『ピエールとリュース』(ロマン・ロラン 鉄筆文庫)
それは、甘い恋だった。
ピエールはパリに住むブルジョワ家庭の青年。18歳の彼は戦争への召集を受けており、6か月後には徴兵されることになっていた。戦争に対してよい感情を持てない彼は、重い心を抱えたままでいる。
1918年1月30日、偶然乗り込んだ地下鉄で、彼は運命の出会いを果たす。同じ車両に乗り合わせた女の子に目を惹きつけられた。その時、地上でドイツ軍機が鈍い爆裂の音を響かせ、トンネルの闇を走る地下鉄の車内は恐怖に包まれる。そのある種興奮状態の中で、彼はその時触れていた手を掴んだ。それは、運命的にも見とれた彼女の、リュースの手だった。彼の恋は、「死の翼の下で」始まった。
恋はピエールに明日を喜ばせた。それが、期限付きの明日であることを2人とも知ってはいたが、当たり前の若者のように相手に夢中になった。人生を愛し、生きていることを寿ぎ、幸福を望ませた。そしてその幸福を、互いを目の前にした今この時手の内に握りしめていることを確信させた。
戦争が激化する中、それとは違う2人だけの世界の中で、ピエールとリュースは感情を深め、距離を縮めていく。細やかで甘やかな描写と比喩で、著者は小さな恋を紡いでいく。恋した 2 人の性急さ、臆病、高まり、それはどこか健やかですらある。共に暮らす家、一緒にする仕事のこと、そんな未来を語らいながら過ごす時間。
若い恋なら、それはいつか失われてしまう虚像かもしれない。そして、ましてやこの恋は、爆撃が強まるパリで育まれていた。しかし彼らは、夢中で共に過ごす未来を語り合った。
甘い、甘い恋。
1918年3月21日、ドイツ軍の攻勢。進撃を続け、パリから120キロ圏内まで進撃する。
砲弾がパリに降り注いだ。そして 3月29日。
著者、ロマン・ロランは戦争を批判した人だった。1914年、第一次世界大戦が始まって以降、スイスに留まり反戦を訴え続けたロランは、ドイツからも、祖国フランスからも非難された。しかし彼は諦めることなくジュネーヴ新聞に反戦の記事を投稿し続け、また、ジュネーヴの万国赤十字社で勤務を始めた。1916年ノーベル文学賞を授与されると、その金をそのまま俘虜に関する事業に寄付したという。
1919年に調印されたヴェルサイユ条約によって、第一次世界大戦は一応の終結を見たが、その後ヨーロッパがどのように次の戦争へ動いていったかはご存じの通りである。本作は、そんな不穏な空気が渦巻く1920年のヨーロッパで刊行された。甘い恋の物語である。それと同時に、戦争が、いかに愚かしく人々の未来をつぶすものであるかを、強い姿勢で訴えるものでもある。
『ピエールとリュース』
ロマン・ロラン作/渡辺淳訳 鉄筆
(帝国データバンク寄稿分より一部訂正)
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