その二人の間の関係に、前のようにあたたかい空気が流れているのを見て、私はほっとしている。
心配かけさせやがって、と思いながらも、私はいますごくうれしい。

でも、今回は結果として丸く収まったからよかったが、そんな勝手な感情が、相手に迷惑をかけてしまうこともある。

その匙加減は本当に難しくて、どれが正解とか不正解とか、私にはよくわからないし、たぶん他の人たちにとってもそうだろう。正解がないからこそ、私はこれからもできるだけ相手の気持ちに寄り添って、何が正しいのかを考えながら行動したいなと思う。