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小説『鎖鎌探偵 鋼』第五十五幕 東雲のコヨーテ

『鎖鎌探偵 鋼』
  第五十五幕 東雲のコヨーテ

クサリガマタンテイ ハガネ
  ダイゴジュウゴマク シノノメノコヨーテ


 

【登場人物一覧】

①亜川 鉛児(アカワ エンジ)31歳 男
普段は塩ビ管を扱う工場の製造部で、原材料の梱包材の廃棄や、完成品の梱包、荷役等をしている。この秋は虹色のツナギを着ている。黒髪のモヒカン。

②惰宮 呑流比(ダミヤ ノンルヒ)51歳 男
十年前から亜川にはいろいろ頼みごとをしていたり。警視正だが、警視庁からも岐阜県警(またおかけんけい)からも軽んじられているおじさん。威嚇射撃がしたくてたまらない困ったおじさん。この秋も警官の制服を着ているおじさん。白髪まじりのリーゼント。

③伏 兜(フス カブト)41歳 男
ブルーギル養殖業をやっている。代表取締役だが、個人的な借金がある為、羽振りは一切良くない。オレンジ色の作務衣を着ており、見るたびに目がチカチカしてしまうが、伏の会社の社員は全員がこの作務衣を着ているのでうんざりする。併し、休日の、プライベートな時間でもわざわざこの作務衣を好き好んで着ているのは伏のみである。臙脂に染めたツーブロックが、意味不明。

④原尿 工(モトバリ タクミ)21歳 男
ヌートリア養殖業の会社で働く係長。海に入るわけでもないのに白いウェットスーツを着ており、スキンヘッドだが、気性が荒いわけでもなく、特に目立った個性はない。併し、人を一人捕まえて、「この人の個性はこうこうこうです。」等と断言出来るようなことなど、あるのだろうか? 仮にその紋切り型で言い切ってしまえば、必ずその人の人格の他の側面を見落とすことになると思うが……。

⑤遊輸 運子(スサビュ ウンコ)26歳 女
遍の姉。背高泡立草の栽培会社で経理課をやっている。最近では人手不足で、経理課であるにもかかわらず、梱包や荷役も手伝うハメになっている。休日は宇宙服を着ているが、この宇宙服は宇宙服風のコスプレのようなもので、実際には宇宙空間に出られるスペックは全く無い。首から上の部分は、酸欠を防ぐ為に外している。愈々以て何のために宇宙服擬(もどき)を着用しているのか不明であるが、本人なりの持論があるのであろう。地球に酸素が無くなっても生きられる、そして、生きていたい、等とは思っていないらしいが、それでも首から下は(プライベートな時間は)常にこの宇宙服擬(もどき)だ。変人として見られがちだが、私服の宇宙服擬(もどき)以外にとっつきにくい要素は皆無で、その焦げ茶色のツインテールと、小春日和の青空に聳える背高泡立草の黄色い花のような笑顔は、幾多の異性を悩殺してきた。

⑥遊輸 遍(スサビュ アマネ)23歳 男
運子の弟。中卒だが独学により現場の窮地を幾度となく救い、現在、USBメモリ会社の孫会社がやっている上宝市の工場の技術部長をやっている。品質管理部がポンコツ揃いでトラブルが絶えない会社なのだが、他部署でありながら遍がフォローすることにより、何とか工場が閉鎖せずに済んでいる状態だ。女装癖があり、プライベートな時間はずっと女装をしている。この秋は紺のブレザーにスカートでキメており、みどりなす黒髪をサイドポニーでバッチリ昇華させている。美脚も手伝ってか街中でよく男を悩殺するが、遍の性癖は独特なもので、熟女以外を性的対象として見られないと本人は姉に語ったことがあるとか。

⑦設楽 建健爬(シタラ ケンケンパ)41歳 男
「ちんぽこ塾」を駅前でやっている。駅前といっても無人駅の前であり、人間より鹿やカモシカがよく通る。カモシカは漢字では「羚羊」と書くが、羊の仲間でも鹿の仲間でもなく、牛の仲間である。「羚羊」と書いてレイヨウと読む場合があるが、これはオリックスやインパラなどといった、ウシとヤギの中間のような連中であり、カモシカと全く同じ概念というわけではないのでややこしい(カモシカと遠い概念でもないので余計ややこしい)。カモシカは兎も角、設楽建健爬は「ちんぽこ塾」で合気道と、ついでに英会話を教えている。英会話の方がオマケの筈が、英会話の部門のおかげで、何とか糊口(ここう)を凌(しの)げている現状である。スポーツ刈りに、透明なタンクトップのおかげで変質者だと誤解されやすいが、このタンクトップは透明ではあるもののビニールではなく肌に優しいらしいのでかぶれの心配は無く、更には英会話も空港での実践的な会話から、TOEICやTOEFLに完全対応している、なかなかのものらしい。

