どこかの誰かのひとりの心に刺さればそれでいい
書きたいことを書いて、それが誰かに読まれるのか。
それとも、より多くの人に読んでもらえそうなことや話題を選んで書いて、読んでもらうのか。
noteを始めてからいかに、
承認されることが難しいかを実感した。
noteに限ったことじゃなくて、インスタとかYouTubeとか、
今この世の中に溢れているSNSや本には全て当てはまるんじゃないかなあ、と。
なんだが、ウケそうなものが沢山発信されているこの世の中の渦の中で、それとは違う純粋なものが見つけずらくなってしまうんじゃないかって、
そもそもその違いにすら人々は鈍感になっているんじゃないかって。
それは悲しいなあ。
とかく私は、誰かに認めて欲しいのが理由で
noteを始めたわけでも、SNSをやっているわけではないけれど。
それでも、noteのスキのおしらせ通知が来るのはなんかキュンとする。
わあー、どこかの知らない誰かが私の心の言葉を読んでくれて、スキというボタンを押すところまでしてくれたんだなあ、って。
キュン。
私がスキと思った本の作者は、書きたいことを書いてくれたのだろうか。
それともウケそうと見込んで書いたものに、まんまと私は引っかかっただけなんだろうか。
自分の感性は信じたいから、後者だったらぴえんだ。
ビジネスやマーケティングには向かない考えなのかもしれないけれど、
多くの人に良いと思われるよりも、
誰かひとりや、大事な大好きなたったひとりの人に、
深く心から良い!スキ!って思われる方がよっぽどよっぽど私の心はきっと満たされるなあと思う。
だから書きたいことをこれからも書こう。
その、心から良い!って思ってくれる人が、
未来の自分だったら尚更良い。
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