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侠客鬼瓦興業 95話「ひばり保育園の惨事・・・」

バスの駐車場から保育園へ、僕とめぐみちゃんは目をキラキラ輝かせながら歩をすすめていた…
「追島さん、きっと喜ぶだろうな」
「うん、お慶さんとの誤解も晴れて、また家族が一緒になれるんだもんね」
「追島さん家族が、また一緒に」
僕はそう呟きながら、追島さんの哀愁ただよう姿を思い出していた。

鬼瓦興業の倉庫の中、一人涙していた追島さん…、保育園脇の茂みから悲しげに、ユキちゃんの事を見ていた追島さん…、お大師さんの境内でユキちゃんと涙の抱擁をしていた追島さん…、喫茶慶の開店祝いに、そっとスイートピーの花束を届け、悲しげに立ち去ろうとする哀愁の背中の追島さん…その一つ一つを思い浮かべるうちに、僕の目にはいつしか涙があふれ出していた。

「どうしたの吉宗君?」
「あ、ははは、ちょっといろんな事思い出しちゃって」
「そっか・・・、でも泣くのはまだ早いよ、私達にはまだ大切な仕事があるんだからね」
「そうだ、急いで追島さんに会ってお慶さんの誤解が解けた事を伝えないと」
「さあ、急ごう」
「うん」
やがて僕達は、追島さんとの待ち合わせ場所、ひばり保育園横の雑木林へ到着した。
「追島さーん!追島さーん!」
大声で呼んだが、林の中はしーんと静まり返ったままだった。
「ここに居るって、銀二さんが言ってたのに」
「吉宗君、もう先にお慶さんと出合ったんじゃないかしら?」
「あっ、そうかも、僕達の来る前に仲直りをすませて、二人でユキちゃんのお迎えに行ったのかもね」
僕達はうれしそうに顔を見合わせた後、ユキちゃんのいるひばり保育園に目を向け、ハッと驚きの顔をうかべた。

「よっ、吉宗君!何、あの煙!?」
「たっ焚き火…、じゃあなさそうだけど」
「まさか、こんな夜更けに焚き火のわけ」
「それじゃ、かっ、火事!?」
「!!」
めぐみちゃんは青ざめた顔でうなずいた。
「どっ、どうしてー!!」
僕は大声で叫びながら、煙の出ているひばり保育園に向かって走った。

近づくにつれて、保育園の窓からは真っ黒い煙りが勢いよく噴出しているのがわかった。そこで僕は、すす汚れた体で呆然としている春菜先生を発見した。
「先生!春菜先生!!」 
「あっ!」
春菜先生は青ざめた顔で振り返ると
「よっ、吉宗さん!?大変、戻ったとき火が・・・、追島さんが・・・、ユキちゃんが・・・大変」
ショックで動転していたのか、先生は必死に何か訴えかけてきた。
「追島さん?ユキちゃん?先生いったい!?」
とその時だった。
「ユキー!!」
保育園の入り口近くで、数名の男の人に抑えられ叫んでいるお慶さんの姿が・・・
「放してー!中に娘がいるんです、お願い放して下さい!」
「気持ちはわかるけど、無茶だって」
「放してー!お願い放してー!!」
その光景を見た瞬間、僕の体の血がすーっと冷えていくのを感じた。
「春菜先生、まさかユキちゃんたちが中に!?」
「はっ、はい!まだ中に!追島さんが一人助けにむかって・・・、それで私も助けようと、でも煙がすごくて」
春菜先生はそう言うと、泣きながらその場にうずくまった。

「吉宗君!」
少し遅れてめぐみちゃんが近づいて来た。彼女は春菜先生の様子を見た後、あわてて僕に顔をむけた。
「吉宗君、まっ、まさか」
僕は血の気の引いた顔でうなずくと
「ユキちゃん達が・・・、中に」
「ユッ、ユキちゃん達!?」  
「やっと、やっと追島さんとユキちゃんが一緒に暮らせることになったのに」
煙りの噴出す保育園を見ながら、体を震わせていた。
「冗談じゃない!そんなの許せない!絶対に許せない!!」
僕は突然大きな声で叫ぶと、お慶さんたちのいる人だかりに向かって全力で走りだしていた。
「うおおおおおおおおー!!」
頭の中は真っ白だった。ただ、真っ白な状態で叫びながら、僕は無意識に近くにあった小さな池に飛び込むと、ずぶぬれの体で野次馬の群れを押しのけ全力でお慶さんの脇をすり抜けると
「ユキちゃーん!!」
大声で叫びながら、煙の噴出す保育園の中に飛び込んでいたのだった。