⑧関 具(セキ ツブサ)27歳 女
パン屋のレジ打ちの非正規雇用にて生計を立てている女性。夜に副業をやっているが、それを知る者は殆どいない。この秋は灰色の長袖を着ている。黒髪ロングのストレートが異性を悩殺する。

⑨味意 有(アジゴコロ アリ)54歳 女
無の母。フォークリフトで安い棚(組み立て前の状態)を運搬したりする、倉庫管理業務の非正規雇用者。置賜地方の中でもかなり標高の高い地域で生まれ育った為、寒さにはかなり強い。赤いワンピースを着ている。紫のパンチパーマ。おばさんやおばあさんがパンチパーマをかける意味は不明だが、まあ、かといって他の髪型にしても特に意味は無いので、パンチパーマで良いのではないだろうか。まあ、そこらへんは本人達の自由である。味意有はお気に入りの美容院でパンチパーマをかけているが、案外、美容院でお喋りするのが主目的で、パンチパーマは副産物のような立ち位置であるのかもしれない。

⑩味意 無(アジゴコロ ナシ)19歳 女
有の娘。宇宙や宇宙人が好きではあるが、それ以外は特に目立った特徴は無い、と本人は述べている。高校まではハンドボール部をやっていたが、卒業した今では、就職した先の製紙工場の作業員もすぐに辞め、ハンバーガー屋のアルバイトもすぐに辞め、趣味のドット絵に没頭する日々を送っている。亜麻色のセミロングで、軽い外ハネパーマをかけている味意無が青いシャツで駅を歩いた時なんかは、全ての異性が振り向く程の美人である。

⑪葉茶 眞(ハサ マコト)28歳 女
28歳ではあるが、いろいろあって女子短大に通っている。漬け物が得意。幽霊に異様な執着を見せるが、それ以外は普通と言える人物だ。残念ながら子どもの頃から顔面が崩壊しており、彼氏など出来た例(ためし)が無いが、あまりそこには触れるべきではない。緑のウインドブレーカーに、茶髪のポニーテール。スタイル抜群。

⑫正井 平子(マサイ タイラコ)37歳 女
普段はパチスロで生き存(ながら)えている、弓の名手。茶色のカーディガンを着ており、短めの金髪がよく似合っている。チーズが好き。37歳であるが、未成年にしか見えない美女である。肌がピチピチなのは、食生活が良いからではなく、趣味の筋トレによる新陳代謝からであろう。金を求める心は岐阜県民(またおかけんみん)多しと雖(いえど)も、屈指。

⑬沼 正恩(ヌマ マサオ)68歳 男
現役時代は韋(なめしがわ)カルシウムクダンズを何度もリーグ優勝に導いた〝人間Excel〟と渾名(あだな)される名捕手。36歳で引退後はクダンズ二軍監督となったものの、狂人としか思えない采配により一週間でクビというか出禁になった。故に、36歳の後半からは口笛とバードウォッチングを趣味としながら貯金で生きてきた。五厘刈の大男で、黒いコートをはためかせている。

⑭飛山 城吉(トビヤマ シロヨシ)63歳 男
見座島(みざじま)唯一の住民で、ペンションのオーナー。最近は観光客もめっきり減っていたが、この週末はどどっと客が来たので金銭的に非常に嬉しい。確かに、白樺の森の紅葉は圧巻である。この白樺は、スキー板としても利用される。性欲が旺盛だが、それはなにも飛山翁に限ったことではない。旺盛の「旺」の字は、簡単な漢字ではあるが、急に手書きで書けと言われてもなかなか書けない。デニムのジャケットにデニムのジーパンで、十九世紀アメリカのゴールドラッシュを思わせる風貌だが、髪型はというと、白髪の長髪のパーマであり、そのあまりの毛量から、今度はバッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディといった面々を髣髴とさせる時代錯誤なおじいさんだ。「刀口(とうこう)」というエリマキトカゲを放し飼いにしている。こちらとしては最早、勝手にしてくれ、という気分になってくる。


 

