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思考よ、止まらないで

「俺、辞めることになったから」と言われた。七月の二日の話だ。三日経ったけど涙が止まらなくてまだ落ち込んでいる。気が緩むと蛇口を捻ったように涙が止まらない、職場の先輩、友人、家族に色んな人が駆けつけて励まして慰めて話を聞いてくれているけど涙が溢れ続けている。


私が入社した時からずっと仕事を教えてきてくれた上司があと、二ヵ月でいなくなる。事情は聞いたら納得するしかなくて仕方のないことだった。

上司は度々noteに出てきたこともある、私の支えであり憧れであり人生の道しるべのような人だ。何があっても守ってくれた。助けてくれた。味方でいてくれた。叶えたい夢やこうしたい、ああしたいという想いを形にするために力を貸してくれた。色んな経験も失敗も成功もチャンスも与えてくれた。何より自分の持てる知識も時間も成長速度の遅い私に惜しみなく全て授けてくれた。仕事の仕方ではなく生き方や楽になる考え方、俯瞰すること、思考が感情に支配されない方法、AIが日々進化する中で勝ち残っていける人材の在り方、自由であること、素直で正直に生きること、負けそうになったり逃げたくなった時にすること、言葉では文字では書き出せないほどの物事を教えてくれた。

私の日々の様子から潰れそうになるとご飯に連れ出し、いつも帰る頃には全ての不安が払拭されているくらい心強い人だった。どんなに忙しい時でも時間を捻出して電話で何時間も話を聞いてくれたり、仕事中は厳しくでも必ずフィードバックをしてくれて分からなければ文字で文章で、私という人間に合わせた言い回しや例えでヒントを与え、全ては言わず、自分で試行して考えて答えに行き着くような仕掛けを沢山散りばめながら経験を積ませてくれた。

そんな上司がそばにいたから、私は七月の一日に入社して一年三ヵ月で会社の統括主任となった。入社したばかりの私に仕事を教えていくうちにいつか、私を上にあげて組織を作りたいと上司はずっと考えていた、それは会社の為にも、利益を上げられる人間だと私を見定めてくれたからであり、それとは別に、私に生きていく上でそういう経験をさせてやりたかった。という上司の想いも含まれていた。

これからやっと始まる、スタート地点に立てたと思ったその次の日に上司が辞めることを知ったのだ。これからって時に、やっと培ってきた力、思考力、経験を活かしていく矢先のことだ。ショックの一言では片づけられない。言葉を失い、涙が溢れまともに仕事すら出来る状態でもなく歩いていてもお風呂に入っていても何をしていても涙が止まらない。一生分の涙を流しているのではないか、というほどの量だ。

上司は謝りたいと私に言った。「ここまで育てたのに、これからだったのに、最後まで教えられなくてごめん。本当はここから巣立っていく姿を見たかった。辞めることを考えて決める今日までずっとお前だけが気がかりで葛藤していた。もう大丈夫だろうと思う反面、俺がいなくて大丈夫かなって不安もある。でも自分が抜けてもシステムが回り続ける為にお前を統括にしてこの組織を作ったんだ。」

子供を諭すようにゆっくりと丁寧に言葉を選びながら説明してくれた。そんなこと言われたら辞めないでとは言えなかった。本当はやめてほしくない。もう少しだけ自分の成長を間近で見ていてほしかった。もっと褒めてもらいたかったし厳しくしてほしかった。上司のいなくなったこの会社になんの価値があるのか、私はやっていけるのだろうか、何より一番はシステムやそんなことじゃなくて、上司の存在が感じられなくなること、いなくなることに慣れていくこと、お菓子をもらったり話を聞いてもらったり、娘のようだと大切に育て可愛がってくれた人が傍から離れていくことの悲しみに耐えられないかもしれない。

二ヶ月後に上司が去りその後に私がすぐ辞めたら今まで教えてくれた物事や費やしてくれた時間も何もかも全てが無駄になってしまう、せめて残してくれた形を確実に動かして正しく機能させ、役割を果たし、上司がいなくても私がいる、私がいれば大丈夫だ、と思わせるくらい大きくなってから次に進みたい。

