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侠客鬼瓦興業 70話「三波とマライアさんと西条竜一」

「三波君、ところでさっきのことだけど」
「はい?」
「ほら、さっきあのテキヤの男が言っていたマライア?だったか、君、覚えがあるのか?」
「マライアですか?ふふ・・・」
保育園に戻る道すがら、沢村の問いに、イケメン三波はさめた顔で笑った。

「覚えがあるのかって、副園長あんたもよーく知ってる女ですよ」
「私が知ってる?」
「知ってるどころか、さんざん世話になった女でしょ」
「も、もしや!?」
「横浜の保育園に勤めてた時の俺の元彼女、真里絵、覚えてるでしょ・・・、あんたと俺が知り合うきっかけだったかな、ははは」
「真里絵!?」
沢村は驚いた顔で三波を見た。

「しかし世間は狭いっていうか、まさかあんなところで俺が始めてコマシタ女の名前がでてくるとは」
「マライアっていうのか、真里絵ちゃん?」
「ああ、川崎じゃちょっと有名らしいよ、それにしても真里絵にはマジいい思いさせてもらったなー、スタイルも抜群だったし、たっぷり金も貢いでもらったしよ」
「まったく、根っからの悪だな君は・・・」
「悪?」
「沢村さん、その悪の女相手にあんたもさんざんいい思いさせてもらったんだろ、援助何とかってやつでよ」
「み、三波君、そ、その話は・・・」
「ははは、分かった分かった、今のあんたには人に知られたくない、過去の話しだよな」
三波は沢村の困った顔を見てにやけた後、ふっと氷のような目で
「それにしても、あのたこ焼きやのガキ人に恥かかせやがって、絶対にただじゃすまさねー」
ぎりぎりと歯がみしながら遠くを見つめた。


そのころ、僕たちは祭りの終わった境内で、後片付けをしていた。
「あ、めぐみちゃん、それ重いから」
僕はめぐみちゃんから赤タン道具の木箱を受け取ると、車に向かって歩き始めた。
「疲れたねー、吉宗くん」
「うん、忙しかったからね」
「そうだね、それにいろいろあったしね」
めぐみちゃんは隣を歩きながら、意味深な表情で僕の顔を覗き込んだ。

「ねえ、吉宗くん」
「え?」
「さっきは、何であんなに怒ったりしたの?」
「そ、それが僕にも・・・、ただあの三波って人が許せない、そう思った瞬間勝手にあんな怖いことを」
「優しい吉宗くんが、あんなに大声で怒鳴ったりして、びっくりしちゃったよ」
「うん、ごめんね、僕もすごく反省してるんだ。本当にごめん」
「ううん」
めぐみちゃんはそっと首を振ると、しばらくだまって何か考え事をしていた。
僕はそんな彼女をどきどきしながら、横目でちらちらと見ていた。

「ねえ、吉宗くん」
「は、はい!」
「マライアさんって綺麗な人のことだけど」
「えっ!?」
「あの人って」
「・・・?」
僕は額に青筋をたらしながらめぐみちゃんを見た。しかし、彼女はそれからしばらく無言で何か不安そうな表情をうかべながら歩いていた。

「あ、あの、めぐみちゃん?ま、マライアさんがいったい」
僕はたまらずそう尋ねた、しかしめぐみちゃんは
「えっ?あ、ううん、何でもない」
うつむきながらつぶやいた。

(めぐみちゃん、ご、ごめん、ごめん)
僕は心の中で何度も謝り続けていた。そんな僕にめぐみちゃんが
「あの、吉宗くん」
「え?」
「あの、私」
「・・・・・・」  
「・・・信じて・・・るからね」
小さな声でそっとつぶやいた。

「え?何?」 
「ううん、何でもない・・・」 
「ど、どうしたの、今なんて言ったの?」 
「何でもない、何でもない」
めぐみちゃんはにっこり笑いながら両手を横に振った。
「変だな、どうしたんだい?」
「ううん、本当に何でもない、それより吉宗くん今日これから時間あるかな?」
「時間?仕事も終わったし、後は会社に帰るだけだけど」
「それじゃ、片付け終わってから、お慶さんのお店行ってみない?」
「お慶さんの店?」
「うん」
「別にかまわないけど」
(・・・って、そう言えばお慶さんの店って、風俗のお店が立ち並ぶあの堀之内の中、おまけにハメリカンナイトのすぐ近く)
そう思ったとき、ふっと嫌な予感が僕の背中に走った。