「おい、今、誰か中に入っていかなかったか?」
「ああ、たしかに誰か入って行ったような」
お慶さんを抑えていた人たちが、顔を見合わせていた。
「今の子!?」
お慶さんも突然起こった出来事に目を見開いていたが、その直後、
「吉宗君ー!!」
後ろから近づいてくる、めぐみちゃんの叫び声に、思わずハッと振り返った。
「めぐみちゃん、それじゃ今の・・・、やっぱり吉宗君!?」
「おっ、お慶さんそうです…、吉宗君です、吉宗君なんです!」
めぐみちゃんはそう言いながらポロポロと涙をこぼしていた。そんな彼女を見てお慶さんは我に帰り
「なっ、なんてことを・・・」
「吉宗君!吉宗君!」
「あぁ、神様、どうか皆を助けて」
二人はそう呟くと、じーっと保育園を見つめていた。


そのころ保育園の駐車場では、一人バスから降りた西条さんがあたりをそっと見渡していた。
西条さんは、ふっと口元に笑みを浮かべると
「おい、そこに誰ぞおるんやろ、隠れとらんで出てきいや」
暗がりに向かって話しかけた。
すると西条さんの言葉に反応するように、影から数名の若いガラの悪い男達が姿を現し
「さっ、西条、こっ、この野郎」
震えながら、必死に睨みすえていた。

「なんや?お前ら、前に見たツラやな」
西条さんは両手をポケットに入れたまま男達に近づくと
「おう何や我ら、ワイがまだ一家におったころ見習いでバイトしとった兄ちゃん達やないか、えらい出世したもんやのう」
「えっ、えらそうにこの野郎!!さっ、西条!てめえよくも熊井さんを・・・」
「あ~?」
「あ~じゃねんだよ、うちを破門された分際でのこのこ姿現しやがってよ、こらー!!」
男達は口々に罵声を浴びせながらも、その場で足を震わせていた。西条さんはそんな連中に呆れ顔で
「なんや、威勢のわりに足が震えとるやないか、兄ちゃんら」
「うっ、うっ、うっ、うるせえ、この野郎!」
男達は必死に叫ぶと震える手で後ろの腰に手をまわし、さっと光る物を取り出した。

「ほーうドスか、えらい物騒なもんもっとるやないか、けんどそんな震えた手でうまく使えるんかのう?」
「なっ、なめんなー、こっコラ!!」
「黙って、ツッ、ツラかせや西条」
西条さんはしばらく静かに男たちを見ていたが、突然カッと目を見開くと
「じゃかしいやー、このガキどもがー!!」
突然大声でどなりつけた。
「うぐっ!」
男達は西条さんの迫力に慌てて後ずさりした。
「腐っても川竜で看板はっとった西条竜一や!我ら三下どもが口の利き方に気をつけいや!!」
鬼の形相で男達に近づいていった。
「ええかコラ、よう聞け坊主ども!ドス言うもんはそないに軽く抜くもんちゃうど!!いっぺん抜いた以上、やるかやられるか命がけで抜くもんや!それをわかった上で抜いたんやろうな!!」
「あっえっ!」
「我らが本気で来るならワイも死ぬ気で相手したるわい、コラー、おのれらもやるからには死ぬ気で来いや、おー!!」
そのすさまじい迫力に、男達はただ無言で振え続けていた。西条さんはさすが日本一の剣術家、その気合で相手を呑みこんでしまったのだった。

