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侠客鬼瓦興業 94話「西条竜一という男」

「春菜先生こっち・・・」
ひばり保育園に隣接する雑木林から野太い声が響いてきた。春菜先生が振り帰るとそこには鬼瓦興業の鬼軍曹追島さんが木陰にひっそりたたずんでいた。
「あっ、追島さん」
春菜先生がそっと近づくと、追島さんは手に持った携帯を指差し
「今、うちの若いもんから連絡があってね、見つかりましたよ園バス」
「えっ!本当ですか?」
「はい、今こっちに向かってます。うちの連中も一緒にね」
「うちの連中?」
「ええ、どういったいきさつか知りませんけど、吉宗にめぐみちゃん、それにびっくりするゲストもいるって」
「ゲスト?」
「ええ、銀二の野郎、もったいぶってそう言ったあと電話切りやがって」
少し呆れ顔で首をかしげた。

「追島さん、あの・・・、それじゃ三波先生も?」
「ああ、あの男、やつも一緒ですよ、聞けば吉宗が一人で落とし前・・・、あっいや、解決させたらしくて」
「吉宗さんが解決?」
「はい、まったく何が何やらさっぱりで…」
「はあ、でもみんな無事に戻って来るんですね、良かった」
春菜先生はホッと小さなため息をついた。
と、その時だった。ブーッ、ブーッ、追島さんの携帯のバイブが静かな雑木林に響いた。追島さんはそっと振り返り春菜先生に背を向けると
「おう銀二か、どうした?」
電話相手の銀二さんと話し始めた。
「何?西条も一緒!?」
「・・・」
「あぁ?野郎も一緒に来てどうするんだ」
「・・・」
「おい銀二、やつと代われ」
追島さんは急にイラついた顔で怒鳴った後、ハッと後ろの春菜先生に振り返った。
「あっ!すいません先生」
「あの、何か問題でも?」
「いや、先生が心配するような事じゃありませんから」
追島さんはそう言うと、再び振り返って電話を耳にあてた。そしてしばらく無言でうなずいていた後
「野郎、電話に出ないってのか?」
「・・・」
「久しぶりに俺に会いたい?そんな悠長な事言ってんのかあのバカ、いいか銀二、やつの落とし前は俺がきっちり付けるから、とにかく今は西条を連れて来るな」
追島さんはしばらくそんなやり取りをした後、ふっとため息をつきながら電話を切った。春菜先生はそんな追島さんに 
「あの、西条さんを連れて来るなって?」 
「あっ、先生には関係ない話です」
追島さんは少しいらついた顔でタバコを取り出し火をつけると明かりの付いた保育園の方を見た。

「それより、ユキはまだ迎えに来てもらえんのですか?」
「あっ・・・、はい」
「まったく、店と子供とどっちが大事なんだ、あのバカ」
眉間にしわをよせながら、ふーっとタバコの煙を吐き出し
「あれ?」
真剣に園の建物を見た。
「先生、なんだあの煙は?」
「煙?」
「あそこ!あの建物の裏側から出てる煙!」
「えっ!あっ!?」
春菜先生は追島さんの指差す方を見て思わず青ざめた。


そのころバスの中では・・・
電話を切った銀二さんが後部座席の西条さんの隣に腰を下ろすと、小声でそっと話しかけた。
「西条さん、かっこつけてる場合じゃないでしょ、後は追島の兄いに任せて言われる通り大阪に戻ったほうがいい」
「・・・」
「なあ、俺はあんたのためを思って言ってんだ」
「・・・」
「おい、シカトはねえだろ?」
西条さんはしばらく外を見た後
「銀二って言うたな、お前」
「はい」
「追島も、お前も、心配してくれる気持ちはありがたいがの、ワイはもう逃げる気は無いんや」
「えっ?」
「大事な事教えてもろた後や、逃げたらすべて台無しやからの」
「台無し?」
「ああ、どんなことがあっても逃げないで命がけで闘わなあかん」
西条さんは、めぐみちゃんの隣の席でうとうとしている僕の事を見た。
「あの兄ちゃんは逃げんかった。最後の最後まで逃げんで大切なもんを守りおったんや」
そう言いながら立ち上がると、数歩前に出たところで振り返り
「だからワイも逃げん、あの兄ちゃんに負けてられんからの、ははは」
澄んだ目で笑いながら前列の方へ歩いていった。そして揺れるバスの中、お慶さんの隣の席に腰を下ろすと
「お慶ちゃん」
かつてのやさしい笑顔で話しかけた。