《前幕までのあらすじ》

 自我(じが。ここでは、一人称。)、亜川鉛児(あかわ えんじ)! 荷役に疲れて10/30(土)の朝、フェリーで離島にやってきたのさ! 観光でリフレッシュ、ってね!
 岐阜県上宝市(またおかけん かみたからし)の離島、見座島(みざじま)。桃餅灘(もももちなだ)にぽつんと浮かぶこの島は、白樺の紅葉の名所。また、島の森の奥には、「蓼桶(たでおけ)の化仏(ばけぼとけ)」という演劇の仏様の像もある。自我は日本史には詳しくないが、何でも、蓼で拵(こしら)えた桶で、仏様が鼠に化けて悪漢悪女をコテンパンにした伝説があるらしい。
 関と自我はちょっと秘密の知り合いで、まあ……折角の週末だから、紅葉を観に来たわ! 二泊三日で、月曜はまあ……仮病で休むわ!

10/30(土) 朝
 オーナー飛山の元へ、自我、関、伏、原尿、遊輸兄妹、設楽、味意親子、葉茶、正井、沼が同じく観光目的で到着。ペンションの母屋とその周辺の宿泊施設は無駄に多い為、この人数でもまだ部屋や離れのバンガローは余りに余っているとのことだった。悠々と自分の部屋を得ることが出来てラッキー。関と自我は、まあ……一応は別の部屋を取った。んでこの朝は、「ちんぽこ塾」経営者の設楽の財布が盗まれるという事件も起こったが、何より元捕手の高齢者・沼が北北東の崖から落下死したらしい事件が発生。遺体は確認出来なかったが、皆の間では一応〝沼は設楽の財布を盗んだあと、何故か崖から落ちて死んだ。〟ということになった。

10/30(土) 昼
 あまりにもカメムシが多いことを皆、黙殺することが出来なくなり、各自、各部屋のカメムシを葬りに葬っていた。ヌートリア養殖業の原尿(もとばり)とパチスロ女の正井(まさい)が、意気投合したのか、水道のあたりで怪しい話をしているのを自我は一瞥した。この昼に、オーナー飛山が持っていた金塊の半分が盗まれた。

10/30(土) 夕
 夕日を見ながら死んだ沼を除く全員で擬似バーベキュー。ブルーギルやヌートリアの他、南瓜等を美味しく頂いた。沼の死や盗難もあったので、明日、警察が来ることになった。秋は紅葉のシーズンなので、この見座島(みざじま)には毎朝一回、小型フェリーが来る。その他の季節には三日に一回とのこと。

10/30(土) 宵
 露天風呂は、今日は男湯が先とのことだったが、男湯が先というか、風呂掃除をしろ、という感じだった。自我を含め、男衆は風呂掃除。風呂掃除を兼ねた入浴が終わると風呂上がり、関の靴下が無くなるという事件、関のブラジャーが無くなるという事件、味意母の靴下が無くなるという事件、ブルーギル養殖業の伏の指環が無くなるという事件が発生。最初は紛失だという雰囲気だったが、次第に皆、〝これらも盗難ではないか?〟と考え始めていた。

10/30(土) 深夜
 ぐっすり寝た。女湯を覗こうと思ったが、弓の名手である正井が残忍な短弓を携えて、「覗いたら生命活動を終了させるから宜しく。」と告げて脱衣所へ向かった為、自我を含む男衆は断念したのだ。ぐっすり寝た。

10/31(日) 朝
 起きたら皆が騒がしい。どうやら、葉茶の日記と、オーナー飛山の金塊の残り半分が盗まれた。警視正の惰宮が到着。既に杏露酒(シンルチュウ)をひっかけており、「撃ちてェ、撃ちてェ……!」とボヤいている状態であった。皆で森の奥の「蓼桶(たでおけ)の化仏(ばけぼとけ)」を参拝した後、ペンションの一角や、使っていないバンガローの補修をした。床や屋根が、結構傷んでいた。部屋に帰ると、自我の万年筆が無くなっていたが、そのことは誰にも言わなかった。

10/31(日) 昼
 ヌートリアの唐揚げにレモンをかけると、旨い。皆で人生ゲームをした。部屋に帰ると自我の靴下が無くなっていたので、皆に尋ねたが、殆どの人に、「知らないし、男の靴下など無価値だが?」と一蹴された。それもそうだ。

