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「欲望」について

こんにちは、Nollです。
近頃、noteをよく触るようにはなったのですが、未だ使いこなせない事が多々あります。何かやらかしてしまうのではないかと思いあまりテキスト以外触れませんでした。(笑)
直近でダッシュボードという機能でレコードみたいなのが見られるのを知りました。すごいたくさんの方が読んでくださっているのに、驚きました。この場を借りて御礼申し上げます。

さて、今回の話題ですが「欲」について思ったことを書いていきます。極偶に見かけては、内心結構ショックを受けることがあります。それは、読書をする人から、「好きなことを好きなだけできるって幸せだよね」という内容を聞くことです。具体的に言うと「好きな作家の本を好きな時間に好きなお酒を飲みながら読むのっていいよね」というのです。

例えば、全ての娯楽を実行するだけの全部の条件が揃っていたとしましょう。やってみたら、わかると思うのですが後々ツケが回ってきます。「非行にはあの世にて制裁があるが、愚行には生きているうちに後々ツケが回ってくるものだ」と仰る哲学の大先生がいました。言い換えると、痛ましい事件が起きて直ぐには制裁がないだろうが、最後には報いを受けますよ。でも、自分で馬鹿な事をすれば、それは自分に返ってくるから気をつけましょうね。という感じです。そうですよね、好きなものを好きなだけ食べたら最後は太って動けなくなったり、病院のお世話になったりしますよね。好きなゲームずっとやっていたいが為に引きこもりになってしまって、運動不足がたたり、心筋梗塞が発症した、生活習慣病して苦しんだなどなどのツケを、追々取り立てられることになってしまうでしょう。しかもそれは、お金では返せないものだったりします。

欲望や快楽に忠実になって最後には醜く変貌する話があります。オスカー・ワイルドの書いた「ドリアングレイの肖像」です。ほかにもあるのでしょうが、この一冊がわりと強烈でした。序文にもう何が起こるのかあっさり書いてあるので、どんなものかと思う方はここだけ読んでも時間はかからないと思います。なぜか、見開き1ページに集約されているからです。(笑)あとはその詳細が、事細かに書いてあります。

書いた本人の経歴も凄いですが、親も凄かった。解説で初めて見たとき3回くらい見返しました。
母親は生まれる子が女の子であることを望んだが、実際は男の子だった。オスカーワイルドに罪はないので生まれてきた子を大事に育てるのかと思いきや、そうではありませんでした。女の子が欲しいというのを諦められずにオスカーに女の子の恰好をさせて可愛がった、というのです。発想がぶっ飛びすぎててどこから突っ込んでいいやらと思いました。その後、娘は誕生するのですが、熱病で幼いころに亡くなってしまったそうです。最初の子は自分の希望通りにしたいという願望にものすごくとらわれていたようです。

肝に銘じておくべきはこれがオスカーの母だから起こったことではなく、誰にでも起こりうることだという点です。自分の子を女の子に?そんなことしない、ではなく、自分が欲に忠実になり現実から目を背けようとすることがです。病気になった人はそれ相応の蓄積があって、その結果が表れてしまうのと同じ感じだと思います。なので、何でもかんでも叶えたいと思うのには慎重になるほうがいいんだと思いました。「欲を叶えるために、欲しなければならない。そのほうがよっぽど失うものが多い」、何で見たか忘れてしまいましたが、印象に残っているフレーズです。

最近、自分よりご年配の人と話す機会がありました。肝っ玉母さんみたいでしたが、ちょっとロマンチックな所もある面白い奥方様でした。その人と何故か恋愛&結婚トークになりました(笑)その人の信条は「好きになってときめいた人とずっと一緒に楽しく居られるのがいい、2人で何かを一緒にできるのを共有できたら幸せ。」というものでした。歯触りのいい言葉の連続でした。ホワイトチョコレートにたっぷりの蜂蜜と粉糖、クリームかけたくらいです。なるほど、と思いながら聞いていました。中々、聞けることではないので大変参考にさせていただきました。この信条、恋愛での陥り易いパターンな気もしました。恋をしている間はどんな事も気にならないけども、結婚となった瞬間に見えなかったことに目くじらを立てるようになるような。最終的になんでこいつとさえ見るようになるようなものです。でも、付き合う時点で相手が嘘をついていたら、表面的にわかることはわかるそうです。例えは、自分が禁煙であり相手もタバコ吸わないと言いながら、デートの時になんか変な臭いするなと思ったら実は相手が愛煙家がだったことが発覚して別れたということがあるそうです。(本当に盲目だとこれすら妥協できてしまうことが凄いですよね)

まとめますと、欲自体を良くないと言っているのではなく、叶えるほうが成長に繋がる事はするのがいいと思いますが、そうじゃない欲は疲労を招くだろうから気を付ける、しないようにする事に越したことはないなということです。

「自然に従って」
「隠れて生きる」


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