「よかった、久しぶりにお慶さんに会ってみたいし、ユキちゃんの事とか、いろいろ話したいことがあるし、ね」
めぐみちゃんはそう言うと、僕の不安の心をよそに、いつもの可愛い笑顔でニッコリ微笑んだのだった。


イケメン三波、そして春菜先生が勤める、ひばり保育園は、夜の仕事をもったお母さん達のために、夜間保育の子供たちも預かっていた。
三波と沢村が園に戻ったとき、中では小さな子供達の楽しそうな笑い声が響いていた。
「園長、ただいま戻りましたー」
三波が教室のドアをあけると、数名の園児が長い髪を後ろで結んだ大柄な男の背中にまたがって、うれしそうにはしゃいでいた。

「さ、西条さん!?」

三波の言葉に、子供達の下にいたその大柄な男が振り返った。
「おーう、これは三波くん、それに沢村はん、久しぶりやのう!ははははー!」
「な、何やってるんですか、ほら、みんなお客さんだぞ、お、降りなさい」
「えー三波先生ー、もっと怪獣のおじちゃんと遊びたいよー」
「そうだよー、まだ怪獣ごっこの途中なんだよー」
「ほら、我がまま言わないで」
三波は困った顔で西条を見た。 
「はははは、ええわ、ええわ、わいも久しぶり、こまいころに戻ったみたいで、楽しませてもらってるんや」

「で、でも、西条さん」
「何や、沢村はんまで、気にせんとってやー、ほれー次は仮面ライダーごっこやでー!おっちゃん、ショッカーやったるから、みんなライダーや!、ははははー」
西条と呼ばれるその男は、楽しそうに笑いながら子供達と遊び始めた。

「おかえりなさい、研二さん」
沢村と三波の後ろから初老の女性が声をかけた。
「あ、姉さん」
「西条さんでしたね、研二さんのお友達の・・・、さっきからずーっと子供達と遊んで下さってるんですよ」
「はあ」 
「お優しい方なんですね、あの方」
沢村が姉さんと呼ぶ初老の女性は、ひばり保育園の園長だった。彼女はにっこり微笑むと、手にしていたお菓子をそっとテーブルの上に置いた。
「はーい、みんな、おやつの時間ですよー」
園長の言葉に子供達は西条の背中から飛び降り、一目散にテーブルに集まってきた。
「何やー、みんな怪獣のおっちゃんよりおやつかいな、はははー、しっかりした子供達やのう」
西条は笑いながら立ち上がると、沢村と三波のそばへ歩み寄った。

「ご、ごぶさたしてます西条さん!!」
三波が深々と頭をさげた。
「どや、あんさんも仕事がんばっとるかー、はははは」
「あ、はい」
「ほうか、ほうか、そらあええこっちゃー」
西条は大声で笑いながら、三波の背中をポンッと叩いた。

「あの西条さん、こんな所では何ですから、ちょっと別の場所に・・・」
「何やー、沢村はん、ワイはここで話ししてもええんやがな」
「いやあの、ここでは」
「ほうか、ほいたら、外で茶でもしに行こうか」
西条は大声でそう言うと、おやつを食べている園児に声をかけた。
「おーいお前らー、また遊ぼうなー!」
「怪獣のおじちゃん、また来てねー」
「ばいばい、おじちゃーん!」
「おう、みんな好き嫌いせんと、いっぱい食べて大きくなるんやでー!」
「西条さんでしたはね、いろいろ子供たちがお世話になってありがとうございました」
子供たちの隣で園長が深々と頭をさげた。
「いやいや、ワイも楽しませてもらいましたわ、ほいたら園長先生、また来ますわー、ははは」
西条は明るい声で笑いながら、教室の外へ沢村たちと共に出て行った。