10/31(日) 夕
 オーナー飛山が伐った白樺を運搬してほしいと男衆に依頼して来たので、まあ筋トレがてら、仕方なく運搬活動に従事した。相変わらず、海岸線に沈む夕陽は見事だった。海岸線といってもまあ、夕陽が沈む方角には、無粋なことに上宝市の本土が幽かに見えて邪魔ではあるのだが……それでもこの黄昏の情景は、決して藝術的観点から、愚かなものではなかった。ブルーギルの炙り寿司を、ゆずポン酢で美味しく頂いた。泥酔した警視正・惰宮が理由も無く木々へ発砲し、皆がそれを咎める、等といったことも起こった。

10/31(日) 宵
 今宵は女湯が先であった。昨日に引き続き、満天の星空。弓の名手・正井がいる為、覗きはまたしても出来なかった。女性陣が上がった後は、味意娘の靴下が無くなるという事件が発生したが、死んだと思われていた沼正恩元二軍監督が生還した為、有耶無耶になってパーティーが催された(遊輸姉による、背高泡立草の茎を煮たオリジナル料理等が飛び出した。)。パーティー終了後一旦部屋に帰った沼が、打撃用手袋が無くなっていることを皆に明かした。ただの打撃用手袋ではない。沼の現役時代に〝代打の仏様〟と恐れられた戦友・ドャラーギ場洗(じょうせん)の打撃用手袋で、三億円はする。ドャラーギ場洗(じょうせん)というインド人と郡上八幡人のハーフは、野球の事など殆ど知らないし興味も無いという遊輸兄妹ですら知っている程の名選手であった。

10/31(日) 深夜
 露天風呂を堪能した自我は、ふと、そういえば10/30(土)朝にこっそりと島の隅々に仕掛けた高性能な盗聴・盗撮用ミヤマクワガタ型ドローン〝㋟靉云♨罒罘(たあいんゆもうぶ)〟達はどうなっただろうと思い、全裸で洗濯板兼ノートパソコンをチェック。〝最後の真相〟に気付く。今、島にいる全員をこの脱衣所へ呼んできてくれ、と、オーナー飛山に依頼した。



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第五十五幕 東雲のコヨーテ

葉茶「きゃああああああああああああああああああ! 何で男性の皆さん、全裸で、」
亜川「落ち着いて、葉茶さん。解謎(げめい)やわ!」
正井「取り敢えず、射殺していいのかな?」
惰宮「待ってくれお姐ちゃん。亜川が〝解謎(げめい)やわ!〟と言ったということは、これから、快刀乱麻を断つ推理ショーが始まるってことだ……。」
味意無「酔っ払いのお巡りさん、ゲメイって何?」
惰宮「解く、謎を、と書いて、解謎(げめい)だ。」
味意有「それなら……ずっと気になっていたけど、亜川君が〝自我〟〝自我〟って言うのは、アレ、何なの?」
惰宮「それはまあ、一人称だ。私、という意味だろう。」
原尿「何でそんな一人称を用いるのだフォー!?!?!?!?!? 普通に、僕、俺、私あたりじゃいかんのかフォー!!!!!」
惰宮「五月蠅え!」

〝ズダーン!!!!!!!!!!〟

 惰宮は威嚇射撃をした。

惰宮「……ふぅ……気持ちイイ……。」
飛山「あ、あんたねえ。」
伏「それにしても、亜川が推理ショーだとか仰っているけど、どういうことなんだゅ~。」

 伏は何故か、完全に勃起している。発射直前ではなかろうか。

伏「刑事さんねえ、」
惰宮「警視正だ。」
伏「警視正さんねえ、亜川君って警察関係者か何かなのゅ~?」
亜川「フン。これを見てもらおうか……。」

 自我は檜で作られた鎖鎌の、木製銅鐸に近い方の木製鎖を陰茎に巻き、木製鎌を構えた。
 
亜川「亜川鉛児は本名で、塩ビ管の職場でも本名で当然通っているが、副業として探偵行為をやる時は、自我は、こう名乗っているのさ。──鎖鎌探偵(くさりがまたんてい)の、阿安保 鋼(ああぼ はがね)、ってな!」

 本人である亜川と、警視正・惰宮を除く、ここに集結した一同の顔が、蒼ざめて白く凍り付いた。

 鎖鎌探偵 鋼。

 ここ十年の日本国において、この探偵の顔を知るものはそういないが、この探偵の名を知らぬ者はいない。鋼は時代を代表する名探偵であり、木製の鎖鎌を陰茎に巻き、迷宮入りとされた難事件から軽微なくだらない犯罪まで、謎を次々と解いてきたのだ。

