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#未来
未来2018年7月号掲載6首
変はりばえせぬも四月は新しき靴の硬さを支へに歩む
六点の触れて解るといふ光「メ」の目に似たる総凸を撫づ
司書資格三十円の上乗せを積みて美しき歌集を買はむ
寄り添ひたし酢飯を抱ける寿司種の寂に耐へつつ生身のままに
花すべて風に与へてここからが本番だらう樹木のいのち
バスが来る行き先示す真つ白な文字はつきりと近づいてくる
「未来」に投稿した最後の歌です。国会図書館に納本されているものを閲覧
未来2018年6月号掲載9首
いくつかの水場にちなむ名の駅を過ぎて列車は都心へ走る
大久保のレジの人らの名札にはにほんご読みのかな書かれをり
隣席は面接らしく最近は厳しいからねとビザの話を
追ひ抜けばまた追ひつかる春もやを東へ向かふごみ収集車
あかねさす明治通りよ対岸の都営団地は朝の静けさ
シャッターは下りたままらしはるかなる昭和の団地一階店舗
逃げるならひかりのはうへ今朝もまた〈緑の人〉の影を確かむ
すくふとは
未来2018年5月号 掲載7首
だぼだぼとこんな地上に落ちてきたのに雪明り 安堵のやうな
まだ呼吸(いき)をしてゐるものの明るさに出迎へられてスーパーに入る
サワークリームオニオン味のを手に取つて戻す おほかた判つてしまつて
「あの人も図書館のひと?」少年の指さす窓が鳴る 風もなく
母親のだといふコートがしつくりと馴染んで あなたは年下の兄
この感情はおそらくは水 漏れ出だせば滴となりて底ひを穿つ
だが今は波立つのみ
未来2018年4月号 掲載8首
なぜそんな姿になつた左手にかぼそく立ちつぱなしの心
報酬につり合はぬゆゑ肩が凝る板金のやうな責任を負ひて
降りやまぬ雨を知らない者たちがやまない雨は無いなどと言ふ
忠実にならむとすれば何もかも手放したがるわが欲望は
就活のご縁てなんだ歯車に稲の一把が腰ふかく折る
志にしたごころありそれが何 胸を張らねば背筋から病む
枯れ木とは呼ばせぬ気迫 神木の欅に倣ひて凛と立つべし
地下道のポスト
未来2018年3月号 November Steps
November Steps
ひとりでは耐へられなかつた喧噪の谷をひとりとひとりで歩く
おもしろいくらゐつるつと終電を逃して渋谷霜月の夜半
光る地図たどればカフェのことごとくカフェの跡地となれり渋谷は
さつきからこの路地に聞く呼び込みの水鉄砲とは何の喩 寒い
そろはないスロットの絵の三人が囲むガストの壁ぎはの席
端つこをわけてもらつたふかふかのホットケー
未来2016年7月号-笹の葉ラプソディ-
笹の葉ラプソディ
はるのひのかすむ渡り廊下からひかり ではない黄色信号
既視感(デジャヴ)とは違和感でなく笹の葉の向こうに南の星座がうるむ
親のいない設定という宇宙(コスモス)に向かい合えばなお寂しいふたり
全力でエンターキーを叩くのはきみの名だけがコマンドだから
変わる気がしたんだ夜の校庭に石灰の匂いぶちまけたなら
きみの指が「禁則事項」とささやいた天の川(ミルキーウ
未来2017年2月号 鎌倉吟行二〇一六秋
鎌倉吟行二〇一六秋
看板を杜のみどりに装ひてファミリーマート由比ヶ浜店
晩秋の雨消えなづむ径のやう文学館の信綱の手蹟は
はなびらにはなびらの影深くまで紅き薔薇は「流鏑馬」といふ
長谷寺のフランス人の団体が旗の代はりに振るこひのぼり
藤袴のひとつひとつの白ひかる土産物屋の金平糖に