「あ、あの西条さん」
保育園の門を出たところで、沢村がふるえながら西条の背中に声をかけた。
「何や、沢村はん」
「あ、あの今日は突然、ど、どういったおもむきで?」
「どういったおもむき?」 
西条は立ち止まると、今までの笑顔とは打って変わった恐ろしい蛇のような顔で沢村を睨み据えた。
「ワイがきた理由言うたらきまっとるやろ、今日はあんたに貸した銭の返済期日や、用意できとるんやろ?沢村はん」 
「・・・あ!」
「あっ!やないやろ、あ!や」
「あ、あの、実はそれが」
「実はって何や沢村はん、冗談はあきまへんでー、あんさん先月約束しましたなー、来月こそはきっちり元金と金利そろえてお返しするって」 
「・・・・・・」
「なんや、でけへんのかいな、せやったら仕方ありまへんな、約束通りこの保育園の土地空け渡してもらいまひょうか?」
「あの、そ、それが」
「それが何や?用意でけへんかったらこの土地明け渡す、あんたワイから銭借りるとき約束したはずやな」 
「あ、あの・・・」
「何や?」 
「そ、それが、前にお話したとおり、この土地の半分と建物はすべて姉のもので、それに権利書も姉がしっかり握って放してくれないんです」
「あんたの姉さん?さっきのおばはんかいな、ほいたらこの建物の中で、あのおばはんが頑張っとるかぎり、ここは売るに売れんちゅうことか?」
「あ、はい」
「なにがハイやボケ!人事みたいに、あんたには知恵いうものがないんか?」
「ちえ?」
「そうや、よう考えて見いや沢村はん、いくらおばはんが頑張っても、この建物がなくなれば権利は土地だけや、あんたと半々やで、そうなればあんたもでかい顔で権利主張できるやろ?簡単な答えやないか」
「建物がなくなれば、権利を?」
「そうや」
西条は、蛇のような目で保育園を見た。 
「ここは死んだあんたの親父さんが建てた、歴史ある保育園言うとったな」
「あ、はい」
「何が歴史や、ただの木造のおんぼろ建物やないか、こらあ火でもつけたらよう燃えるやろうな、ははは」
「火をつけるって!西条さん、ま、まさか」
沢村は青ざめた顔で西条を見た。

「何や?沢村はん、あんた何ぶっそうなこと考えとるんや、あかんでそんななことしたら、あかんあかん、はははは」
「そうですよね、は、はは、ははは」
「何、笑っとるんや、そんな余裕あるんか?おう沢村!」
「す、すいません!」
「この土地で銭返せない言うなら、そん時はあんたの体で払ってもらうしかないんやで」
「体って、あの?」
「あんたパスポートもっとったな」
「は、はい」
「せやったら、ワイと一緒に明日からアジア旅行なんてどうや?ついでにあんたの腹黒い体の中身でも売り飛ばしてのう、ええアイデアやろ?」
「体の中身?」
「腎臓、肝臓、そのほかもろもろや、心配はいらんで、死なん程度に売り飛ばせば三ヶ月ぶんくらいの金利にはなるかの、まあ、万が一、あんたが死んだときは、あんたにかけとる保険金で借金はゼロにしたるわ。ははは」
西条はうれしそうに目玉をぎょろぎょろさせた。 
「・・・そ、そんな・・・」
沢村は震えながら西条を見たあと、あわててひざまずくと、地面に頭をすりつけて必死に謝りはじめた。
「どうか、どうか、それだけは許して下さい!も、もう少し、もう少しだけ待っていただければ、なんとか」
「なんやー!?」
「もう少しだけ、もう少しだけ」  
必死に謝る足もとの沢村を見ながら、西条はみるみる悪鬼のような表情へ代わった。

「おい、なめとるんか?われ」
「・・・・・・」
「なめとるんか?聞いとるやろ」
「いや、そ、そういうわけでは・・・、出来ましたら、もう一月待ってもらえれば何とか」
「何とかって何や?われ一月で銭作れる算段でもついたいうんか?」
「あ、はい」
「ほーう、何や?その算段ってのは、言うてみいや?」
西条は、前かがみになると、沢村に顔をつきつけた。

「じ、実は、今、か、金になる女を見つけまして・・・」
「女?」
西条は眉間にしわを寄せると隣の三波を見た。

「西条さん、これはまじですよ、このおっさん、この辺でもかなりの資産家の娘モノにしたんですよ」
「資産家の娘?」
「は、はい、子持ちのバツイチなんですけどね」
「ほーう、子持ちでバツイチの資産家の娘か、なんやややこしいが、おもろそうな話やないか」
西条の言葉に沢村はほっとしたのか、得意の氷よような目をして立ちあがった。

「はい、実は園児を通じて知り合ったんですが、ふたを開けてびっくり大地主の娘だったんですよ、それに、今じゃすっかり俺のこと信じきってて、来月入籍することになってるんです」
「ほーう、大地主の娘と入籍か」
「は、はい、それが最近喫茶店なんてのも始めましてね、も、もう少しだけ待っていただけたら、金利とあわせてそのお店もセットで西条さんにお返ししますよ」
「おい三波、この話しほんまか?」
「はい、まじな話っす」
「ほーう」 
西条は顎に手を当てながら、しばらく沢村の顔を見ると
「沢村、お前も悪いやっちゃのう・・・」
鋭い大蛇のような目で笑った。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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