関「……あ、あなたが、鎖鎌探偵、鋼……。」

 そう、〝知人〟の関にさえ、自我はこの事実を教えていなかった。

亜川「鎖鎌探偵と鋼の間は読点(とうてん)ではなく全角スペースで頼むぜ、梓(あずさ)──じゃなかった、関さん。」
関「……。」
沼「併し、鋼さんよ。何が解けたというのだね?」

全裸の沼の陰茎がぷらりぷらりとしている。

亜川「全てですよ。」

 自我は給水器で水をゴクリと飲んだ。他の皆も水分補給をした。エリマキトカゲの刀口(とうこう)が開けっ放しの扉から脱衣所へ入って来て、てってってってってって、と何故か正井に寄っていった後、主人である飛山の元へ擦り寄った。
 自我は深呼吸した後、皆に向かって、ゆっくりはっきりと述べ始めた。

亜川「10/30(土)朝にこっそりと島の隅々に仕掛けた高性能な盗聴・盗撮用ミヤマクワガタ型ドローン〝㋟靉云♨罒罘(たあいんゆもうぶ)〟達が、全てを教えてくれたんだ。」
設楽「は?」
正井「たあい……何?」
亜川「10/30(土)朝にこっそりと島の隅々に、高性能な盗聴・盗撮用ミヤマクワガタ型ドローンを仕掛けたんだ自我は。〝㋟靉云♨罒罘(たあいんゆもうぶ)〟という機種名は、自我が付けた。」
原尿「その、不愉快で無意味な固有名詞はやめてフォー!!!!!」
惰宮「五月蠅え!」

〝ズダーン!!!!!!!!!!〟

 惰宮は威嚇射撃をした。

惰宮「……ふぅ……気持ちイイ……。」
飛山「あ、あんたねえ。」
沼「し、併し、隅々に仕掛けたとはいえ、数に限りがあるだろう?」
亜川「六百六十六疋(ひき)。ま、要所を先程確認したら、案の定だ。」

 全員、観念したように俯いた。

惰宮「鋼。順を追って説明してくれないか。端的に。」
亜川「ああ。解謎(げめい)やわ! ……先ず、10/30(朝)。設楽さんの財布を盗んだのは運子さんですね。」
遊輸姉「は? 殴るぞ!」
亜川「クワガタが見聞きしとったもんね!」
遊輸姉「私がやりました……。」

 遊輸姉は、がっくりと項垂れ、失禁した。たとえ犯罪者のものであろうと、美女のおしっこは飲みたいなあ、と、思った。紛い物の宇宙服に美しき尿がほかほかと溜まってゆく。

亜川「そして沼さんは犯罪への布石として、崖の下へ落下したように装い、ペンションの屋根でブルーシート……じゃないな、黒ずんだ焦げ茶色のシートにくるまって、潜伏していたんだ。そして10/30(昼)。原尿さんと正井さんが密談をしているのと同時に、別件として無さんは金塊を盗んだ。」
味意無「違う!」
亜川「クワガタが見聞きしとったもんね! んで昼、夕(ゆうべ)が過ぎて、宵。深夜に飛山さんはエリマキトカゲを利用して梓……じゃなかった、関さんのブラジャーを盗もうとしたが、失敗した。」
原尿「あんた最低だなフォー!!!!!」
惰宮「五月蠅え!」

〝ズダーン!!!!!!!!!!〟

 惰宮は威嚇射撃をした。

惰宮「……ふぅ……気持ちイイ……。」
関「でも、私のブラは無くなったわけだけど? 失敗って?」
亜川「飛山さんは失敗したんだ。エリマキトカゲの刀口(とうこう)は正井さんの所有していたチーズで餌付けされていた。刀口は関さんのブラジャーを盗み出し、正井さんへと渡した。それを正井さんは取引相手の原尿さんへ渡したんだ。自我は丁度刀口と鉢合わせたけど、靴下狙……あ、この話はいいや。」
遊輸弟「関様の靴下を盗み果(おお)したのは、亜川様でいらしたのね!?」
亜川「そんなことはどうでもよくて、ええと、それとは別に、遍、君は味意有さんの靴下を盗んだ。」
味意有「まあ!」
亜川「味意有さんが伏さんの指環を盗んだのもこの宵のことだよね。」
味意有「まあ!」
亜川「クワガタが見聞きしとったもんね! んで、10/30(土)深夜は盗みは行われなかった。冷え込んだ為、沼さんは伏さんが同性を好む点を利用して、バンガローに入れてもらい一晩を明かしたわけだ。で、惰宮のおじきが来た10/31(朝)。設楽は葉茶の日記を盗んだ。」
葉茶「きゃあああああああああああああああああああああああああああ! 返して返して返して! あ、あれは、日記というか、その、その、読んでないでしょうね!」
設楽「……げへへへへへへ。」
葉茶「読んでないでしょうね!?」
設楽「〝古城に隠れ栖(す)む黒き騎士、名をコンゴウク──〟」
葉茶「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
惰宮「五月蠅え!」

