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侠客鬼瓦興業 97話「めぐみちゃんの悲しい叫び」

燃え上がる建物の周りでは、いつしか消防隊員による消化活動が始まっていた。そんな中、西条さんは・・・
「えーい放せコラ!!ワイも助けに行くんやー!!」
大声で怒鳴りながら中へ飛び込もうとしていたが、数名の消防隊員に押さえられ必死にもがいていた。
「危険ですから離れて!」
「放せコラー、放さんかーい!!」
「救出作業は私達にまかせて、とにかくこれ以上近づかないで!」
「せやったら早う助けださんかい!」
西条さんはイライラしながらその場から離れると、何を思ったか一人建物の入り口近くへ向かって
「追島ー!!吉宗ーーー!!」
必死に大声で叫びはじめた。

「西条さん!!」
「西条、聞いたぞ中に追島たちがいるって」
「銀二、熊ー!」
西条さんは熊井さんたちを見ると
「大声や!とにかくみんなで大声や、追島たちを呼ぶんや!!」
「大声って西条どうして?」
「どうしてもこうしても大声で呼ぶんや!!えーから早うせい」
必死に訴えたあと険しい顔で肩口を押さえながら、その場にガクッと片ひざをついた。
「西条さん、そんな傷で!」
銀二さんが慌てて近づくと西条さんはぐっと唇をかみしめ
「だっ、大丈夫や、こんな小便傷・・・、うぐおおおおおおおー!!」
うなり声を上げながら立ち上がり、建物の入り口へ向かって再び大声をはり上げた
「うおおおおー、追島ーー!!吉宗ーーー!!」
熊井さんは西条さんの事をしばらくじっと見ていたが、やがて眉間にしわを寄せると
「よしっ!」
気合と共に胸に一杯の空気を吸い込み
「うおおお追島ーーーーーーー!!」
建物の入り口めがけて、まるで恐竜のような雄たけびを上げた。 
「追島ーーーー!吉宗ーーーーー!!」
「追島さーん!!」
「吉宗ー!!」
いつしか燃え上がる建物の周りでは、追島さんと僕を呼ぶ沢山の声が響き渡っていた。


その頃、追島さんは・・・
煙の立ち込める中、保育園の廊下を奥へ向かって突き進んでいた。
「ユキー!ユキーー!!」
記憶を頼りに、ユキちゃんがいた部屋を見つけると
「ここだ!確かこの扉の奥の部屋にユキがいたはず」
そう言って扉を開いた。とその瞬間、ブワー!!扉の中から巨大な炎が追島さんめがけて襲いかかってきた。
「うおーっ!!」
追島さんは炎の勢いに吹き飛ばされ、廊下の壁に打ち付けられてしまった。

「ぐおっ、何てことだ・・・、火元はここだったのか!!」
追島さんは呆然と燃え上がるユキちゃんがいた部屋の入り口を見ていたが、突然鬼のような顔で立ち上がると
「ユキーーー!!」
炎の中へ飛び込もうと試みた。しかしその勢いはすさまじく、追島さんは前に進む事が出来ずその場に崩れ落ちるようにひざまづくと
「うおおおお!ユキー!ユキー!!」
大声で泣き叫んだ。

と、その時だった。
  
「パパ・・・パパ・・・」
追島さんの耳に小さな声が聞こえてきた。
「はっ!?」
追島さんは慌ててあたりを見渡した、すると廊下の隅に詰まれたおもちゃ箱の陰に、震えながら必死に毛布をかぶってうずくまっているユキちゃんの姿があった。
「ユキー!!」
追島さんは顔をぐちゃぐちゃにしながら叫ぶと、毛布の中で震えているユキちゃんを抱き起こした。
「パッ、パパ?本当にパパなの・・・」
「ああパパだ・・・パパが助けに来たから、もう大丈夫だ、大丈夫だ・・・」
「ユキ怖かったよ、とっても、とっても怖かったんだよ」
「うん、うん、よく頑張った・・・、頑張ったなユキ」
追島さんは毛布ごとユキちゃんを抱きかかえると、急ぎ煙の立ち込める廊下をもと来た方へ走っていった。

