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侠客鬼瓦興業 96話「追島さんと吉宗くんなら・・・」

「やっ、やめろ馬鹿ー!!」
ガツッ!
銀二さんの叫びも届かず、振り下ろされた刃は西条さんの肩口に鈍い音を立ててめり込んだ。
「うぐおー!!」
西条さんは血走った目で振り返ると切りかかった男を力任せに払いのけた。そして肩口の短刀に目を移し
「ふぅーっ」
一つ大きなため息をついた。
「危ない危ない、今のがもし、さっきの吉宗の打ち込みやったら今頃ワイは肩から真っ二つにされとったわ」
そう呟くと無造作に短刀に手をかけ、ぐっと険しい顔で引き抜いた。 
「だっ、大丈夫っすか西条さん」
慌てて近寄ろうとする銀二さんを西条さんは血のついた手で制止すると、静かに笑いながら斬りかかった男に目をむけた。
「踏み込みがあまいわい、踏み込みが・・・」
「ぐっ、あっ、おっ、おい」
男は後ずさりしながら仲間に救いを求めた、それにあわせて西条さんに殴られた男が
「なっ、なめるなコラー!」
震える手でドスを構えた。
と、その時だった。
「何をやっとるんだお前らー!!」
突然、背後から怒鳴り声が、
「この馬鹿共がー!」
男達が慌てて振り返ると、そこには頭に包帯を巻いた二メートルのスキンヘッド熊井さんが鬼のような顔で立っていた。

「くっ、熊井さん!」
「無事だったんですか?」
「俺の頭は鋼鉄製だ。それよりも誰がお前らにそんなもの振りまわして仕返しをしろって言ったんだ、この馬鹿どもが!!」
「すっ、すいません熊井さん」
「勝手な真似しやがって、お前らごときにかなう相手だと思っとるのか?」
熊井さんは男達を払いのけると、西条さんの前に立ち驚きの顔を見せた。
「西条、お前その傷!?」
西条さんは肩の傷を押さえながら薄ら笑いを浮かべると
「かすり傷や、それより熊、あれだけワイに打ちかまされて、よう生きとったもんやのう」
「ふん、なめるな、あんな気の抜けた打ち込みで、俺が死ぬわけねえだろうが、のこのこと戻って来やがって俺がこのままただで済ますと思ってるのか?」
「だから戻って来てやったんやろが、落とし前つけにのう」
「落とし前だ?」
「そうや、仮にも川竜一家の幹部のわれを半殺しにしてもうた落とし前や、といっても我にとってはかすり傷やったようやのう、ホッとしたわい」
西条さんはうれしそうに笑った。

「西条おまえ・・・」
熊井さんは西条さんの様子に首をかしげると
「お前、さっきとはまるで違う別人の目だが、いったい?」
「別人の目?」
「ああ、今までの腐った目じゃねえ、昔の…、そう俺と一緒にテキヤはってたころの目だ」
熊井さんの言葉に西条さんは、ふっと遠くを見つめると
「ああ、それやったら、さっき、ある男にぶちのめされたせいかのう」
「お前がぶちのめされる?」
「恥ずかしい話やが、めっぽう強い男が現れてのう、ワイの得意な棒振りでこっぴどくぶちのめされてしもたんや」
「おっ、お前が棒振りでだと?」
「ああ」
「その男ってなあ、いったい?」 
「鬼瓦興業の一条吉宗って男や」
「いっ、一条吉宗!?」
熊井さんは思わず目を見開いた。同時に熊井さんの後ろにいた男たちもザワツキながら驚きの顔を浮かべていた。

「なんや熊、鳩が豆鉄砲もろたようなツラして」
「吉宗が、お前を!」
西条さんは笑いながらうなずくと、急に真顔で後ろを振り返り保育園の方から立ち上る煙に目をむけた。
「熊、悪いがお前との落とし前は後にしてくれんか、あの火事なんや嫌な胸騒ぎがするよってな」
「火事!?」
熊井さんはその言葉に保育園の方角を見た。
「むおっ、なっ、なんだあの煙は!?」
「今頃気づくとは相変わらず鈍い野郎や、とにかくすぐに戻るよって」
西条さんは一言そう告げると、肩を押さえたままひばり保育園へ向かって走り始めた。
「吉宗が・・・あの西条を・・・」
熊井さんは走り去る西条さんを見ながら、しばらく呆然と立ち尽くしていた。


その頃、保育園では
「ユキー!!ユキー!!」
一足先に建物のなかに飛び込んだ追島さんが、必死にユキちゃんのもとへ向かっていた。
「ちくしょう、だんだん煙で前が見えなくなってきやがった」
追島さんは体を低くすると腕で鼻を押さえながら煙の立ち込める奥へと向かった。 
「ゲホゲホ・・・、たしかあの先にユキのいた部屋があったはず」
廊下に差し掛かった時だった、追島さんの目にうずくまっている女性の姿が飛び込んできた。
「あんたは、たしか園長?」
追島さんは園長を抱き起こすと一瞬険しい顔を浮かべた。鈍器のような物で殴られたのか、園長の頭からは血が流れていたのだった。
「なっ、何だこの怪我は?おい大丈夫か!おい園長!!」
園長はうっすらと目を開けると
「ユキちゃんが・・・ユキちゃんが」
必死に廊下の先を指差し、そのまま目をとじてしまった。
「おいっ園長!」
追島さんは慌てて園長の胸に耳をあてると
「だ、大丈夫だ心臓は動いている、後で戻るから待ってろよ」
園長を安全そうな場所へ移し、一人煙の立ち込める奥へと走っていった。