〝ズダーン!!!!!!!!!!〟

 惰宮は威嚇射撃をした。

惰宮「……ふぅ……気持ちイイ……。」
亜川「日記ではなく創作ノートだったのか。それは扨置(さてお)き、葉茶さんは飛山さんの金塊の残りを盗んだ。んで昼になったら、人生ゲームの隙をついて、自我の靴下を伏さんが盗んだ。その後、落陽の後、ついさっきだ。宵闇の中、正井さんの協力者として原尿が、沼さんの所有物である、三億円の価値があるドャラーギ場洗(じょうせん)の打撃用手袋を盗んだ。もうすでに正井さん渡したか、まだなのかは、分からんがね。ああ、あと、復活劇を終えた沼さんは沼さんで、復活直前に、味意無さんの靴下を盗みましたね?」
沼「無さん、結婚してくれ!」
味意娘「あ?」
亜川「これにて、……解謎(げめい)やわ!」

 場は大乱闘も大乱闘となった。男達は皆、全裸だったが、それどころではなかった。伏は自我の靴下をしゃぶったり穿いたりしながら自我をじろじろ見て来たが、完全に無視をした。惰宮警視正は試し撃ちや飲酒で忙しい。全員が、取っ組み合いで、あれこれを返せだの何だのと騒がしく喧嘩している。刀口は正井の弓をペロペロ舐めている。大方、チーズの欠片でもくっついていたのだろう。

 ぼーっとしている全裸の自我の手を取って、梓が──関具(せき つぶさ)が廊下へと誘った。



 喧騒から遠ざかるように、ゆっくり歩きながら、梓は言った。
「もう。店の外で源氏名で呼ぶのはやめて、って言ってるでしょ。」
 擽(くすぐ)るような笑顔だ。本気で怒っているのではなく、冗談っぽい雰囲気で、ぷんぷんと頬を膨らませている。
「ははは、ごめんごめん。靴下も盗んじゃってごめん。」
「ねえ、鉛児。」

 渡り廊下に出た。

 秋の離島である。全裸は流石に寒いが、星降る夜空が圧巻も圧巻だ。

「私が鉛児の万年筆を盗んだのを、みんなの前で言わないでいてくれたよね。ありがとう。」
「……ははっ。」

 自我は、木製の鎖鎌をペニスから解(ほど)き、近くにあった古い傘立てに置いた。そして、おちんちんをぶるっと振りながら、北極星を見て、囁いた。

「あれは君への贈り物だよ、関さん。……付き合ってくれないか。」

 夜風が、金玉を、突き上げるように撫でる。

「〝梓〟も〝関さん〟も、イヤ。〝具(つぶさ)〟って呼んで? まったくもう。」





自我は、目とおちんちんをして、たらり、と涙を溢れしめた。明日は晴れるだろう。

 使われていない脱衣所の近くのバンガローから、火の手が上がった。大方、警視正の試し撃ちが悪さをして、何らかのものに引火したのだろう。その焔(ほむら)が、キャンプファイヤーのようで、また、東雲(しののめ)のようで、美しくて、美しくて。

「あおーん! あおーん! ……なんちゃって。」

自我は、戯れにコヨーテの鳴き真似をしているこの女(ひと)を、太陽系で最も美しいと、心から思った。

「具(つぶさ)。乳首を舐めてくれないか。」
「追加料金取りますよ~?」

 さんざめく夜空に鏤(ちりば)められた光の一つ一つを食い入るように見ながら、自我は、青い米を射った。天へと。
 足元をエリマキトカゲが、てってってってってって、と、駆けてゆく。誰かの靴下を咥(くわ)えていた。

 世の中の謎を、自我は、全て解こうなどとは思わない。月曜が来ればまた、塩ビ管を扱う工場の製造部の社員として、原材料の梱包材の廃棄や、完成品の梱包、荷役等をしなければならない。


 

 だが今は、全てを忘れて、具(つぶさ)と共にこの満天の星と、燃え盛るバンガローの炎を眺めていたかった。

 嗚呼。
 


 
 よい秋の、よい宵だ。



                         〈つづk──〉
 

          2022/10/29 非おむろ

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