「さすがは西条さんだ・・・、これじゃかなわねえな」
今までの様子をじっと見ていた銀二さんが、くわえタバコでバスから降りてきた。銀二さんは男達に目を向けると笑いながら
「おい、お前ら命は大切にしねえとな、この人はマジだぜ」
「あっ、あんたは鬼瓦興業の銀二さん!どっ、どうして?」
男の一人が救いを求めるような目で声をかけた。
「ちょっと訳ありでよ、それよりお前ら熊井さんがやられて必死な気持ちはわかるが、その物騒なもんいっぺんしまわねえか?」
「でも、銀二さん・・・」
「心配するな、この人はもう逃げも隠れもしねえって言うからよ、そうでしょ西条さん」
銀二さんに声をかけられ、西条さんは静かに笑った。
「ああ、ワイもまだ死ぬわけにはいかんし、それにこない若い兄ちゃんらの命、奪いとうないからの」
「し、しかし」
「心配するな、ワイは逃げも隠れもせん、熊井との落とし前はきっちりつけさせてもらうよって、川竜の親父の元へ案内せいや」
「えっ、親父さんの元へ?」
「おう、そこで煮て食わられるなり、焼いて食われるなり、後は親父まかせや、さあ案内せいや」
西条さんは鋭い目で笑いながら男達に近づいていった。

と、その時だった。
「火事だー!!」
保育園の方角から、かすかな声が響いてきた。
「んっ?」
西条さんは眉間にしわをよせながら振り返ると
「銀二、今向こうから火事って声が聞こえんかったか?」
「たしかに、聞こえたような・・・」
銀二さんも慌てて保育園の方角を見た。
「うわっ!なんだあの煙は!?」
「やけに、さっきから焦げ臭いにおいがする思うたら、なんちゅうこっちゃ!?」
西条さんは煙の立ち上る園の方を見てハッと何かを思い出した。
「まさか・・・、沢村のガキが!?」
西条さんの脳裏に、自分が悪鬼だったときの沢村研二との会話が蘇ってきた。

(沢村はん、ここは死んだあんたの親父さんが建てた歴史ある保育園言うとったな)
(あ、はい)
(何が歴史や、ただの木造のおんぼろ建物やないか・・・、こらあ火でもつけたら、よう燃えるやろうな、ははは)
(火をつけるって!西条さん、ま、まさか) 
(何や沢村はん、あんた何ぶっそうなこと考えとるんや、あかんで、そんななことしたらあかんで、はははは)

「・・・沢村のガキ、ワイのあの時の言葉で」 
西条さんは青ざめた顔で煙の立ち上る保育園の方を見ていた。そんな西条さんに川竜一家の連中が
「おっ、おい、どこ見てんだよ西条、まだ話の途中だろうが」
「おいこら、そんな火事なんて関係ねえだろ、一緒に親父の所に来いよ」
男達の言葉に西条さんはムッと目を見開いた。
「火事なんて関係ない?」
「そうだよ、たかが保育園の火事、関係ないだろうが、それともそれを理由に逃げる気じゃねえだろうな」
「たかが保育園の火事?我、今なんちゅうた」
「えっ、あっ」
「こんの、腐れガキがー!!」
ガゴッ!!
叫ぶと同時に西条さんは大きな拳で一人の男の顔面を張り倒した。
「関係ないとは何や!おのれら親父や熊井から何を教わってきたんや!?川竜一家の看板しょっとるのとちゃうんか、コラ!!」
「なっ、なに!?てっ、てめえこの野郎!!」
隣にいた男が、あわてて手にしていたドスを構えた。
「我らにかまっとる暇はないわい、落とし前は後や!」
西条さんは言うと同時に振り返り保育園へ走り出そうとした、しかしその瞬間、足元に転がっていた車止めにつまずき、その場でバランスを崩した。同時にドスを構えた男が
「逃がすかコラー!!」
小刀を振り回しながら、夢中で西条さんの背中めがけて斬りかかった。
「やろうー、西条ー!!」
「やっ、止めろ、馬鹿ー!!」
男の怒鳴り声と同時に、銀二さんの叫び声が駐車場内に響き渡った。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。中に登場する人物、団体等はすべて架空のものです。

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