「園長、園長・・・ユキは大丈夫だ」
煙の立ち込める中、園長はうっすらと目を開けると
「ユキちゃん、本当にユキちゃん!?良かった…、無事で良かった」
ポロポロと涙を流しながら、毛布の中でじっとしているユキちゃんを見た。やがて園長は追島さんをそっと見上げると
「追島さん、申し訳ありません…、本当に申し訳ありませんでした」
泣きながら謝り続けていた。
「あんたが謝ることじゃない、これは事故なんだから」
園長は追島さん言葉に首を振ると
「事故ではありません。これは・・・これは・・・」
よほど恐ろしい事があったのか、青ざめた顔で涙を流し続けていた。
「園長、その頭の傷といい、何か深いわけがあるんだな」
園長は静かにうなずいた。 
「とにかく何があったか話は後だ、もうじきここも火の海だぞ、さあ俺の背中に乗りなよ」
追島さんは大きな背中を園長に向けた。しかし園長は、静かに首を横にふると 
「私はいいですから、追島さんユキちゃんを連れて早く逃げてください」
優しい目で微笑んだ。 
「何を言ってるんだ園長」
「いえ、こんな状態の私がいては迷惑が・・・、私のことは良いですから、早くユキちゃんを連れて行ってください」
園長はそう言いながら何かを思い出したようにポロポロと涙をこぼした。 
「馬鹿な事を言うな、さあ早く俺の背中に」
追島さんはユキちゃんを抱きかかえたままかがみこむと、再び園長に背中を向けた。
「もういいんです、私はいいんです、お願いですこのままここで死なせて下さい」
「死なせてくれって、あんた?」
「これは私にできる罪の償いなんです」
「償い?」
「私が、私がいけなかったから・・・研二さんが」
園長はそういいながら血の出ている額を押さえた。
追島さんはそんな園長をじっと見ていたが、急にムッと怖い顔をすると
「何が償いだ!ふざけんじゃねえぞ、このババア!!」
「えっ!?」
突然の悪態に園長は目を見開いた。追島さんは更に険しい顔で 
「とんでもねえ事情があったのは解るがよ、でもよ、あんた教育者だろ」
「はっ?」
「あんた保育園の園長だろ、だったらチビどもの教育者だろ?」
「!?」
「子供が見てるんだぞ、教育者だったらどんな事があろうと、前向いて生きてる所子供に見せるんじゃねえのかよ」
「前を向いて?」
園長はハッと目を見開いた。そこには毛布の中から不安な瞳で自分を見ているユキちゃんの姿があった。

「園長先生一緒に行こう、パパだったら力持ちだから、全然大丈夫だから」
「ユキちゃん」
「さあ園長、ユキの言うとおりだ、早く俺の背中にのって」
「・・・」
「さあ早く、急がねえともうじき火の海だって言ってるだろ!さあ」
「あっ、はい」
園長はうなずくと、必死に追島さんの背中にしがみついた。

「うっしゃー!」
追島さんは一つ気合を入れると、背中に園長を背負い胸にユキちゃんを抱えて廊下を走り始めた。とその時だった。バリバリ、バチーン!!炎の影響か大きな音と共に今まで点灯していた廊下の蛍光灯が一斉に破裂して、あたりは真っ暗闇となってしまった。
「ぐおー、もう少しだってのに」
真っ暗な世界に加え時と共に濃くなっていく煙によって、追島さんたちは完全に視界を失ってしまった。
「ぐお、まったく前が見えなくなっちまった」
追島さんはユキちゃんと園長を抱えたまましばらく煙の中をさまよい、やがて低くかがみ込むと
「やべえ、まじで出口がわからねえ・・・」
思わず唇をかみしめた。
とその時 
「追島ーーーーーーーーー!追島ーーーーーーーー!」
何処からともなく自分を呼ぶ声が響いてきたのだ。
「追島さーん、追島さーーん!!」
追島さんは真っ暗闇の中、声の方角に耳を傾けた。 
「だっ、誰かが俺を・・・」

「追島ー、出口はこっちだーーー!!」
「追島さーん!!」

「こっちか!!」
追島さんは声の方角を確認すると
「園長、ユキ、しばらく息を止めていろ」
二人にそう告げ、もうもうと煙の立ち上る声の方角に向かって走りだした。

「追島ー!追島ーーー!!」
「追島さーん、吉宗ーーー!」
保育園の外では西条さんに銀二さん、それに川竜一家の人たちが必死に大声を張り上げていた。
そしてお慶さんも
「あなたー!あなたーーー!!」
泣きながら追島さんの事をそう呼び続けていた。
そんな時、めぐみちゃんが保育園の裏口付近の煙の中にふっと現れた大きな黒い影に気がついた。
「あっ、あれっ!?」
「えっ!」
「お慶さん、ほら、あそこに黒い人影が!!」
「あっ!?」
お慶さんはハッと目を見開いた。同時に周りの人だかりがいっせいにどよめきたった。
「あっ、あれは!」
黒い影は煙の中をどんどん外へと向かってくると、やがて
「ぶはぁーーーーーーーー!!」
と、その口から真っ黒い煙を吐き出しながら、これまた真っ黒いススまみれの形相で建物の中から飛び出して来た。
「ぶはー、ぶはーー!」
男はまるで機関車のように、黒い煙を口から吐き出しながら肩で息をし続けていた。そして男のすす汚れた腕には毛布に包まった小さな女の子と背中には初老の女性が・・・、それはまさしく火事場から命がけで二人を救い出した追島さんだった。

