「悲哀の月」 第60話
同じ日の夜。
雨宮の携帯は着信を告げた。
この日は休日と言うこともあり、彼は部屋にいた。そのため、着信にはすぐに気付いた。
「誰だろ」
雨宮はすぐに携帯を手にした。
すると、また着信が入った。まるで急かされているようだ。雨宮は苦笑いしながら確認に入った。
すると、そこには思わぬ人物の名前が表示されていた。
里奈だ。
彼女がLINEを送ってきたのである。
「えっ、嘘だろ」
雨宮は驚いた。里奈はコロナで苦しんでいて携帯などいじれる状態ではないと勝手に思い込んでいたのだ。実際は隔離病棟にいるため、携帯は自由に使える。ただ、本人の症状が重いため、いじる気分になれなかっただけだ。
「どうしたんだろう。一体。何を送ってきたんだ」
雨宮はすぐさま内容に目を向けた。一通目はトークだ。
ありがとう。
動画、見たよ。
打ち込まれていた文字はそれだけだった。絵文字すらない。おそらく、これだけ打つのも大変だったのだろう。そう思ったが、次に届いていたのは動画だった。
(何を撮影したんだ)
雨宮はすぐに動画をタップした。
すると、ベッドで横になる里奈の顔が映った。口には酸素マスクをはめていて、咳も出ている。かなり苦しそうだ。
動画、見たよ。
ありがとう。
いっぱい力をもらった。
私、負けないから。
頑張るからね。
咳き込みながら里奈はそう言った。
動画はそこで終了した。時間にして、二分ほどだった。里奈からすれば、それだけの言葉を絞り出すだけでも時間が掛かってしまうようだ。
(里奈。つらかっただろう。頑張ったな。でも、そんなに無理はしなくてもいいんだぞ。横になって安静しているんだぞ)
動画を見たことで雨宮の胸は熱くなった。あんなに苦しんでいるというのに、わざわざ動画を撮影して自らの声で感謝の気持ちを伝えてきてくれたのだ。里奈は女性なのだから、闘病中の姿など見られたくないだろう。元気になった姿だけを見てもらいたいはずだ。それなのに、闘病中のありのままの姿を送ってきたのだ。雨宮は彼女の気持ちを考えると、胸が痛かった。
(里奈。絶対に負けるなよ。頑張れよ)
彼は、その気持ちを早速文字に変えようとした。
が、そうしようとしたところで携帯がまた新たな着信を告げた。
相手は貴子だ。
コメントをもらいに行った際、彼女とは情報を共有するためにと連絡先を交換していた。すぐにチェックしてみると、内容は驚くものだった。
貴子の元にも、里奈からLINEが届いたという。動画によるメッセージも添えられていたらしい。しかも、それは貴子だけではなかった。同じ病棟で働いていた看護師からも次々と同じ内容のLINEが送られてきた。
(里奈。わかったよ。気持ちは。俺は信じているからな。その気持ちが現実に変わる日を)
里奈の強さを再認識しながらも雨宮は、送られてきたLINEに一件ずつ返信していった。
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