保育園の外では、消防車のサイレンがけたたましい音を立てて響き渡っていた。
サイレンの光に照らされる園庭では、心配そうに見守るお慶さんとめぐみちゃんたちの姿があった。

「ユキ、ユキ、あぁ私がお店なんか始めたから、ユキがこんなことに」
お慶さんは煙の立ち上る園舎の前で泣きながらしゃがみこんでいた。
「お慶さん、だっ、だいじょうぶです、きっと、きっと追島さんと吉宗くんが助け出してくれます」
「でも、めぐみちゃん」
「信じましょう、ねっお慶さん、大丈夫だって信じましょう」
お慶さんはめぐみちゃんの言葉に静かにうなずくと
「神様、どうか、どうかみんなを助けてください、助けてください」
必死に手を合わせながら煙の立ち上る保育園を見つめ、はっと目を見開いた。お慶さんの視線の先、遠く離れた所に見覚えのあるスーツ姿の男が立っていたのだった。
「けっ、研二さん?」
男はお慶さんの元婚約者、ひばり保育園の副園長沢村研二だった。
「これで、この土地は俺の物だ・・・、燃えろ、全部燃えてしまえ・・・」 
沢村はお慶さんが見ていることにも気づかず、一人薄ら笑いを浮かべながら保育園を眺めていた。
 
「何をうれしそうに笑っとるんや沢村」
背後からの男の声に沢村研二は慌てて振り返った。そこには肩に手をあてながらじっと立っている西条さんの姿があった。 
「さっ、西条さん!!」
沢村は一瞬うれしそうな顔を見せると
「こっ、これであんたに金…返せますよ、これで、はははは」
西条さんはその言葉に顔を曇らせ
「思った通り、やっぱり沢村、お前がやったんか」
「えっ?」
「お前が、火つけたんか?」
沢村は静かにうなずくと、急に胸をそらせて
「おっ俺だってやる時はやりますよ、見直したでしょ、はは、ははは・・・」
へらへら笑いはじめた。西条さんはそんな沢村を悲しげに見ながら
「沢村、ワイのせいでお前にこんな事をさせてしもうたんやな」
「えっ?西条さん今何て?」
「ワイの軽はずみな言葉のせいで、お前に・・・」
西条さんは静かに頭をさげていた。

沢村は西条さんの様子に不思議そうに首をかしげたあと
「どっ、どうしたんですか?西条さん、これで借金が返せるんですよ、へへへ、それにこの土地は全部俺のものだ。あんたの借金返してもおつりが来ますよ」
「全部お前の?」
「ええ、半分の権利もってた口うるさいババアも、もういませんからね」
「何っ!?」
西条さんの顔が、みるみると青ざめていった。
「ま、まさか我、中に人がいるの知ってて」
「はい、口うるさい園長と、そうそう西条さん、あんたも聞いたら喜ぶガキが一人、中に閉じ込められていますよへへへ、へへへへ」
「がっ、ガキ?」
「はい、あんたが憎んでいる、追島の野郎の娘ですよ」
「なんやとー!?」
西条さんはぶるぶると体を震わせはじめた。

「ワイの嫌な胸騒ぎは、こっこれやったんか・・・」
「追島も、俺を振りやがったあのバツイチ女もいいざまだ。へへへへ」
「何がいいざまや」
「えっ!?」
「自分の子供が焼き殺される親の気持ちがどんなものか、我はわかっとるんか!こっ、このガキ」
西条さんは沢村の首を鷲づかみにすると、そのまま頭上たかく持ち上げ片手で力任せに締め上げた。
「このガキが!こっ、このガキが、ぐおあぁー!」
メキメキ…メキメキ…
「ぐえっ、くるしい・・・西条さん」
「おどれのようなガキは、生きとる価値もない!」
「くえぇー」
沢村の口からまっしろい泡がふきだしはじめた。その時・・・
「竜一さん、ダメー!!」
離れた所から女性の叫び声が、西条さんはハッと我に帰ると声の方に顔を向けた。そこにはお慶さんが涙顔で立っていた。
「お慶ちゃん!」
「だめよ竜一さん、ダメ」
お慶さんは静かに首を振りながら西条さんの腕に手をかけた。
「ユキなら大丈夫、大丈夫だから・・・」
「大丈夫?なんでや?」
「今、追島と吉宗君が助けに向かっているから・・・だから」
「追島と吉宗が!?」
「うん、だから大丈夫、ぜったいにユキは大丈夫だから」
「お慶ちゃん・・・」
「きっと大丈夫、ユキも吉宗くんも、そして追島もきっと、きっと無事に中から出てくるから、出てくるから」
お慶さんはそう言いながらもポロポロと涙をこぼし続けた。

「お慶ちゃん、すまん、全部ワイのせいや、ワイのせいや!」
西条さんは顔をぐしゃぐしゃにゆがめると、力任せに沢村研二を地面にたたきつけた、そして煙の立ち上る園舎に顔を向けると
「うおおおー、追島ーー!吉宗ーー!!」
燃え上がる建物の中まで届くくらいの、大きな叫び声をあげ続けたのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。中に登場する人物、団体等はすべて架空のものです。

つづきはこちら「めぐみちゃんの悲痛の叫び」↓

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