「ユキ!?」
お慶さんは追島さんに抱かれているユキちゃんに気づくと
「ユキーッ!!」
叫びながら追島さん達の元へ走っていた。
「ぶはー、ぶはー、はっ!?」
追島さんはお慶さんが近づいてくるのに気がつくと、ユキちゃんと園長を降ろし慌てて二人から数歩遠ざかった。
「ユキー、ユキー!!本当にユキなのね、良かったー、本当に良かったー!!」
お慶さんは一心不乱に毛布で包まれたユキちゃんを抱きしめた。そんな親子の再会にいつしか周りの人たちは感動の拍手を送っていた。
追島さんはそんなユキちゃんとお慶さんの様子を、真っ黒い顔でじっと見つめていたが、やがて寂しげに後ろを向くと、そっとその場から立ち去ろうとした。お慶さんはそんな追島さんに気がつくと
「まっ、待ってー!」
あわてて叫んだ。

「待ってあなた、お願い、待って下さい」
お慶さんは追島さんの元に近づくと、ポロポロと涙をこぼしながら
「ごめんなさい・・・あなた、ごめんなさい、ごめんなさい」
謝り続けていた。
追島さんはススだらけの顔で不思議そうに目玉をギョロギョロと動かしていたが
「ごめんなさいって・・・、なっ何でお前が謝るんだ」
ぶっきらぼうに呟いた。
お慶さんは泣きながら
「私、私何も知らずにあなたの事を恨んだりして・・・、あなたの本当の苦しみも知らずにユキを連れて出て行ってしまって・・・、それに、あなたにひどい事ばかり、ごめんなさい、ごめんなさい」
何度も何度も謝り続けた。
追島さんはそんなお慶さんを、ポカンと口を開けたままじっと見つめていた。

「何をボケッっと突っ立っとるんや追島!お慶ちゃんが泣いて謝っとるんないか、何ぞ優しい返事を返したらんかい、このアホたれ」
追島さんの様子を見かねたのか、肩口を押さえながら西条さんが声をかけた。追島さんは一瞬ギョッと目を見開くと
「さっ、西条!お前」
まじまじと西条さんの顔を見ていた。西条さんはフッと照れくさそうに笑うと、ユキちゃんの前にそっとしゃがみこみ
「ユキちゃん、良かったのう、これでパパとママとまた一緒に暮らせるのう」
「えっ?」
ユキちゃんは西条さんの言葉に
「パパとママと、また一緒に?また一緒になれるの?」
目をキラキラと輝かせた。
「さっ、西条、お前急に現れて、なっ何を言い出すんだコラ!!」
追島さんは慌てて西条さんを見た後、ハッと驚きの顔を浮かべて横を向いた。その視線の先には、追島さんのすす汚れた腕に手をまわし、すがる様なまなざしでじっと見つめているお慶さんの姿があったのだった。
追島さんは真っ黒いススだらけの顔を赤くそめながら、恥ずかしそうに目玉を再びギョロギョロ動かしていた。

そんな追島さんとお慶さんの様子をじっと見ていためぐみちゃんは
「良かった・・・、これで追島さんとお慶さん、それにユキちゃんも、また一緒に暮らせるんだね、ねっ!」
そう言いながらあたりをキョロキョロと見回した。
「あれ?吉宗君?吉宗君?・・・」
めぐみちゃんは、慌てて追島さんに声をかけた。
「あの追島さん吉宗くんは?」
「えっ?」
「よっ、吉宗君です」
「吉宗?」
追島さんはキョトンとした顔でめぐみちゃんを見た。
「えっ?追島さん、一緒に出てきたんじゃ・・・」
めぐみちゃんの言葉に、周りの人だかりは再びざわつきはじめた。
お慶さんも、慌てて追島さんを見ると
「あなた、吉宗君に中で会わなかったの?」
「吉宗って、何言ってるんだ?どうしてあいつと中で会うんだ?」
追島さんの様子にめぐみちゃんの顔色がだんだん青ざめて言った。
「そ、それじゃ・・・吉宗君は・・・吉宗君は・・・」
慌てて炎の立ち上る保育園に目を移した・
「吉宗君は、吉宗君は・・・まだ・・・中に!」

「おい、どういうことだ?どうして吉宗がこの中に!?」 
「ユッ、ユキを助けに行くって、いきなり飛び込んで・・・」
「何ー!?あのバカ何を考えてやがるんだー!!」
追島さんが慌てている様子に、めぐみちゃんはガクッと崩れるようにその場にひざを落とした。
「吉宗くんが・・・、吉宗くんが・・・、いやだ、いやだ!」

「いやぁーーーーーー!!」
燃え上がる炎で赤くそまった夜空に、めぐみちゃんの悲痛の叫びが響き続けた。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。中に登場する人物、団体等はすべて架空のものです。

続き「吉宗くんはたいした男」はこちら↓


前のお話はこちら↓

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