「お慶ちゃん、追島と別れた理由、ワイが原因やったんやてな」
「えっ?どうして?」
「さっき栄二から聞かされたんや、ワイが君枝のことをソープで働かせて、追島と喧嘩になったせいやって」
「栄ちゃんがそんな事を?もう、おしゃべりなんだから」
「すまんのう、ホンマにすまんかった」
「ちょっと竜一さんが謝ることじゃないわよ、私が悪いんだから」
「お慶ちゃんが?」
「ええ、私が彼のことを信じてあげなかったから」
お慶さんは、そう言いながら悲しそうにうつむいた。

「けどお慶ちゃん、追島のアホ、あんたにホンマの事何も話さなかったんやろ」
「うん、留置場に面会に行ったときも、むっつり黙ってただけで」
「まったく、どこまで不器用なやつや、そないな大切な事を話し忘れるとは」
西条さんは呆れ顔で天井を見上げた。
お慶さんはふっと寂しげに笑いながら
「私も始めそう思ったんだけど、彼、話し忘れたんじゃなくて、わざと話さなかったのよ」
「わざとって、それじゃあいつソープ嬢に惚れてその男と喧嘩した、ただのアホな悪者やないか?」
「うん」
「なっ、なんでや?なんであのアホ」
「追島なりの罪の償いだったんじゃないかな、竜一さんに対する」
「ワイに対する?」
「ええ、健太君を亡くした竜一さんの気持ちも考えず、感情で暴れてしまった罪のつぐない、あの人だったらありえるかなって」 
「あのダボ・・・、ほんまにアホなやつや、ワイなんぞのために」
西条さんはぐっと目頭を押さえた。

「さあ、昔の話は終わり終わり」
お慶さんは大きく息を吸いながら明るく笑うと
「深呼吸、深呼吸、竜一さんも大きく息をすって」
「はぁ?」
「忘れたの?深呼吸よ、お互いくよくよしたって始まらないでしょ、さあ、竜一さん」
「あっ!せやな、深呼吸やな、ハハハ」
西条さんは明るい顔になると、お慶さんに習って大きく息をすいはじめた。 
「何やなつかしいな、昔もよくお慶ちゃんにこうして深呼吸させられたな」
「そうね、なつかしいね」
「ああ、川竜の親父に怒られて落ち込んだとき、ようお慶ちゃんに励まされながら深呼吸したの思い出すわ、追島のアホも巻き込んでな」
「あの人いやがってね」
「そうやったな、何で俺までなんてぶつくさ抜かしおって、はははは何や楽しかったあの頃の事どんどん思い出すなぁ、ははは」
「大きく息を吸うとこんなにすっきりするのに、気がつくと私もここ数年やってなかったな、だから本当に笑えなかったのかも・・・」
「ワイもや、健太が死んでこないに明るい気持ちで息をすうことも無かったわ、はははは」
西条さんは晴れ晴れした顔で息を吸い続けていた。

「でもうれしいねぇ、こうして昔のように竜一さんと楽しくお話ができて」
「ああ、ワイもうれしいわ、それもこれも全部あのお兄ちゃんのお陰やな」
西条さんはいつの間にかめぐみちゃんと二人寄り沿って眠っている、僕の方を見た。
「不思議な子でしょ、吉宗君って」
「そうやな、何や知らんが見てるだけでホッとやさしい気持ちになれる、ああして闘った相手や言うのにな」
「ふふふ、そう言えば私も・・・」
お慶さんは初めて僕と出合った、お大師さんの境内での事を思い出した。
「最初はこの子、初対面の私に食って掛かってきたのよ、ユキちゃんがかわいそうですら~なんて、ボロボロと涙をこぼして」
「ほう、お慶ちゃんともそんなことが」
「私ね竜一さん」
「・・・」
「私、実は今日まで追島のことをずーっと憎んで生きてきたの、追島の本当のやさしさも知らずに、勝手に裏切られたなんて勘違いして・・・、でも、その憎しみの氷もあの子が溶かしてくれたのよ」
お慶さんはそっと僕に目を向けた。

