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「悲哀の月」 第68話

 エクモの装着とレムデシビルの投与はすぐに両親へ伝えられた。
 数分おいて、清からの電話により雨宮にも伝えられた。
「ここまで来たらもう祈るだけだよ。今の医療では、これ以上の治療はないわけだから。病院側としても今できることを全て試してくれているんだ。あとは里奈のことを信じるだけだよ」
 説明を終えると清は言った。
「わかりました。それなら良くなるといいですけどね。俺は祈りますよ」
 言葉ではそう口にしたものの、内心で雨宮は別のことを考えていた。
「これは相談なんですけど、何とか、里奈に会えないんですかね。電話を掛けて俺の声を聞かせると言うだけでもいいんですけど。そういうことはできないですかね。今回だけは特別に」
「それは無理だよ。気持ちはわかるけど」
 考えを口にしたが、清にあっさり却下された。
「そうですか」
「あぁ、あいつが今いるところは集中治療室だからな。入ったことがある人ならわかるけど、あそこには生命をつなぎ止める装置がたくさんあるんだ。患者さんは、その装置のお陰で命が繋がっている。その装置の中には、携帯の電波により狂いが生じてしまうものだってある。もしもそうなったら、病院側からすれば大問題になってしまうんだよ。だから、基本的には使用禁止なんだよ」
「やっぱり駄目ですか」
 それはある程度覚悟できていたため、雨宮はすぐに次のアイデアを口にした。
「なら、この前作った動画を流してもらうことは出来ないですかね。これなら通信するわけじゃないんで、装置に害を与えることはありませんよね。データを再生するだけですし、それが難しいのであればDVDに焼きますけど、どうですかね」
「それなら何とかなるんじゃないかな」
 清の目は光った。集中治療室の中でも術後の経過が良好な患者には、小型のテレビを見せて退屈しのぎしてもらうこともある。動画も似たようなもののため、許可が下りる可能性は高い。
「ちょっと聞いてみよう。病院の方に。おそらく大丈夫だと思うぞ」
 清は携帯を手にするとすぐに自ら病院に問い合わせた。
「えぇ、それでしたら平気ですよ。直ちにやってみることにしましょう。里奈さんも動画を見ることを楽しんでいたので。流せばきっと力になると思います。その結果、回復に繋がるかもしれませんからね」
 看護師はあっさり許可してくれた。
「はい、お願いします」
 清は頭を下げた。
「やったぞ。今話してみたら、病院側は認めてくれたよ。里奈のそばで動画を流してくれると言うことだ」
 清はすぐに折り返すと雨宮に報告した。
「本当ですか。良かった。何とか効果があるといいですね」
 電話の向こうで雨宮は嬉しそうな声を出している。
「あぁ、そうだな。そこに期待しているよ。私達も」
 清もそれは同じだ。電話を切ると陽子とかすかな希望を持った。
 病院側もそれは同じだ。
「何とか頑張ってもらいたいわ。里奈さんは何度もこの動画を見て嬉しそうにしていたから」
「そうね。涙を流している時もあったものね。絶対にこうしていれば届くはずよね」
 看護師も動画に期待を持ちながら里奈に目を向けていた。彼女の横では、雨宮の作った動画が流れ続けていた。


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