上司はいつも言っていた。「俺が人に仕事を教えるとき、育てるとき、それはただ作業やその会社での働き方について教えるんじゃなくて、どこに行ってもどんな業界に行っても通用する人材に育て上げることだ。でもその為には教わる側の人間の姿勢が大切だったりするんだ。いくら教えても人の考えを受け入れられない人や、飲み込めない、素直に試したり実践できない奴は一定数いる。時には教えていた人でも自分の考え方が変化していくことに耐えられず離脱した奴もいた。お前はとにかく素直で空っぽだった。教えたらちゃんと吸収して育つような気がしたからやってみようと思ったんだ、だから俺のやっていること、言っている事を全て見逃さずに聞き逃さずに記憶しろ、脳に刻め」と。

上司は五年前にこの会社に来た時、もう二度と人に仕事を教えるということはしないと決めていたらしい。もうゆっくりただ大人しく仕事をして帰るだけの生活をしようと決めていた。でも一年三ヵ月前にやってきた私に沢山いろんなことを教えてくれた。「お前は最後の弟子だよ。人にいろんなことを教えてきたけどここまで感情を込めて細分化して本質まで教え込んできたのは初めてだから、すごく特別なんだよ。」

こうやって書き出していると沢山の事を思い出す、挫折して立ち直れるか危なかった時も、小さなミスを重ね凹んだ時も、もう辞めさせてほしいと泣きながら頭を下げたこともあった。それでも絶対に背中を押してくれた。

上司からもらった言葉の中でずっと大切にしている言葉がある。ずっとずっと毎日言っていた。
「思考を止めるな」この一言だけ

そして添えるように教えてくれたもう一つの言葉は
あなたの人生の幸福は、あなたの考え方の質によって決まる。
これはマルクス・アウレリウスの言葉だ。


常に考えろ、疑え、物事を平面に見るな、色んな角度から見て聞いて触って確かめて自分の脳で考え抜け。

人の成長が止まる時、それは思考を止めた時だと上司はいう。
ここまでやったから、こういうものだから、しょうがない、決まったことだから、普通はこうだ、みんなが言っている。これらは全て他責思考でしかない。

変わらなかったのは本気で変えようとしなかったから
それに伴うリスクや責任を背負う覚悟がなかったから
言い続ければ考え続ければ変わる
俺はそうやって実現させてきたし事実変わってきた
そしてそれを間近でお前にも周りにも見せてきた
個人の力で会社なんていくらでも変えられる

実際、上司が入社してからの会社は売り上げがウン千万と上がりボーナスもきちんと出るようになり従業員の残業は確実に減り、システムの構築やコストカットなど、おそらく金額にしたら鳥肌が立つようなレベルの功績を収めている。

いつも思っていたのはなぜそんな凄い人がこんな中小企業にいるのか、もっと大手の沢山お金がもらえて凄い会社に行って凄いことが出来るほどの能力があるのに、実際、上司の元にはそのようなオファーがとてつもなく来ている事を知っていたし辞めないでほしいけどこんなところにいるような人じゃないと思っていた。それでも上司は興味がないと見向きもしなかった。

「お金を稼ぐのは悪いことじゃない、寧ろ良いことだ。良い車に乗って、高級な時計をつけて、ブランドのスーツを着て、いいモノを食べて、そんなことをしたこともあったけど結局そこに価値は感じられなかった。俺の価値は金で決められたくないしそんなもんじゃ決まらない。こういう小さい会社でめぼしい人材を見つけて教えて育てて、それが成長していくのを見るのが一番楽しいし価値を感じる」

上司がいなくなるまでのあと二ヵ月、俺から沢山吸い取れと言われた。俺からどれほどの事を引き出せるかはいつも思うけど相手にかかっていると思う。お前次第だよ、おまえならやれる。そう言ってくれた。

私は上司の事が本当に大好きだ、いつもお前は何がやりたい?何がしたい?と聞かれていたけど今、答えるならば私は上司のように原石を見つけ、教え育てたい。出来れば上司が出来なかった巣立つというところまで見届けたい。自分が教えてもらってきたこの沢山の財産を自分だけで終わらせるのではなく、誰かにアウトプットすることで自分もまた共に成長したいと思っている。

上司にとっていい部下とは自分が上がると同時に一緒に上司と上がっていける人間なんじゃないかな、と言われたこともあった。これは大きなヒントだった。上司の仕掛けてくれた色々な言葉やヒントはまだ答えに辿りついていない事ばかりで、きっといなくなった後に答えに行き着くこもあるだろう。まだ悲しみの中から這い上がれないでいるけれど、ここから抜け出した時、私は確実に大きな進化と飛躍を遂げると思っている。上司が見込んで育てた私だ、なんだってやれる。

思考を止めない限り、私は進み続けるのだ。


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