「ワイも同じや、何やちいと大げさかもしれんが、地獄の底から抜け出させてもらった、そんな気持ちや」
西条さんとお慶さんは、過去の憎しみに満ちた目ではなく、本当に優しいまなざしで、静かに眠る僕の事を見つめていた。

「そうや、お慶ちゃん・・・、あんたに大事な話せなあかんと思うとったんや」
「大事な話?」
「お慶ちゃんの婚約者のことやが」
「え?」
「あのな、実はワイ知っとるんや、お慶ちゃんの婚約者のこと」
「知ってるって、研二さんのこと?」
「ああ、よう知っとる男や、ただその沢村研二やが、お慶ちゃんの婚約者やから実に言いにくいんやが」
西条さんは頭をボリボリ掻き口ごもらせながら
「あのなあ、あの男と結婚するのは止めた方がええ」
そう言った後そーっとお慶さんを見た。
お慶さんははじめ、その言葉に目を丸くしていたが、すぐにニッコリ笑うと
「彼だったらもう別れたから、婚約者でもなんでもないわよ」
「はっ!?」
「さっき婚約を解消してもらったの、お陰でこんな顔にされちゃったんだけどね」
沢村に殴られた顔の傷を恥ずかしそうに西条に向けた。

「何や、さっきから気になってたんやが、その顔の傷沢村の野郎がやったんか!」
「ええ、彼、婚約解消を告げられて突然豹変してね、まあ男を見る目がなかった私が悪いんだけどね」
お慶さんは明るく笑った。
 
「あのガキ、ようもお慶ちゃんに…あとでたっぷり仇うったるわ」
「いいのよ、仇だったら栄ちゃんが打ってくれたから」
「栄二が?」
「ええ、すっきりするくらいガツンってやってくれたから」
「栄二にか、そらあやつも参ったやろうな、ははは、そうか、そやったら良かった」 

「あっ、あの~」 

二人の会話をさえぎるように運転席から小さな声が聞こえてきた。
「あの、もう少しで保育園に着いちゃうんですけど・・・」
そこには見るも無残なボロ雑巾のようなイケメン三波が、ハンドルを握りながら青ざめ顔で後ろを見ていた。
「あの~西条さん、本当に着いてしまうんですけれど、よろしいんですか?」
「よろしいんですかって、何やお前、真っ青な顔して」
「だって西条さん」
三波は半べそをかきながら脅えるような目でミラー越しに西条を見た。
「何やアホたれ、心配せんで早く車庫に入れいや」
「あっ、はっ、はい」
イケメン三波改めボロ雑巾三波は、西条に言われるまましぶしぶバスを保育園から少し離れた駐車場に入れバスの扉を開いた。
「すごく待たせちゃったから、ユキきっとかんかんに怒ってるわ」
「そうか、お慶ちゃん先に降りて急いで迎えに行った方がええ」
「そうね」
お慶さんはにっこり笑うと慌ててバスを降り、駐車場から少し離れた保育園の入り口へと走って行った。西条さんはそんなお慶さんの後ろ姿をバスに腰かけたまま寂しげに見つめていた。

