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研磨石のようなひと。


#私のパートナー

ワタシには二つ下の弟がいて。
喘息持ちで、もやしのようだと言われるような体格だったこともあり、弟は守られる存在だった。ワガママを言っても、何かができなくても
元気でいてくれたらいい、みたいな。

そのせいもあってか、長女特有のお兄ちゃんへの憧れは人一倍強く、大人になってからは年上のひとたちの中がすごく居心地が良かった。
そんなわけで、10歳くらい年上のパートナーに憧れていた。

しかし。
パートナーを探し始めたのはアラサーになってからで。そのときは、フリーな対象がどんどん減っていて、歳上のフリーはいないに等しく。

自分の世界とはまったく違う世界で夫と出逢った。しかも年下。

夫と結婚して、いろんなことを教わった。
まず、恵まれた世界にいたということ。
常識あるひとたちの中で守られていたこと。
だから、居心地が良かったのだと。

夫は東京の核家族育ち。
ワタシは曾祖母が同居していて、
近くに親戚がたくさんいる田舎育ち。
ご近所も身内のように付きあう中で18歳まで育ってきた。
同じ日本でも、環境が違えば、価値観も変わってくるわけで、夫に対して一番驚いたのは他人との境界線。

夫は家族の中でも、自分のテリトリーや自分のモノに対する線引きをする。夫は第一に自分のゾーン、ペース、心を守るひと。ワタシは真逆で、自分よりも人を優先してしまうタイプ。
みんなで使おう、食べよう、どうぞ、どうぞな感じ。

自分を第一にしたい夫と人を優先するワタシ。
出産前はこれでうまくいっていた。

ところが、新しい命が誕生し、問題は次々と発生する。
乳児最優先の慣れない生活。その上高齢出産。
ホルモンバランスも乱れに乱れ、常にイライラ。

核家族で、各自それぞれというスタイルで育った夫は、相手を察するということをあまり必要としない環境だったようで。
夜中のオムツ替え、夜泣きは高いびきで気づかない。
産褥期で言葉がうまく出てこないワタシに
「やって欲しいことはちゃんと言葉で言って。」と言い放った。

大丈夫?●●しようか?
なんて言葉は出てこない。
期待したワタシが間違い。

ワタシは人の気持ちを害することを恐れ、
言葉を口にする前に言っても大丈夫か、、、を考えてしまう。

でも、夫はワタシをイライラさせることを恐れない。ワタシがキズついても、キズつくと言っても、自分が言いたいことは言う。

人をキズつけることをものすごく怖がり、避けてきたワタシ。キズつけるくらいなら言いたくない。

でも、夫を見ているうちに

もう少し自分の気持ちを優先してもいいのかもしれない

と思うようになった。

そして、少しずつ意見をいうようになり
職場でパワハラに遭ったときも泣き寝入りしなかったし、仕事上で理不尽なことがあったときも淡々と話が出来るようになった。

夫と結婚しなかったら、ワタシはずっと都合のいい人として、疲弊しながら生きていたかもしれない。

夫に憤死と言う言葉の意味を体感させてもらえたからこそ、人を怒らせても、自分の気持ちを言う勇気を持てたし、だからこそ、人の気持ちをより深く慮れるようになった。

そして、思いや考えていることを分かち合える話が通じる人のいるありがたさにも気がつけた。

恵まれた中にいるだけでは気づけない、たくさんのことに夫は気づかせてくれる。

今世ワタシは、研磨石と言う存在をパートナーに決めて生まれてきたのかもしれない。

それは、きっと、人生を深く味わうために。



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