相模沖にけむる伊豆大島の影あるいは巨大な〈しつぽ〉持つもの
水際までの近さを言へば青年はかつての恋の
未来2017年3月号 あを
あを
浅漬けを三つ頼んだ二次会にからあげ好きなあの子の不在
やきとりが串を抜かれてだれてをり誰がはじめた不作法だらう
安酒にしづめた梅はなじむとふやさしい浸みに侵されてゐる
やくそくの誤断活用やけくそにちぎりては知る夜の深さを
焼き尽くすことは浄化と覚えたりはるか東に震ふ天狼
丑三つの祈祷 トムヤムヌードルの緋色の粉にそそぐ熱湯
乾ききる風からからとわたくしの喉に枯れ葉の吹き溜
未来2017年4月号掲載9首
群鳩のしづもる都立公園を囲む団地に底冷えの色
チェロバスの開放弦の響きもて暖房入りぬ始業の刻に
「ここでCDレンタルしてると聞いたの」にハイと即座に言へざりわれは
相槌を よりふさはしい否定語をさがしあぐねた結末として
鶏の絵を求むる人に畜産と児童書架より鶏かきあつむ
スクープあり。黒地白抜きゴシックのされど無音の平原にあり
「音訳者(われわれ)は誤植もそのまま読むべき」と会長の声凛と
未来2017年5月号 さくらと呼べば
さくらと呼べば
遠足の小学生が乗つてくるああまぶたとは感情の蓋
大海に笹舟はなすかのごとく貸出票をシュレッダーへと
フィボナッチ数列状の混沌の収束までを年度末とふ
B4がうまくいかないコピー機の咬んだ紙ふつつりこときれて
まず何を護るのだらう八万の蔵書すべての崩れ落ちなば
はなびらは吸ひつくやうに重なつて合はせ鏡の果ての昏さよ
一冊の絵本の表紙の湛へたるひかりよ小さき手に差し出
未来2017年6月号 題「階段」ほか
題「階段」ほか
美術科の校舎に入れば踊り場に啓示のごとく薄日はさしぬ
林立せるビルにも非常階段は潜めり塔の遺伝子ならむ
うなだれて亡者の輪舞エッシャーの階段上に五十七年
アカウントひとつ増やしてなお拡ぐ段差みづから転げ落ちたり
恥づかしき記憶のあまた突き落とせど這ひ上がり来て足首つかむ
錆の浮く手摺に指を沿はせたりかの日かの時人と別れき
送られしキウイひと箱わやわや
未来2017年7月号 PP(ピアニッシモ)
pp(ピアニッシモ)
うしろ手に扉を閉めてしんしんとそびらは春のうらがはを知る
こんなにも心に近き両耳が扉をもたぬ部屋だつたこと
言ひたきを言はず冷えたるドアノブを握り直してここを出てゆく
道行きの果ては知らざり群青の月夜の海が扉絵にある
運命よ もしも扉を叩くならpp(ピアニッシモ)のボレロで頼む
春風の棲み家のやうでノックして開きたり両毛線の扉を
未来2017年8月号 街と町
街と町
下谷から釜無村へのみちゆきに談志は三度(みたび)「まつつぐ」と言ふ
眺むるは良し電波塔 在りし日の業平橋の駅舎思ほゆ
落合は川のおちあふところとぞ 男神女神のすがた仄見ゆ
星団と思ふ 淀橋角筈に聳ゆるもののいくつかの青
芝浜はゆかしき名なり新しき駅とし生(あ)るるを夢と思はず
みづからの骸を抱く粗忽者 然てとうきやうはいづくにかあらむ
二〇××年×月×日
未来2017年9月号 昌平黌の跡問へば
昌平黌の跡問へば
そのかみの生徒の書きし学園歌 項羽の絶句が本歌とぞ知る
おぼつかぬ小筆の先にて名を書けばゆの字ゆらゆら琉金となる
四限目のプールのあとの濡れ髪のけだるくとほく音読のこゑ
地理学の教官不在のひと月に「ホロコースト」を見てゐしわれら
みそ汁の煮干しのわたを取るときの無心なつかし調理実習
ツユクサも硫酸銅も美しく青沁みてゆく中二のわれに
教室のひとりひとり