「ヨッチーちゃん、付いたわよヨッチーちゃん」
「むにゃむにゃ・・・」
「まあ、ヨッチーちゃんったら、本当にかわいい寝顔だこと」
女衒の栄二さんはうれしそうに僕のほっぺたをベロッと、まるで牛タンのようなべろで舐めてきた。
「うぐぁー!」
僕は突然のざらついた感触に慌てて目を覚ました。
「なっ、何するんですか栄二さん!」
「何ってモーニングキッスじゃないの、ホホホホホホ」
「モッ、モーニングって」
そんな僕の慌てた声に
「あぁ、寝ちゃってたんだ私たち」
隣のめぐみちゃんも目をさました。そんな彼女に栄二さんは
「何よめぐっぺも起きちゃったわけ?ずーっと寝てればいいのに、永遠にずーっと」
「何言ってるのよ、さあ降りましょ吉宗君」
「うん」
僕はめぐみちゃんに手をひかれ保育園バスから降りかけ、ふっと後ろを振り返った。そこにはシートに腰かけたまま嬉そうに僕たちを見送っている西条さんの姿があった。
「西条さん降りないんですか?」
「ワイは最後に降りるから、先に追島のところに行っててくれや」
「はっ、はい」
僕はそのまま振り返るとバスの階段を降りて行った。
西条さんは僕とめぐみちゃんがバスから離れていったのを確認すると
「栄二!」
近くにあったセカンドバックを手に栄二さんを呼び止めた。
「なによ、竜一」
「お前に頼みがあるんや」
「頼み?」
「ああ、実はな、この中にワイの通帳とハンコが入っているんやが、これをここに届けてほしいんや」
西条さんはバックの中から一枚のメモを取り出した。
「何よ、私は宅配屋さんじゃないわよ」
栄二さんはぶつぶつ呟きながら、西条さんの手にしたメモを受け取った。そしてじっとそれを見たあと真剣な顔で西条さんを見た。
「ススキノ!あんたこれソープランドの名前じゃない」
「ああ、その店に小雪ゆう女が勤めてるんやが、その女にそれを渡してやってほしいんや」
「竜一あんたまさか、この小雪って」
「ああ、君枝や、ワイの元女房のな・・・、実はそうとう不良がらみの借金もあるようでな、頼むは栄二、こんなこと頼めるのは女衒の栄二、お前しかおらんのや」
栄二さんはしばらく西条さんを見た後
「わかったわ、少しの間預かっておくけど、これを札幌まで届けるのはあんたの仕事だからね」
そう言いながら出口に向かい、そこでふっとボロ雑巾三波に目を止めると
「そうだ、あんた・・・」
目玉をギラギラさせながらやつの首根っこをむんずとつかんだ。
「うわー、うわー、ちょっと何ですかー!?」
「うるさい!あんた今日から私の弟子になりなさい」
「で、弟子!?」
「私のもとで一流の女衒に仕込んだげるから、いいわね竜一、この子もらって行くわよ」
「おう、好きにせいや」
「えー、ちょっと西条さん!?」
「ぎゃーぎゃーうるさい!」
栄二さんはその大きなエラを三波の口の中に突き刺すと
「女衒とスケこましは違うんだからね、あんたそれを間違えたら、この玉ひっこぬいてやるから覚悟しなさいよ」
ボロ雑巾三波の股間をむんずと鷲づかみにしながら、泣き叫ぶやつといっしょに外へ出て行ってしまった。
西条さんはそんな奇妙な光景を笑いながら見ていたが、しばらくしてふっと立ち上がると
「おう、銀二」
後ろの席の銀二さんを見た。

「すまんが、追島に一言伝えてくれんか」
「なんすか?」
「このお人好しのアホたれが、お慶ちゃんとユキちゃんを大事にせんと今度はワイの剛剣で我のどたまかち割ったるから覚悟しとけ!そう言うといてくれや」 
「西条さん、あんたまさか死ぬつもりじゃ?」 
「死ぬ?アホ、さっき言うたやろが」
「・・・?」
「最後まで逃げん、あの兄ちゃんにそう教わったって」
「でも西条さん」
「ええか銀二、己で死ぬいうのは逃げるのといっしょや、わいは絶対に最後まで逃げたりせん」
西条さんは晴れ晴れとした笑顔でそう言うと、さっと振り返って一人バスを降りていった。

「ふっ、浪速のおっさんがかっこつけやがって」
銀二さんはニャッと笑うと
「だったら追島の兄いへの伝言、あとで自分で言いなよ」
西条さんの背中に向かって大声を叫んだのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。中に登場する人物、団体等はすべて架空のものです。

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