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「知りたいこと」

浦島太郎なんていない。

浜辺でいじめられていると、颯爽と現れていじめっ子たちを追い払ってくれる、そんな人はいないって事、祐希はずいぶん前からわかっていた。

お礼として案内できる竜宮城も知らないし、美しい乙姫様も知らない。
そんな自分に、浦島太郎が現れてくれる訳がないのだ。


体育の授業が終わり、着替えを済ませた祐希は自分の席についた時、また異変を感じた。
ゆっくりと机の中の教科書を取り出すと、それはずぶ濡れになっている。

「、、、、」

ノートは少し濡れた感じだったが、開くとほぼ全ページにマジックで大きな文字で落書きされていた。

"死ね""なんで生きてるの""価値なし人間"

祐希がゆっくりノートを閉じた時、後ろの方から、横の方から、クスクスと笑う声が聞こえた。
祐希はもう、笑い声のする方へ顔を向けようとしない。こんな事でニタニタしてる連中の顔を見たくはなかった。

教室の端では、祐希の幼なじみの飛鳥とみなみがそれを見ている。でも、どうして良いかわからないのか、俯いたまま、じっとしていた。


学校の近くにある大きな川。
帰り道、祐希はその川辺に寄り道した。
先日の大雨で川はいつもより激しい顔をしていた。

「浦島太郎がいるなら、今来てもいいよ」
そうつぶやいた後、靴を脱ぎ、ゆっくりと川の流れへ向かって歩みを始めた。

足首、ひざ、、、太もものあたりまで水に入った時、足に何か当たった。

何か箱のよう?
祐希はしゃがんでその箱を持ち上げる。両手で抱えるのがやっとの大きさ、木でできているようだがそこまで重くない。

祐希は川辺まで戻り、その箱をまじまじと見た。直方体、、全部の面には何かしらの彫刻がある。上の方が開くような作りで、一見すると宝箱のように見える。
祐希は何故かうれしくなり、それを家まで持ち帰った。


孤独をわすれたいのか、常にテレビをつけっぱなしにしている祐希の部屋。机にタオルを敷いて、丹念に丹念に拭きあげた。なかなか綺麗なつくりではないか。

妙に気に入った祐希はこれを、「玉手箱」と名付けた。

さあ!
ゆっくりと蓋を開けてみる、、、、

中から少しの煙と共に小さな女性が出てきた。半透明で、向こうが少し透けて見える。3Dホログラムのようだ。
下半身は箱の中へ入っていてよくわからないが、身長はせいぜい30センチくらいだろうか?羽根後ろに隠れてるようでよく見えないが、それは小さな妖精のようでもある。

驚く祐希にその妖精のようなものが話しかける。

「ありがとう!おかげで助かったよ!」
なんのこと?あ、川から拾ったから?

「私はミヅキ。よろしく!」
目をパチパチしている祐希に、ミヅキは楽しそうにある物語を話し始める。それは架空の世界の幸せの話、、、

「これから、いつでも楽しい物語を聞かせてあげるね。いろんな世界があって、楽しいよ!」

祐希は少しワクワクしながら眠りについた。

するとすぐ、つけっぱなしのテレビから、サバイバルナイフを使った通り魔事件で5人が死傷したというニュースが流れた、、、



それから毎日、寝る前に玉手箱を開ける日が続いた。楽しい話、悲しい話、怖い話、、毎日様々な物語が聞けて楽しかった。

ミヅキは身振り手振りで物語をおおいに盛り上げながら話すのだった。

話が終わるといつも必ず、つけっぱなしのテレビからはサバイバルナイフでの殺傷事件のニュース流れていたが、祐希はいつもそれに気づかず眠りにつく。



次第に祐希は学校に姿を現さなくなった。

部屋で、物語を聞くことの方が楽しくなったのだ。

もっともっと!お願い聞かせて!と、ミヅキにねだると、何度でも物語をはなしてくれる。
物語と自分を重ね、主人公になったような気がしていた。

そして、そのたびにつけっぱなしのテレビからは殺傷事件のニュースが流れるが、祐希が気付く事はなかった、、、




下校前のホームルームで担任の児嶋が言った
「最近、物騒な事件多いから気をつけて帰るように」
それも気になるが、飛鳥とみなみは学校に来ない祐希の事も心配になっていた。まさか、襲われたりしてないよね?



夕陽が差し込むのを拒否するようにシャッター雨戸を下ろした祐希の部屋。

いつものように箱を開けた祐希は中を見てハッとした。

大きなサバイバルナイフが妖しげな光を放っていたのだ。
それを見ている祐希の背後に青白い顔をしたミヅキが、祐希を見下ろすように立っている。ゆうに2メートルはあるだろうか、、

気配を感じ、祐希はゆっくりとその方向を向く。

「さあ、あなたが主役になる番よ!」

ミヅキはそっと手をのばす。
祐希は誘われるように手を差し出した。
手と手が触れた時、祐希は鳥肌が立つのを覚えた。"冷たい!"思わず手を引っ込めようとしたがミヅキはすぐさま手を逃さないように掴んだ。

「さあ早く!早く!」

不敵な笑みを浮かべて祐希にせまる。
ミヅキの背中からコウモリのような真っ黒な羽根がバサッと広がった。
もう逃げられないかも、、、
自分の意思なのかどうかはわからない。もう片方の手が、吸い込まれるようにサバイバルナイフへと向かう。


その時、大きな音を立てて部屋の扉が開いた。

「祐希!」
飛鳥とみなみだ!飛鳥は手にしたバットを振りかぶり、玉手箱目掛けて振り下ろす。

フハハハハハ、、、!
ミヅキは羽根を大きく羽ばたかせ、大声で笑った。部屋の中のものが全て吹き飛ぶような風がおこり、祐希たち3人は顔を伏せた



風が収まったのを感じ、ゆっくりと顔を上げた祐希たち、、、
飛鳥の振り下ろしたバットは結城の机を直撃していた。机に破損は見られるが、玉手箱は無い。

3人は顔をみあんせた。
声には出さなかったが、お互いの無事を確認した。

「勝手に上がってごめんね、祐希、最近来なかったじゃん、、、」
飛鳥は祐希の目を見て言った。
祐希はまだ少し震えていたが、飛鳥をじっと見ている。
「ありがとう、、」祐希は安心したかのように大粒の涙をこぼし、うつむいて泣き続けた。

飛鳥は祐希の肩を抱いた
「いつも、、助けてあげられなくてごめんね、、、」
祐希は首を横に何度も何度もふり、飛鳥の胸に顔をうずめ、声をあげて泣いた。


みなみは窓を開け、シャッター雨戸を上げた。
夕陽は夜空に変わり、星空が優しくこの街全体を包み込んでいた。

「あ、流れ星」

みなみがそうつぶやくと、飛鳥も祐希も窓の方へ顔をやった。

この部屋にも夜空が広がるような、そんな感じがした。





イメージ楽曲
乃木坂46
「知りたいこと」
2018年発表
「帰り道は遠回りしたくなる」収録

楽曲参加メンバー
齋藤飛鳥、星野みなみ、山下美月、与田祐希

こんな私に少しでも興味を持って頂き、本当にありがとうございます😊あなたにも笑顔が届きますように⭐️